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361話:祭見学

他視点入り

「団長、国境の関が見えました」

「ご苦労、クレーラ」


 緊張の面持ちで報告するのは、長い髪を三つ編みにしたクレーラ・プリムヴェール。

 第一隊の副隊長だった姫騎士だ。


「あまり気負わなくてもいい。普段どおりで構わない」

「いえ、自分はローズさまの変わりが務まらないことはわかっていますから。少しでも過誤なく勤められるよう精進せねば」


 それが気負っているのだけれど。

 私は第一隊の隊長と視線を交わす。


 隊長は気負いすぎるクレーラの補助を請け負うように頷いた。


「隊長方が今までどおり隊を率いる必要があるからこそ、副隊長だった自分が抜擢されたことはわかっています」

「クレーラ、君を指名したのはローズだ」

「は?」

「もし自分の不在時に副団長の任を任せる必要があれば、クレーラをと推していた」

「え、な、何故?」


 クレーラは目端が利く。

 隊長となって決定を下すよりも補助が得意な人物だ。

 そうと知っていたから私も同意した。

 けれどローズの真意を聞くことはもうできない。クレーラの疑問に答えられる者はいない。


「…………わかりました。自分は最初からローズさまの代わりではなく、ただ団長を支援すればいいのですね」

「その判断の速さは私も買っているよ」

「ありがとうございます」


 馬を進めながら、私ははやる気持ちを抑えて手綱を絞らないよう自制していた。


「では、一つ提言させていただきます」

「許す」

「それほど気を張って馬首を返さないようになさるくらいでしたら、どうかジッテルライヒへ向かってください」


 クレーラの鋭い言葉に息が詰まる。


「かの仔馬なら自分も言葉を交わし、性格も掴んでいます。地下の魔物について聞き出すことは可能です」

「つまり、隊を別けて行動すべきと言うのだな?」

「それで団長の迷いが晴れるのなら。今の状態では姑息な精神攻撃にはめられてしまいそうであります」


 忌憚のない言葉だ。

 見るとクレーラは緊張の面持ちで私に提言していた。


 叱責を受けると覚悟した言葉を、団長として流すことはできない。


「…………冬至祭に間に合わせるため、我々は少数だ。ここでさらに隊を別けての行動は危険が過ぎる。まして、ローズが遅れを取った敵がいる場所へなんの手立てもなく向かうわけにはいかない」


 これはすでにエイアーナを発つ時にした説明と同じ。

 問題は、私が迷っていると言う指摘に対しての答えだ。


「はっきり言っておく。迷ってはいない」


 私の声が聞こえているだろう他の仲間にも伝える意思を持って告げた。


「だが逸ってはいる。だからこそ、確実に、最短で、敵を倒すための手段を取る」


 フォーレンに会うのは情報収集だけではない。

 ローズの死を知れば協力してくれるかもしれないという打算がある。

 妖精王の知識なら未知の魔物に相対する方法を聞き出せる可能性もあるのだ。


 弱者を守るべき騎士が他人の力に頼ろうとする小狡い考え。

 そうとわかっていてもこの機を逃せない。

 走り回るフォーレンが確実に接触できるこの機会を逃してはいけなかった。


「フォーレンなら手を貸してくれますよね、先輩」


 従者ながら馬に乗ったブランカはシアナスに声をかける。


 ずっと顔色が悪いシアナスだったけれど、ケイスマルクについて行くと強弁をした。

 私もフォーレンへの説明のために連れて行くつもりだったとはいえ、あまりに不調でブランカに見ておくようにと側につけているのだ。


「どう、かしら? ビーンセイズでは、人間の犯した事件の解決に関わっていたから。人間自体に不信感を持っていても不思議じゃないわ…………」

「そんな。フォーレンはちゃんとわかってくれると思います」

「信用しすぎては駄目よ…………」


 何処か吐き捨てるようなシアナスの言葉が気にかかる。


 そんな私にクレーラは馬を寄せて囁いた。


「相当きているように思います。真面目な者ほど、魔物の危険性に過敏になることがありますし、暴走の可能性も考慮すべきかと」


 シアナスにはローズの敵討ちを懸念しているのだろう。

 魔物に殺された、だから魔物と呼ばれる者に対して強い警戒感を持つ。

 そう言った者は珍しくない。


 場合によっては一方的にフォーレンを敵視してしまう可能性もクレーラは心配しているのだろう。


「当分はブランカをつけておく。余裕がある時には目配りを」

「はい」


 クレーラの返事を聞きながら、私はシアナスを窺う。


 思いつめた顔は、確かに玉砕を覚悟した者の表情に良く似ていた。






 ケイスマルクの冬至祭を見ようとした僕の目の前で、運営委員会によって出店の店主がしょっ引かれていく。


「誰も鶏肉だと思えば美味い美味いと食べておいて! 蛙だなんて書いても誰も買いやしない! 美味いだろ!? 認めろよ! 蛙だって美味いんだ!」


 甘辛だれの串焼きを売っていた店主がそんなことを叫びながら連行された。


 聴衆は全否定と審議の両極。

 まぁ、美味しくても嘘はいけないよね。


「ごほん、すまない。案内を続けよう」

「うん、えっと、審美会見に行くんだったよね。できれば食べ物関係避けて案内してもらえる?」

「うむ、それがいいな」


 フォーンのネクタリウスは僕の耳のイヤーフックを見ながら納得してくれた。

 イヤーフックをくれたコーニッシュは、ことの顛末には興味を持たずに店に帰ってる。

 僕はと言えばすごい笑顔のウェベンを警戒してた。


「ウェベンさ、もしかしてお土産物でも偽物とかわかったりする?」

「お望みとあらば」

「あ、うん、いらない。絶対僕に教えるふりして周りを騒がす方向に持って行く気でしょ」


 否定せずに笑顔でいるウェベンに、ネクタリウスも呆れてた。


「ネクタリウス、お土産物選ぶ時は頼らせてもらっていい?」

「もちろんだ。先日の絵皿と茶器はこちらで梱包をしてある。次に持ってくる予定の食器一揃いも贋作などはないよう万全を期す」


 ネクタリウスに頼んだらウェベンがっかりした。


「ご主人さま、わたくしにお命じくだされば貴族屋敷一式ご用意いたしますよ」

「いや、いらないよ。家とか僕にどうしろって言うの? 僕の本性忘れたわけじゃないでしょ。住みにくいだけだから」


 よけいにしょんぼりしちゃった。


「あと絶対まともな方法で用意しないつもりだろうし。僕は身の丈に合ったところで十分だよ」

「妖精の守護者を号す者の身の丈とはどんなものだろうな」


 ネクタリウスがなんでか僕にまで呆れたように言う。


「なんか似たような話を前にしたなぁ。衣食住足りてるって」

「なんと答えたのかね?」

「毛皮があれば衣服いらないし、食べ物は生えてるし、住まいは大地が全部住処になるから別にって」

「そ、壮大なのか、質素なのかわからないのだがね?」

「さすがに大地の全てをご主人さまに差し上げることはできません。く、なんとわたくしは非力なのでしょう」


 ウェベンが悔しがる姿にネクタリウスはなんだか納得したみたいに頷く。


「なるほど。その答えならば悪魔も付け入る隙がないのか」

「そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね」

「は! 牧草地など如何でしょう!?」

「それを我が国で調達しようなどとは言うまいな!?」


 ネクタリウスが言うには、この国の山のほうは放牧地らしい。


「いらないってば。僕走るの好きだし。草がなくなったら別の所行くだけだよ」

「お、美味しい草など」

「あんまり草の味ってわからないんだよね。たぶん季節の新鮮な物が一番美味しいから、やっぱり自分で食べに行ったほうが確実だよ」


 僕より移動速度の遅いウェベンは黙るしかない。

 それにやっぱり誘惑は人間を想定してるから、走り回るのが好きっていう僕に対応してないんだよね。


「もはや君だからこそ言えることだな。ユニコーンを囲うことなど悪魔でもできないわけか」

「そうだね。頼られたいって言うならまず僕を主人に選んだ時点で間違ってる気がしてきた。ねぇ、ウェベン。どうして僕だったの? シィグダムでのこと以外に選ぶ基準は?」


 ウェベンは考えるけど、まぁ、幻象種を選ぶ時点でおかしいんだよね。

 まともな理由があるとは思えない。

 ただそれだけ人間相手が飽きたって可能性もあるし、なんかグライフについて回ってたこともあるから今さらなのかもしれないけど。


「何か、楽しいと思えたことを思い出した気がしたのです」

「楽しいこと? 誰かを堕落させたとか?」

「そうだとは思うのですが、さて誰だったか」

「悪魔は悪魔だということかね」


 考えた末に出て来た曖昧な答えに、やっぱりネクタリウスは呆れてしまった。


隔日更新

次回:審美会参加者

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