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364話:ランシェリスとの再会

 声のほうを振り返ると、屋根の上で白いヴェールが靡いた。


「ラン、シェリ、ス…………。え、ランシェリス? なんで屋根の上にいるの?」


 意識がはっきりして呼びかけると、ランシェリスは息を吐き出す。


「それはこちらの台詞だ。…………フォーレン今、目が赤くなかった?」

「ってことは今青いんだね」


 たぶん赤くなってたとは思うけど。


「先ほど、よく似た顔の少年と少女、そして金髪碧眼の女性が魔物に乗って逃げ去ったようだったけど」

「え?」


 聞こうとしたら強い風が吹いてランシェリスがぐらつく。


「ともかく降りよう。ランシェリスどうやって上がって来たの? まさか壁を跳んだとか言わないよね?」

「フォーレンはそうやって登って来たのね」


 あ、呆れられた。


「私はこの家の者に願って屋根裏から窓に出て上がらせてもらった。近くを通ってこの街の教会に向かっていたけれど、ただならぬ覇気を感じてね」


 そういうランシェリスの腰には縄がついてる。

 どうやら命綱まで用意して上がって来たらしい。


 覇気って威圧のことかな。

 そんなことを考えながら、僕はランシェリスの命綱が続いている窓へと入った。


「団長ご無事で。フォーレン、久しぶりですね」

「あ、クレーラ」


 縄を握っていたのは顔見知りの姫騎士。


 屋根裏にいる姫騎士を見回そうとすると、ランシェリスが話の続きを振って来た。


「先ほどの魔物はなんだったのか、聞かせてほしい」

「僕見てないけど、たぶん悪魔の使い魔だよ」

「悪魔!? ここに悪魔が…………まさか、受肉して森に現れたという?」


 うーん、森に現れた受肉悪魔って二人いるんだけどね。

 たぶんランシェリスが言ってるのはウェベンのことじゃなくライレフのほうだ。


「そう。あと流浪の民に協力してるダムピールのヴァシリッサっていたでしょ。そのひと見つけて追い駆けたら出て来たんだ。つい怒って隙を突かれて逃げられたけど」


 あの場でユニコーンに戻らなかっただけ僕も耐えた。

 屋根の上なんて足場で馬の蹄は不利なだけだし。


 けどライレフだけ見てて、いつの間にかヴァシリッサたちには逃げられてしまった。


「なるほど、あの金髪の女性がヴァシリッサ。修道服は着ていなかったようだけど?」

「審美会に参加してるの見つけたんだ。それで気になったんだけど、碧眼って? 目の色は赤かったはずだよ?」

「…………いや、碧眼に見えた。窓から出る直前だったため、屋根から飛び立つあちらと視線も合った」

「どういうこと? 髪の色も前見た時は黒髪だったのに」


 僕の言葉にランシェリスが考え込むと、クレーラが考えを伝えた。


「幻術の類で、というには髪だけ色が変わるというのもおかしな話ですね」

「髪は、染めるという手がある。もしかしたら地の色が金髪で、普段は濃い色に染めて目暗ましにしているのかもしれないな」


 この世界にも髪染めあるんだ?

 けどさすがに目の色を誤魔化すコンタクトなんてないからそこは幻術?

 で、幻術の利かない僕にはずっと赤い目に見えていた、と。


 見るとランシェリスは深刻な顔をしていた。


「どうしたの?」

「あの顔を、私は知っているかもしれない」

「本当!?」

「…………髪の色や雰囲気が大きく違いすぎて、そうと断言できない。一瞬のことであり、顔を合わせたのも一度だけだった。だが、そうだとしたら…………」


 ランシェリスは思いつめた様子で呟く。


 声をかけにくいから、僕は屋根裏の姫騎士を見回した。

 知った顔ばかりで、たぶん森まで一緒に来た人がほとんどだ。


「あれ、ローズは?」


 何気ない問いに空気が緊張した。


 端にいるシアナスは顔を上げない。

 ブランカはいつもランシェリスの側にいたのに今はシアナスの隣にいる。


「…………ローズは、今別行動をしている」


 答えたランシェリスの言葉はわかりやすく嘘だ。

 そして漂う沈痛な雰囲気もわかる。


 これは、まさか…………。


「…………死んだの?」


 直球な問いに姫騎士たちは動揺を隠せなかった。

 それだけ感情を処しきれてない。

 まだ最近のことなんだ。


「なんで、ランシェリスたちが僕のいない間に森に来た時にはそんなこと言ってなかったでしょ。確か、そうだ、ジッテルライヒに行ってるって」


 けど、その時アルフはなんて言ってた?

 連絡が取れない?


 ランシェリスは硬く目を閉じると決意を持って僕を見る。


「そうだ。フォーレンが関わったらしい地下の魔物にやられたのではないかと言われている」

「そんなはずないよ!」

「否定する、根拠は? とても強力な魔物が潜んでいたと聞いているけれど」

「だってあそこにいた魔物って、ヴィドランドルでしょ? ランシェリスたちが森に来る前、僕と一緒に南にいたよ。すごい魔術師らしくて、エルフの国の手助けしてもらってるんだ」


 説明すると姫騎士は余計に動揺して今度は口々に話し出す。

 中にはシアナスを攻めるように見る者もいた。


 ランシェリスは表情を強張らせながらも、落ち着いて話を聞こうとしているのがわかる。


「その、魔物以外に、強力な存在がいた可能性は?」

「ヴィドランドルがドラゴンの友達連れてたけど、そっちも南にいたし。あとは魔学生でも倒せる動く骨がいたくらいだよ」

「全くないか、フォーレン? 万に一つも?」

「あれにローズが負けるとも思えないよ。動きは単調だし数で押されても逃げられると思う。それに骨が動いてたのはヴィドランドルが縄張りにして力を高めてたせいだし。危険なところは人間が入らないように塞いでおくって言ってたんだ」


 あの時点で僕に嘘を吐くとも思えない。


 ランシェリスは細く息を吐いて表情を消す。

 そして冷めてさえいるように見える目でシアナスを見た。


「シアナス、動く骨の魔物は?」

「見て、いません。突然襲われるまで、魔物の影はありませんでした」

「シアナス一緒だったの? 君は逃げられたの?」

「ジッテルライヒの司祭と共に、ローズが二人を庇って逃がしたそうだ」

「あぁ、うーん。それなら? あそこだいぶ暗いし、曲がり角なんかもあるから不意を突ける、かなぁ?」


 けどしっくりこない。

 歩けば装備の音はするはずで、骨が石の床を擦れる音もしてた。

 そこまで接近に気づかないのは不自然だ。


「フォーレン、全く別の魔物が入り込んだ可能性はないだろうか?」

「どうだろう? ヴィドランドルがいる時は、妖精も入り込めないようにされてたけど。本人いないなら入れるかな?」


 言ってて違和感あるなぁ。

 何せ地面のずっと下だ。

 どれだけ空気があるかもわからないし、何より真っ暗で好んで入り込む相手の想像がつかない。


「あれ、そう言えば、なんで鼠は入れたんだろう? 食べ物なんてないはずなのに」

「鼠?」

「ヴィドランドルが言ってたんだ。鼠がうろついてるって」

「それは…………取るに足らないほど力量に差のある何者かの例えかもしれない」

「あ、そうか。『数年前から鼠も入ってきている。魔王の封印も緩んだ今、ここに居続ける理由もない』って言ってたのはそういうことか」

「つまり、フォーレンが魔物を退去させるよりも前に、出入りしている何者かがいた?」


 ランシェリスの推測に僕は頷く。

 確か他にも鼠って言ってた気がするな。


『最近どうも骸骨たちの誤作動が多いと思っていたがな。…………鼠のせいかと思っておった』


「鼠が、骸骨を、誤作動?」

「フォーレン?」

「良くわからないけど、鼠のせいで動く骨の魔物が誤作動してるんだと思ってたって。あそこ魔王石あったせいだったんだけど」


 魔王石って言葉に姫騎士が反応した。

 そう言えばランシェリスとブランカしか知らないんだっけ。


「あぁ、その件は妖精王から聞いている。皆、落ち着け」

「ちょっと後で、アルフにお願いして妖精伝いにヴィドランドルと連絡とるよ。僕はあそこでローズが死んだなんて信じられない。けど聞いてみないとわからないこともあると思う」


 ランシェリスが何か言おうとして口を閉じる。

 そして僕に笑いかけた。


「よろしく頼む。こちらからも聞きたいことがあるのだが、それも頼めるだろうか?」

「うん、いいよ。じゃあ、まずここから出よう」


 他人様の家の屋根裏をいつまでも占拠しているわけにはいかない。


「ヴァシリッサがいた、流浪の民の族長の息子がいた、悪魔のライレフがいた。きっと狙いはこの国の魔王石だよ」

「やはり狙って来たか。だが長く秘匿されているはず。場所の特定は?」

「できてるよ。だから僕も、あ…………」


 当たり前に出て、僕は今日まで使っていた宿泊場所に行こうとして止まる。


「えっと、僕悪魔二人と一緒にこの国の暗殺者に見張られてるんだけど、ランシェリスたち来れる?」


 僕の申告に姫騎士たちは顔を引きつらせた。


隔日更新

次回:調査分担

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