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368話:肉盾

 僕はランシェリスたちと別れて西へ向かった。

 ネクタリウスとは別のフォーンが隠れながら追ってきてる。


「こりゃ難儀でござんすね。辺りの妖精は悪魔が蹴散らした後のようで」

「草木なんかの動けない妖精以外いないよ~。たぶんこの先のほうもずっと」


 堂々とついて来てるウーリとモッペルが言うように、妖精がいない。

 というか隠れてる?


 街の途切れる辺りに来ると見通しが良くなっていないのはよくわかる。


「…………いた」


 街の端から見える木立に隠れるつもりのないライレフが立っていた。


 わかってて来たせいかいきなり突進するようなことはなかったけど、なんか思ったより冷静でいられる。


「おっと、目の色が変わり始めてやすぜ、ユニコーンの旦那」

「でも今までよりずっとゆっくりだよ」

「あ、変わるのは変わるんだね。うーん、怒りを抑えられないのは同じだし、いつ余裕がなくなるか僕にもわからないな。二人は離れてて」

「まぁ、受肉した悪魔相手にあっしらができることなんて限られていやすがね。一つ助言させていただけるなら、妖精王さまの石刀は抜いておきなせぇ」

「魔法攻撃を防いでくれるし、肉体と同時に精神にも攻撃が通るはずだから、ユニコーンの旦那さんの角と同じことができるよ」


 この翡翠みたいなナイフ、そんな物だったんだ?


 僕は腰に下げてた石刀を抜く。


「武器って苦手だけど人化してる時は手を使うほうがいいか」

「あぁ、そうですな。街を離れるなら元に戻ってもよろしんじゃありやせんか?」

「うん、街の中では戻らないよう気を付けてたけど。動きやすいと逆に怒りに呑まれそうでね。どっちがいいかな?」

「本性に戻ったら憤怒の化身らしくなっちゃうのか~。それだとまた逃げられるかもね」

「やっぱりそうなりそうだよね。一応、戻ってもいいように靴は脱いでおこうかな」


 僕は犬と猫の妖精に相談しながら、街に入るために履いていたサンダルを脱ぐ。

 そうして隙を見せてもライレフは仕かけて来ない。


 その間にウーリとモッペルは街の中に戻るように見せかけてライレフの死角へと移動を始めた。

 大回りで何処かへ潜むつもりだろう。


「じゃ、乗ってみるか」


 人間の足で出る最高速で、僕はライレフに向かう。

 普通の人間ならすぐに追いつく距離。


 だけど受肉してても悪魔のライレフも、ただの人間では出せない速度で走り出した。


「山のほうに? 何処へ行く気?」


 ライレフはビーンセイズとの国境のある山のほうへ走ってる。

 雪こそ降ってないけど寒くて植物もほとんどない。

 隠れる場所もなさそうなところだし、なんの狙いがあるんだろう?


 そう思った時、吹き下ろす風に匂いが混じっていた。

 そっちを見ると人の隠れられそうな大きな岩が斜面の上にある。


「気づかれましたよ!」


 僕の反応にライレフが警告の声を上げた。


 すると岩の上に二つの影が現われる。

 流浪の民の双子、トラウエンとヴェラットだ。


「我が敵に降るは慈悲なき鉄槌! 四肢粉砕の重苦にもがけ!」

「狂い咲く紅の花は久遠の盟約! 苦渋の果てに悔い改めよ!」


 ランシェリスたちが使っていたのとは違う魔法だっていうのは気配でわかる。

 けどそれ以上に、隠れていた妖精たちが悲鳴を上げるという異常事態が起きた。


「何してるんだ!?」


 無理矢理吸い上げられるような妖精たちの力が、攻撃となって僕を襲う。


「しまった!」


 妖精に気を取られていた。

 上を取られた状態で迫りくる赤い嵐のような魔法は、迫るごとに光を歪めてるのか辺りが暗くなっていく。


 石刀を構えるけどこれじゃ駄目だと直感できた。

 ユニコーンに戻って突破してもダメージを負う気がする。

 だったらこの場で耐えてそれから反攻を…………。


「「やった!」」


 気の早いトラウエンとヴェラットが勝利を確信して声を上げるのが聞こえた。

 けどこれは確かに当たる。

 けど勝負はその後だ。


 僕がそう覚悟した時、目の前に嫌な臭いのする黒煙が噴き出した。


「ご主人さま!」

「えぇ!? ちょ!?」


 突然目の前に現れたウェベン。

 同時に大の字になって自ら魔法に飛び込んだ。


 ウェベンが盾になったお蔭で弱まった赤い嵐は、アルフの石刀でほとんどを無効化できたけど。


「今、何か…………?」

「直前で悪魔が割って入って肉盾になっていたようですね」

「く、せっかくの好機を」


 トラウエンにライレフが答えると、ヴェラットが悔しがる。


「ヴェラット、邪魔な悪魔一体を排除できたと思えば」

「そうならないのがあの者の面倒なところなのですよ」

「え? それはどういう…………灰?」


 ライレフが僕の前にある灰を指す。

 うん、ウェベンの残骸だ。


 もちろんほどなく灰の中から全く無傷の悪魔が立ち上がる。


「今の良くないですか、ご主人さま!? 主人の危機に肉盾となるため現れる!」

「うん、自分で言わなきゃ良かったと思うよ」

「な、なんですと!?」


 意気揚々と広げた赤い羽根が萎れる。

 っていうか、一回死んだせいでアルフがかけた目暗ましが消えたようだ。


 これ、結局お披露目すっぽかしたんじゃないの?

 後でネクタリウスに謝らなきゃ。


「殺すことにおいてはひたすら厄介な相手ですが…………。また何故あなたがユニコーンなどを主人に?」

「おや、これは将軍。お久しぶりにございます」


 知り合いらしく、ウェベンはライレフに恭しく礼を取った。


「将軍が判断を誤ってくださったおかげでわたくしご主人さまを見つけることができましたので、一度はお礼をと思っておりました」

「おやおや、吾が過ちを?」

「えぇ、怒り狂ったご主人さまを森の中で迎え撃てば、あそこまでの惨劇は起きずわたくしがその邪悪に惹かれることもなかったでしょうから」

「確かに森の中ではあれほどの血は流れなかったでしょうが」


 言いながらライレフが僕を見る。

 いつでも攻撃態勢を取ってるんだけど、これっていう隙がないなぁ。


「はぁ、悪魔の邪悪など四足の幻象種からすれば見限るようなことでもないと。なるほど、あなたが好きにできると言う点においては良い主人なのでしょうね」


 理解を示すライレフにウェベンは微妙な顔をした。

 うん、何もさせてないからね。

 世話したいって言ってもやらせてないし。


 あ、そうか。

 いるんだから手伝ってもらえば隙できるかも。


「ウェベン、あの人間二人を逃げないようにしてくれない」

「さすが、ご主人さま。契約者がいる限り将軍もこの場に釘づけでございますね!」

「うん、あと人間に耐えられないようなことはしてこないと思って」

「おやおや、吾の契約者がただの足手纏いと?」


 トラウエンとヴェラットまた魔法を発動しようとした。


「近くの妖精たちはすぐに離れて。僕たちが戦う間、許してない妖精は近づかないで」


 僕が言った途端、隠れてるだけだった妖精たちが蜘蛛の子散らすように離れる。


「あれ? 力が溜まらない!?」

「妖精? 妖精がなんだというの?」


 力を抜き出す相手がいなくなったことにトラウエンとヴェラットわかってないみたいだ。


「君たち妖精から強制的に力を引き抜いてたんだよ。気づかずにやってたの?」

「どうやら妖精王の権能を使って、土地から離れられないはずの妖精さえ移動させられたようですね」


 ライレフの肯定と取れる説明に、トラウエンとヴェラットは困惑してた。


 その様子にウェベンが嘲笑う。


「どうやらあちらは使い慣れない原理もわからない方法で魔法を強化しているようですね」


 あからさまに侮られたトラウエンとヴェラットは怒ったような表情を浮かべた。


「その顔、流浪の民がたまにするね。…………魔王関係のことを言った時だ。その力も魔王の遺産?」


 けど妖精に悪影響するなんて聞いたことないな。

 それに力を無理矢理奪うってそんな無茶な…………あれ? 一つあった気がする。


 森に持ち込まれた砲台型の兵器?

 いや、ドワーフの国でのほうが何か近い気がする。

 あれもあり得ない出力を無理矢理だして…………あ。


「まさか、君たち持ってるの?」


 よく見れば気配がある。

 僕も今一個持ってて気づくのが遅れたみたいだ。


「そう…………。君たちも魔王石を持ってるんだね」


 僕の言葉にトラウエンとヴェラットは顔を強張らせたのだった。


隔日更新

次回:魔王石を求める

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