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360話:美と食欲

 結局僕はミスコンに参加することになってしまった。

 ただし性別不問なので女装はしない。

 そこは譲らなかったし、フォーンたちも気にしなかった。


 けど参加者は投票を募るためにPRしなきゃいけないらしい。

 得意なことして人目を集めるとか、自分の優秀さをみんなに認めてもらうとかしなきゃいけないそうだ。

 だから僕も着飾ってコーニッシュの店で日がな一日座ってた。

 うん、僕は座ってるだけ。お客さんがそんな僕を見るだけ。

 …………なんだけど。


「我が友! それは挑戦と受け取った!」


 PR三日目、コーニッシュが僕を指差して叫んだ。


「えー? どうしたの、コーニッシュ」

「食を求めてきたはずの人間が! 食を忘れて手を止める、料理を冷ます、食べ残す!」


 そのお客さんたちがまだいるのにコーニッシュは思いの丈をぶつける。


 僕の斜め後ろに立ってたウェベンは怒るコーニッシュを笑った。


「ご主人さまの美しさはあなた如きの料理に勝るという何よりの証でしょう」

「いや、食べるの邪魔してるのって、大半はウェベンの詩の朗読じゃないの?」

「これはこれは! ご主人さまの美しさを讃え! 謳い! 賛美する! そのために人心を掴む言葉を連ねるのはわたくしの所業なれど、ご主人さまの美しさあってこそでございますよ!」

「うん、嬉しくはない」


 テンション上がってたウェベンが途端にしょんぼりする。

 そこにコーニッシュが包丁を投げつけて来た。


 咄嗟に手を出して宙を掴む。

 半分勘だったけどなんとか包丁の柄を掴み取れた。


「おぉ! なんと、あの細腕で巨漢さえ店から蹴り出す店主の包丁を止めるとは!?」


 なんか食事に来てるはずの客からどよめきが起こる。

 コーニッシュが気を悪くするから食事に専念してほしいんだけど。


 そして包丁で狙われたウェベンは不思議そうにしてた。


「ご主人さま、何を?」

「いや、死なないのは知ってるけど無闇に死ぬ必要もないでしょ」


 助けられるなら助けるし、面倒見るって決めたし。


「で、コーニッシュ。料理人が包丁投げるのはどうなの? 僕、これで料理された物なんて食べたくないんだけど? コーニッシュ自身が食欲減退させることしちゃ駄目だよ」

「う…………手に持ってたから、つい」


 うん、調理場から包丁持って出て来たね。

 本当に何ごとかと思ったよ。


「はい、包丁返すよ。今回なんともなかったから別に今後コーニッシュの料理食べないとは言わないから」

「すまない」

「あの悪魔が謝った!?」


 驚きすぎて各テーブルから食器が割れたんじゃないかと思う音が響く。

 けれど客はそんなことよりコーニッシュの殊勝な態度に目を疑ってた。


 っていうか、今完全に悪魔って言っちゃってたよね?

 公然の秘密じゃなかったの?


「あの少女は一体何者だ!?」

「いや、少年だと聞いたぞ!?」

「美の前に性別など些事!」


 お客がなんかうるさい。

 みんなご飯食べてよ。また冷めるよ?

 コーニッシュ怒るよ?


「なんだか僕ここにいたらコーニッシュの邪魔しかしなさそうだね」

「否定はしません」


 ウェベンが笑顔だ。

 うん、邪魔してる自覚あるんだね。


「何ごとだ!?」


 店内の騒ぎに、外で待機してたネクタリウスがやって来る。


 なんか着飾った僕を見てるとインスピが湧いて楽器作りたくなるんだって。

 何それ、とは思ったけど、一度すごい勢いでヴァイオリンっぽい楽器の図面引き出したから嘘ではないみたい。


「ネクタリウス、ここじゃコーニッシュの邪魔だから外出ていい?」

「あぁ、うむ…………。さすがに君を見るために集まる客も増えてしまっていたのは気になっていたのだよ」


 そう言って、ネクタリウスはウェベンを見る。


「あと勝手に吟遊詩人をしてるそちらも」

「そうだね、ウェベンも食事をするにはうるさいよね」

「いや、選考通過者として大人しく結果を待ってほしいと詩文部門から苦情が来ていてね」

「あぁ、そっち」


 派手にやりすぎたな。

 明日は詩文の結果発表なのに。

 ここでずるしたとか言って選考から除外されても困る。

 ミスコンは明日一日使って選考をするらしいし、僕は飛び込みだ。

 僕がここでどうこうするよりウェベンの結果を大人しく待ったほうがいいと思う。


 長老か委員長の伝手で即参加決定になったとは言え、やっちゃいけないことはある。

 注目度も選考に影響すると言われてたけど、さすがに他の部門の結果にまで影響するのは運営委員会からも問題視されるんだろう。


「ふむ、出るのであれば今やってる審美会の選考でも見るといい。私も案内すると言ったからな」


 どうやらネクタリウスが案内に立って、ウェベンも僕についてくるようだ。


「コーニッシュ、邪魔してごめん。行ってくるね」

「ついでに食よりも美を選ぶ奴らも帰れ」


 なんかコーニッシュは客の追いだしを始めた。

 さすがに人垣作ってでも食べに来てる人たちは悪魔相手に渋る。


 僕は関わらずに外へと出た。


「素直に出してくれたってことは、流浪の民の動き押さえてるの?」

「無邪気でいて頭も回るとは。そのとおりだよ。三つの拠点を見つけて動きを見張っている。墳墓が開くのを待っているのか動きはないのだよ」

「あれ、冬至祭に合わせて入って来た流浪の民は商売してないの?」

「していないな」

「ふーん、だったらすでに何年も住みついてる人もいるだろうから気をつけてね」


 どうやらライレフに遭遇する可能性がないわけではないし、そうなったらネクタリウスには悪いけど本気でやる。

 そこはたぶん、抑え効かないと思うんだよね。


「ウェベン、僕が敵を見つけて走り出したら追わずにコーニッシュやウーリ、モッペルに伝えて。どうせ僕の持ってる腕輪で居場所はすぐわかるんでしょ?」

「おおせのままに」

「穏当にはできないのかね?」


 ネクタリウスがダメもとで聞いてくる。


「こればっかりは目の色変わるからね」


 僕でもどうしようもないとわかったのか、ネクタリウスは歩きながら何処かへ合図を送る。

 って、あ、フォーンが隠れてた。

 どうやら周囲に流浪の民がいないか監視する人手を別に展開していたらしい。


「ご主人さま、甘辛だれを絡めた鶏肉がございます。買ってまいりましょうか?」

「美味しそうだけど、明らかに味濃いよね? っていうか、ウェベン。コーニッシュが怒る物選んでるでしょ。美味しそうだけど」

「あの者の戯言など、ご主人さまが縛られる必要などございません」


 うわぁ、誘惑してくる。

 揺らぎそうだからやめてよ。


 なんて迷っていると、突然後ろから肩を叩かれる。

 見るとコーニッシュが般若のような顔で立っていた。


「うわ、びっくりした」

「ひっ」


 見ちゃったネクタリウスも喉を引きつらせる。


「食べてないからね」

「もちろんだとも、我が友」


 言いながらコーニッシュはウェベンを睨んでた。


「これを渡しておこう。何処かの悪い虫の羽音がうるさいからな」


 確かに羽根の音するけど、虫じゃなくてまんま鳥だけど。


 なんて思ってる僕にコーニッシュが手を伸ばす。

 どうやら僕の耳にイヤーフックをかけたようだ。


「何これ?」

「色々つけてるから自分も何か渡しておくべきかと用意してた」


 どうやら悪魔から貰いものが増えたようだ。

 ペオルの額飾りに始まり、今は小鳥の飾りがついてる。

 ウェベンからは腕輪があるし、アシュトルからは花のスカーフ留めを貰ってた。


 コーニッシュからは唐草模様のような尖った耳を覆うイヤーフックだ。


「その耳飾りを触りながら見た食物は、どんな材料でできているかがわかる」

「へー、すごい、のかな? それってどういう意味があるの?」

「やってみればわかる」


 コーニッシュは怖い顔のまま使うように促してきた。

 よくわからないけど、僕は手近に甘辛だれの鶏肉で試す。


 耳飾りを触りながら見ると、耳に材料を羅列するコーニッシュの声が聞こえた。

 その中で無視できない材料がある。


「…………蛙?」

「委員会に報告!」


 僕の呟きにネクタリウスが即座に命令を発した。

 隠れてたフォーンが一人、跳ねるように走って行く。


 見るとウェベンは揺るぎない笑顔のままだ。

 これ、知ってて食べさせようとしたんだね。

 僕に見られて嬉しそうに羽ばたいてる音が聞こえる。

 うーん、本当に油断ならない。

 異世界って言っても僕だって蛙食べたいわけじゃないからね。


隔日更新

次回:祭見学

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