362話:審美会参加者
僕はネクタリウスの案内でミスコン会場へとやって来た。
すごい人が集まってる。
そしてそんな人の頭の高さにあるお立ち台には、ミスコン参加者がそこからアピールを繰り広げていた。
「すごいね。審査員って何処にいるの?」
「ここはまだ本会場じゃないのだがね」
驚く僕にネクタリウスはちょっと得意になった。
「本会場は劇場だ。ここは野外の特設会場。本会場に入るには入場券がいるのだよ。けれど手に入れるのは至難だ。しかしながら一般投票券はここで買える」
なんだかそう言う商法が前世にもあったな。
握手券だっけ?
「投票の詐欺できそうな気がするんだけど?」
「もちろん、されたことがある。そのため今では投票券をそのまま点数にはせず、支持率という形で審査の指標にする程度だ」
直接的な点にはならないけれど、審査基準の一項目にはなる。
だからお立ち台で投票を呼び掛けるアピールをし、本会場に入れない人たちは少しでも推す相手を支持しようと集まるようだ。
「どんどん人が入れ替わってくね。特設会場でのこういうことってみんなやるの?」
さっきアピールしてたのはハルピュイアだった。
歌に魅了の魔法を乗せてたんだよね。
で、次は夢魔かな?
見た目はそれっぽいけど、たぶん人間じゃないのは確かだ。
「最初から本選へ勝ち抜いた者は今日までに運営委員会が用意した、審査会という衆目を集める場を用意されている。だが飛び入りは今日を限りだ。そのためあのように一度で強く印象付けようと美しさを喧伝する」
ネクタリウスが言ってる間に夢魔は笑いながらお立ち台を練り歩く。
ハルピュイアほど派手なことはしないけど、目が合った人間たちがふらふらし始めた。
「ねぇ、あれって魅了って言うより食事してない?」
「何…………? うん? なんだね? なんだって?」
僕の声に戸惑うネクタリウスも、どうやら術にかかってたみたいだ。
こっちを見る目が半分眠ってる感じだった。
「魔法可の審美会にしても、これはありなの?」
「審美会基準におきまして、悪戯に騒擾を起こす行為、危害を加える行為は禁止されております」
反応の鈍いネクタリウスの代わりにウェベンが教えてくれた。
「やっぱり駄目だよね。ネクタリウス、しっかりして」
揺さぶると、僕が首にかけてたスカーフが揺れてネクタリウスに触れた。
途端に正気づいて声を上げる。
「は!? こりゃいかん!」
術にかかってた自覚はあるらしく、すぐにお立ち台の運営委員会の係員へ訴えに行く。
僕放置でいいの?
別に問題起こす気はないけどさ。
「今いきなり正気づいたのって、これのせいかな?」
「はい。魔女の術で精神干渉を防ぎ、精神の安定を補助する力が備わっておりますので」
「効果強すぎない? ちょっと触っただけなのに」
「妖精王の加護に対抗したか、あのフォーン自身がきっかけさえあれば正気づけるくらいの状態だったかでしょう」
そんな話をしてる間に、夢魔は係員によってお立ち台から強制退場となる。
「ふぅ、面目ない」
「倒れる人が出る前でよかったね」
お立ち台の司会をしていた人から、体調不良の者は検診を受けるようにと案内がある。
ちょっとごたごたしたけど、観客の意欲を上げるためか、一斉に審美会参加者が出て来て即席のアピール合戦を始めた。
「花が降って、風が踊って、虹がそこかしこを走るって、すごい派手だね。僕にはできそうにないや」
うーん、審美会で勝てる気がしない。
美しさとは別にアピール力が重要そうだ。
「ご主人さまが参加なさる審美会は、神秘性を重んじるものですから。このような派手なばかりの芸はいりません。ご心配にならずとも優勝間違いなしです」
「いっそこれはなんでもありだからな。派手さで言えば審美会の中でも一、二を争う」
ウェベンに頷きつつ、ネクタリウスが僕を窺う。
「何?」
「いや、本当に全くもって反応せんなと。それとも美しさには反応しないものなのか?」
「あぁ、女のひと? 綺麗だとか可愛いとかはあるけど。うん、特に何も」
「ちなみに処女は?」
声潜めてるからって、こんな所で聞かないでよ。
周り盛り上がってて聞いてないみたいだけどさ。
「…………いない」
見るまでもなく匂いでわかる。
なんだかいい匂いに近い香水を振ってる参加者もいるみたいだけど、うん、違うのは本能的にわかった。
「ご主人さま、いっそそれは呪いの類では?」
「ん?」
ウェベンが深刻そうに僕を見てる。
え、初めて見たかも。
「む、確かに。無感動なわけではないと思うがね。しかし心動かされた様子が本当にない。これは、異常と言わざるを得ない」
「そこまで? あ、いや、そういうものなのかな。だいたいアルフとのこと言うと怒られるし、他からしたら驚くことなのかもしれないね」
「なんと、ご主人さまが誘惑に見向きもしないのは妖精王のせいですか」
「いや、ウェベンの誘惑は本当に僕には魅力な、あ、えーと…………」
「そこまで言えばもはや言ったも同じではないかね?」
「でもこんな人ごみの中で燃えられたら」
「燃える?」
そう言えばネクタリウスは知らないんだった。
「ウェベン、死ぬほど傷つくと勝手に燃えて灰になるんだ。本人は復活するんだけど」
「あぁ、そう言えばそんな悪魔がいたな。ふむ、店でも火花を散らしていたか。燃えるとは比喩ではなく本当に? うーむ、場所を移すか?」
見るとウェベンはプルプルして堪えてくれてるっぽい?
「ウェベン、僕は人間とは違うから誘惑の仕方がたぶん僕に合ってないんだよ。参加許可手に入れたり、ここまでの移動の手配したり、そこら辺はすごいと思ってるよ」
「お誉めにあずかり光栄です!」
「復活早すぎないかね?」
途端に元気になったウェベンにネクタリウスは飽きれた。
勢いで羽根を広げたらしく背後の人たちが痛みや混乱の声を上げてる。
「もう、やめてあげてよ。ごめんなさい。大丈夫?」
声をかけると、ウェベンの羽根に打たれた人が僕の顔を凝視してきた。
「…………いい」
「…………推せる」
「あの、今は向こうの人たち見てあげてよ」
嫌な予感で身を引きながら、ウェベンを壁にする。
「あまり肩入れするのもなんだが、そういう時には自らが参加する審美会での投票を訴えるものなのだがね」
ネクタリウスの言うことは間違ってないんだろうけど僕にはできそうにない。
なので魔法ありだし、魔学生に評判良かった妖精の踊りをしてもらうつもりだ。
それで駄目だったら悪魔二人にお願いしよう。うん。
「あれ? そう言えばウェベンは相手が乙女かどうかってわからないの?」
「誘惑が通るか通らないかでの判別は可能ですが、見ただけでわかるような機能はわたくしに備わっておりません」
機能って。
「たいていの場合妖精が教えてくれるが、この騒ぎで妖精たちもあちらこちらに散っているからな」
ネクタリウスの言葉を聞くと、なんか妖精ってすごくデリカシーがない存在に思える。
いや、この世界に個人情報なんて考えないし、僕が気にし過ぎなのかもしれないけど。
金羊毛がまだお婆さんみたいだったエノメナを、僕を釣るために連れてきたくらいだ。その辺りオープンな世界なんだと思う。
僕は未だに慣れないけどね。
超個人的なあれそれを知っちゃうって罪悪感あるんだよ。
「ただ魅了の魔法を使っている者たちの判別ならできます」
「自分にかけられてなくても?」
「はい」
そこは誘惑が本分の悪魔だからかな?
僕は自分に害がないと気づかない。
「まずあちらの」
「あ、待って待って。当ててみるから。まずハルピュイアの声に魅了がついてるのはわかるよ」
僕の答えにウェベンは頷く。
「あの腰辺りまで裾の割れてる服のお姉さんは?」
「あれは単に手慣れたしなのせいではないかね?」
「ご主人さま、残念ながらあの者は魅了の魔法は使っておりません。思うに若返りをいくばくか」
そんなのもわかるんだ?
今度は当てようと良く見た。
すると、お立ち台の一番僕から遠い参加者と目が合う。
「「あ!?」」
美人たちのアピールに湧く人々の声の中、確かにお互いが声を上げたのだけはわかった。
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