369話:魔王石を求める
ケイスマルクの古都から離れた山の斜面で、僕とライレフが戦闘をすることになった。
けど僕が狙うのはライレフをこの世に存在させている双子。
その双子の動きをウェベンが牽制していた。
「森でアルフを襲った時とは逆だ」
僕の後ろを取ったライレフに当てこすって、置いて行く勢いで僕は前へ走る。
向かう先に双子がいる。
僕の動きを目で追えていない。
ライレフは魔法や使い魔を僕の前に並べ、回り込む時間をなんとか稼いだ。
「速さが厄介ですね」
石刀で数合打ち合い、力任せに押しのけられる。
足をついた途端魔法の気配に気づいた。
すぐにライレフのほうへ走って戻ると、背後で炎の柱が上がる。
どうやら魔法の罠があったらしい。
器用だな。
「ペオルの真似? 僕の足を潰せばどうにかなるとでも思った? 君みたいな回復はできないけど、たぶん単純な暴力なら僕のほうが強いよ」
「素体の性能が違うのは認めますが、まるで見ていたように言うものですね?」
ライレフの横を走り抜けようとすると顔面に貫手を突きこまれる。
顔を横に逸らすと角がライレフの腕を裂いた。
それでもライレフは怯まないし、僕への攻撃を緩めない。
攻撃力は僕が上でも、戦いの経験は確実にライレフのほうが上だった。
「うーん、やっぱり武器使う暇がない」
手に持った石刀は、飛んで来た魔法払うには頭を振るより効率的だ。
ただ咄嗟になるとやっぱり角が出る。
そしてライレフを確実に越えてる速さなんだけど、ここは経験の差で上手くいかなかった。
ただライレフも双子が側にいるから魔法の乱打はできてない。
「あとは、アシュトルほど僕が大きくないから当たりにくいのもあるかな?」
「やはり見ていたのですか。やれやれ」
「うん、アルフの目を通して見てたよ。もっと僕の足が速かったら君が森にいる内に追いつけたのに」
「それは望み過ぎというものですよ」
言いながらライレフは使い魔を複数召喚した。
大きなものじゃない。狐や犬と言った素早いものたちだ。
召喚される端から、使い魔が僕の足を狙って噛み付いてくる。
僕は避けるのも面倒で、威圧を込めて足を踏み鳴らした。
途端に使い魔は千切れるように消える。
「上手く人化していても本性は獣のままということですか。獅子さえ逃げる象に襲いかかる猛獣ユニコーンが相手とは全く。人間の欲を駆り立て闘争に発展させるにはとても良い素材だというのに」
なんか言ってる。
いや、本当に残念そうに感じるんだけど?
これは逆に双子という手綱がいる状況で良かったと思うべき?
争いの悪魔が得意とする諍いこの場で起こせば双子は巻き込まれる。
また争い以外の目的を持つ流浪の民だからそんなこと命じもしない。
あの二人を確保して確実にライレフを叩きたいところだ。
「君はここで倒す。けどその前に、アルフを封じたあの金属のこと知ってるなら話して」
「知っていることと言えば、もはや魔王以外に開封するすべのない遺物であることくらいですね」
言い合いながら、僕たちは戦闘を続行する。
双子を背にしたことでライレフが魔法弾を乱打する。
僕はそれを石刀とグリフォンの羽扇を使って打ち返した。
魔法弾を避けて、弾いて双子に当たりそうな角度に移動しようとするのを、読んだライレフに阻まれる。
けどそれが隙だった。
僕は低く走ってライレフの足を石刀で切りつける。
「あれ? 角でやったほうがなんか削れた感じがしたんだけど」
「それはご主人さまの殺意の高さではないかと、べふぅ!?」
僕の疑問に答えたウェベンが、喋ってる隙に双子の魔法で腹に大穴を開けられた。
けどすぐに燃えて復活し、律儀に続きを話す。
「どれだけ鋭い刃でも、殺意を乗せる技術のないご主人さまでは身に馴染んだ得物が一番の凶器となりましょ、ぼっほぉ!?」
「うん、そっちに集中して」
双子の攻撃なんて気にせず続きを話すウェベンは、またその隙に頭を吹き飛ばされて復活することになった。
その間にライレフが何か気づいた顔で双子に声をかける。
「契約者、獲得品の奪取ですが、どうやら失敗です。壇上に上げられた宝石は魔王石ではありません」
「あ、やっぱりそっち狙うために僕たちを分散させたんだね。何もしてないのに見えるのは、もしかして使い魔か何かかな?」
聞きながら、僕はグリフォンの羽扇を振った。
突風の中に魔法による風の刃を隠した攻撃だ。
地面を削る爪のような痕跡が残ったことで気づいたライレフは、気迫のような声を出して風を掻き消す。
そこに僕は全方位の威圧を放った。
ライレフはまた掻き消すけど、それができない双子が硬直する。
「ウェベン捕まえて!」
「はい、喜んで!」
「トラウエン!」
ウェベンが近いほうのトラウエンを背後から羽交い締めにした。
叫ぶヴェラットより早く、ライレフが助けに向かう。
「たぶんウェベンじゃ敵わない。けど、これならどう?」
僕はさっき風で作った地面の線に、石刀突き刺した。
「これは結界!?」
ライレフは僕の張った結界に気づいて破る。
けどその少しの間にウェベンはトラウエンを抱えたまま僕のほうへと退避できた。
「トラウエンを放しなさい!」
ヴェラットが魔法を放つ。
どうやら妖精からすぐさま抜けないなりに力を溜めていたらしい。
赤い刃が僕を狙っていくつも飛んで来た。
「さっきのは二人の力であの威力か」
石刀を地面から引き抜いて、赤い刃を叩き落とす。
その間にウェベンがトラウエンを締め上げてヴェラットの抵抗を責めた。
「ぐ、ライレフ! ヴェラットを連れて、逃げろ!」
「そんなの嫌よ! ライレフ! トラウエンを助けるの!」
双子がお互いに相手を気遣う。
なんだか僕たちが悪者みたいだ。
「死ぬことに興味がないのかと思ったけど、君たちはそうでもないんだね」
「獣にはわからないわ!」
ヴェラットがまた無駄な攻撃を行う。
対処しようとした僕の前に出て、ウェベンが笑顔でトラウエンを盾にした。
「ちょ、それは駄目だよ」
僕がさらに前に出て攻撃をいなす。
すると攻撃の向こうでライレフも動こうとしてた。
ヴェラットは顔面蒼白で震えてる。
「そんなになるくらいならやめなよ。どうせ魔王復活なんて無理なんだし」
「無理じゃ、ない! 一族が、長い年月をかけて、成就のために」
トラウエンは足掻くように声を絞り出す。
「妖精王でも相当条件が良くなきゃ無理だって言ってるのに? そもそも使徒って人間を繁栄させるんでしょ? その使徒を復活させようって人間が、他の人間たちを脅かしてどうするの?」
聞く間、ライレフは動かない。
召喚された悪魔は、自由を許されない限り召喚者の死亡で消える可能性がある。
たぶんライレフはそういう縛りが設けてあるんだろう。
そうじゃなきゃ、召喚者は呼び出した悪魔に殺されて終わるらしいから。
ここでライレフが一番に優先するのは双子の安全だ。
無闇な攻撃や挑発はしない。
「死人に縋っても生きることは自分にしかできないよ。昔に死んだ人が作った栄光をもう一度って言うなら、その栄光を自分で作ろうって考えられないの?」
「「「…………え?」」」
双子とウェベンにまで驚かれた。
声を出さなかったけどライレフも唖然としてる。
「ご主人さま、それはつまり…………この人間に魔王になれと?」
「いや、別に魔王になる必要はないけどさ。魔王の何が成功で何が失敗かなんて結果は出てるわけだし、いいとこどりして魔王より成功することもできるんじゃない? それこそ死んで終わった人間にはできないことがさ」
魔王に執着しなければ流浪の民って能力の高い人間の集まりだと思うんだよね。
間違ったやり方をするから受け入れられないんじゃない?
「魔王は歴史的に絶対悪らしいけど、だからこそいいところはいいって証明するのも…………あれ?」
「どうしました、ご主人さま? この者の懐、あぁ、魔王石ですか。どうぞ」
僕の右手がトラウエンの服の内側に入る。
ウェベンは気を利かせてトラウエンの懐を大きく引き開けた。
「いや、手が勝手に…………って、僕が魔王石触ったら!」
視界が暗転する気配に、僕は必死に意識を保つ。
すると、意識が遠のく感覚が消えて視界は暗転しなかった。
けれどおかしい。
体が動かない。
そう思ったら、目がヴェラットを見る。
そして口が動いた。
「返してもらおう」
言うと同時にトラウエンをウェベンから奪う。
そして、あらぬ方向に蹴り飛ばしたのだった。
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次回:魔王復活




