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358話:必勝を期すために

「馳走になりました」


 ケイスマルクにあるコーニッシュの店で、上品に口を拭くのは白髪のフォーンと冬至祭運営委員長という人間。


「コーニッシュ、このひとたち小一時間放心してたけど、人間とか他の幻象種に刺激の強い物でも入れた?」

「心外な! 我が友、抗議させてもらう! 美味いだけの毒なんてそんな芸のない物作るわけがない! 害なく食べられる物だけを使っていかに美味さによって引き出される欲を膨らませるかが自分の腕の見せどころだ!」


 美味しい毒、作れるんだ?

 死んだらそれで終わりだから毒は出さないって?

 うーん、コーニッシュらしいと言えばらしいのかな。


「妖精の守護者、君が普通に食べているのがこちらとしては不思議なのだがね」


 一緒に放心してたフォーンのネクタリウスがそんなことを言って来た。


「我が友は妖精王の知識で未知であるはずなのに既知の味であると受け入れてしまうことが多い。何も不思議はない」

「つまりあなたの腕は妖精王の知識を越えることがないと」


 ウェベンが即座にコーニッシュを口撃するので、僕はフォローを入れた。


「美味しいのは美味しいよ。それに知らない料理ってやっぱりあるし」


 ただなるほどと思うのは、未知なのに既知という表現。

 それはアルフの知識だけじゃなく前世の知識も合わせてのこと。

 飽食の時代と言われていたことを考えれば、調理器具も未発達なこの世界では僕の予想を超える味というものは難しいんだろう。


「人間の味覚にまだ慣れていないのかもしれませんな。四足はわしらでも食えぬ物を平気で食べますのじゃ」


 髭を撫でながら喋る白髪のフォーンは、ケイスマルクの長老さんらしい。


「正気に戻ったなら話していい?」

「これは申し訳ない。もちろん、こちらとしても今回の件に関しまして協議の場を設けていただけたこと感謝いたします」


 人間の運営委員長が改めて言った。


 ネクタリウスが僕のついでにコーニッシュの料理を食べたと聞いてたらしく、期待して来たのは顔を見てわかった。

 だから先に食べさせたんだけど、まさか食後小一時間放心するとは思わなかったな。


「まず単刀直入に申し上げますと、お二方は事前の選考を好成績で通過されており、精神干渉や選考員への介入は一切検知されておりません」

「そんなことしてないよね?」

「繊細すぎる味は我が友くらいにならなければわからないから、手を抜いたくらいだね」

「神に定められたわたくしの才が人間の才能如き、越えられずしてどうします」


 悪魔たちの言い方が悪い。

 けどコーニッシュの料理にやられたケイスマルクの三人は頷いてしまってる。


「以前こちらのコーニッシュさまが大会優勝を果たした後には、店を畳んで料理修行に出てしまう者も多かったそうですが、翌年の冬至祭は大いに盛り上がり、結果としてケイスマルクの美食は一歩大きく前進したと言います」

「今回は詩文部門でもそのような進歩があることを期待し、正攻法である限りは大会への参加取り消しなどの措置は取りませぬ」

「参加は可能なんだね。じゃあ、優勝後は?」


 こっちが本題だ。

 魔王石のアメジストの持ち出しは可能かどうか。


 意味ありげに委員長がフォーンの長老を見る。


「こうして目の前にしましても、勝てるとは微塵も思えませぬな。これは個人的な好奇心なのですがの、今までで一番の強敵はどのような者でしかな?」

「それよく聞かれるなぁ。ドワーフの国のドラゴンと南の山脈を越えて東に行ったところにいる大グリフォンだよ」

「ほぉ、倒せませんか?」

「うん、そうだね。もう油断はしてくれないだろうから難しいと思うよ。それに体の大きさに差があるから攻めにくいし。あ、でも…………」


 ふと思い浮かぶ顔に意識を持って行かれて言葉が切れる。

 瞬間、フォーンの二人が椅子を立った。


「どうしたの?」

「い、今、目の色が…………」

「あ、赤くなってた。ごめん。うわぁ、思い出しただけでって僕、相当根に持ってるんだなぁ」


 自分でもびっくりだ。


「あなたほど理性的な獣に憤怒を覚えさせるのは誰でしょうかのう?」

「流浪の民が呼び出して受肉させた悪魔のライレフだよ。森を襲ったんだけど、僕が駆けつける前に逃げてしまってたから会えてもいないんだよね。戦えさえもしないっていうのも一種強敵かなって」


 本当に一瞬だったらしく、見逃した委員長は戸惑いぎみに聞く。


「その、もし優勝を逃した場合、こちらの決定に従ってもらえますかな?」

「それは、うん。けどちょっとくらい足掻かせてもらおうとは思っているよ」

「何をする気だね、妖精の守護者?」

「僕じゃなくてこの二人」

「文句つけられたら今度こそ意識を飛ばす料理を口に放り込む」

「その場で難癖をつけられた箇所を修正し即興で朗読いたします」


 必ず勝てるなんて楽観はしてないからね。

 駄目だった後も一応命の危険がない方向で考えはしたんだ。


「それは、規定としては…………うーん」

「結果が出た後にそうされるのはのう」

「覆される可能性があるのは認めるが」

「駄目かな? 穏便な方法だと思ったんだけど」


 そんな話をしていると、二階に繋がる階段から元気な声が降って来た。


「にゃはー! いい商売ができやしたよ、ユニコーンの旦那!」

「やっぱりここにも流浪の民がいたの見つけたよ~。潜伏先もばっちり!」


 二階建てのコーニッシュの店で、ウーリとモッペルの元気な声が響く。

 馬車で一緒にケイスマルクまでは来たけど、大会の人手の多さに早々に別れたんだ。

 二匹は人間じゃ通れない場所を選んで移動していった。


「何処に行ってたの?」


 声をかけると階段を降りながら答えてくれる。


「それが聞いておくんなせぇ。この国ぁ、猫よりも犬を飼いたがる奴らばかりでしてね」

「色んな犬のところ回ってこの国の偉い人たちの弱みいっぱい握って来たよ~」

「「「は!?」」」

「あちゃー、客人がいやしたか。こりゃ失礼いたしやした」

「あ、委員長と長老だ。この二人はね、お城の忘れ去られた酒蔵の鍵を見つけた時」

「「わー!」」


 モッペルが何か言いかけると、委員長と長老が大声で邪魔をした。


 本当に弱みを握られてるらしい。

 お酒関係の失敗かな?


「妖精には口止めしてたのに…………」


 ネクタリウスが苦い声で言うと、ウーリとモッペルは笑う。


「そんな、妖精王さまのご友人と天秤にかけるまでもないでしょうよ」

「おいらたちが聞いたのはただの飼い犬だしね」


 委員長と長老が本気の窺える目で僕を見る。

 え、そんなにまずい秘密掴んで来たの?


「何故、我々を探るような真似を?」

「ただ祭に参加するにはあまりの所業」

「えーと、必勝を期すため?」


 さらに渋い顔になっちゃった。


「えっとね、ここに来る前にジェルガエの闘技大会に行ったんだ」

「まさか、そこにも魔王石が?」


 僕が既に複数集めてると知ってるネクタリウスが反応した。


「うん、それで闘技大会の優勝賞品になっちゃってて困ったんだよ。領主に掛け合ったけど領主一人の権限ではどうしようもないって言われて。勝った人と交渉する場を大会後に設けてもらうことで落ち着いたんだけど」

「その優勝者は…………?」


 なんでそんな不穏な目をして聞くの、ネクタリウス?


「僕と一緒にジェルガエに行った冒険者が勝ったから譲ってもらったよ」

「なんと今年の優勝者は国外の冒険者か」

「エフェンデルラントの女冒険者で怪異な力を持っていたとか」


 フォーンの長老はウラの情報を知ってるみたいだ。


「で、たまたまジェルガエでは運よく知り合いが勝ったから良かったけど、こっちではそうもいかないかもしれないでしょ? だからジェルガエの貴族に聞いてみたんだ」


 聞いたのは流浪の民の貴族なんだけど、最悪力押しが一番確実とは言われた。

 まぁ、僕もそう思う。けど最悪じゃ駄目だ。


「まずジェルガエでどうにもできなかったのは領主以外を押さえなかったからだって言われたんだよ」


 派閥を動かすのは強いとか、大きな催しほど関わる人間は多岐にわたるから付け入る隙もあるとか言われた。


「妖精や悪魔みたいに好きなところ行ける仲間がいるなら、小さなことでもいいから一つ秘密を掴むことって。知っているぞと圧をかけるだけでも交渉は有利に運べるからって」


 僕は言われたことを参加者の悪魔じゃなく、もう少しうまくやってくれそうなウーリとモッペルに伝えた。

 商売のついでに情報収集的なこととしてお願いしたんだよね。

 なんか思ったよりがっつり弱み握って来たみたいだけど。


 僕の話を聞いて、ケイスマルクの三人は頭を抱える。


「ジェルガエの田舎貴族がぁ…………」

「春の侵攻のために面倒ごと押しつけおったなぁ…………」

「本気で実行できてしまう相手にぃ…………」


 なんだか唸り声のような怨み言が聞こえた。


隔日更新

次回:審美会

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