356話:フォーンの裏稼業
「我が友! 由々しき事態だ! 君の舌は鈍っている!」
「えー?」
悪魔コーニッシュの出した料理で水の違いを当てた後、さらにフルコースで当たらずも遠からずな答えを何度かした僕はそう叫ばれた。
そしてコーニッシュに指を突きつけられる。
「最近何を食べた!? 味など二の次の保存食か!? 辛味などという味覚の範疇を越えた刺激に溺れたか!?」
「落ち着いて、コーニッシュ。あ、でもジェルガエで」
言いかけたらコーニッシュに迫られ言葉が途切れる。
近いよ。
ちょっとジャンクな物食べただけなのに。
「激辛とか、酒の肴とかいうものは食べたなぁって」
屋台で食べ歩く金羊毛の若手二人と一緒にちょっと回れた時もあった。
大人の金羊毛はお酒も飲んで味の濃いつまみも食べてと、そっちにもつき合うこともあったんだ。
「そ、れ、だ!」
怖い怖い。
コーニッシュが本気で怒ってる。
「だ、だったら、ここでも屋台あるから食べ歩きしたかったけど。今回は目的達成したらすぐ帰るし、食べ歩きもしないよ」
「そうすべきだ! いや、しなければならない!」
「あ、けどさ、気になる物があったら言うから森に戻った時作ってくれない?」
「もちろん!」
良かった。ちょっと機嫌直ったみたい。
さて、そうなるとコーニッシュとウェベンのコンテスト結果が出るまでどうやって時間潰そうかな?
見るとフルコースに放心していたフォーンのネクタリウスが正気に戻ってる。
「なんと言うか、仲がいいのはわかったがね」
うん、まぁ否定はしないよ。
ネクタリウスはきちんと口を拭って食事を終える。
そして僕に向き直って真面目な話の雰囲気を作った。
「どうやらこの悪魔は森にいた者のようだな」
「うん、五百年前からいるらしいけど知らなかった?」
「至る所に店を持ち移動し続けているのかと」
「あー、間違ってはないかな。森でもいるのはだいたい台所だから」
コーニッシュは台所に片づけへと向かいもういない。
するとそれまで黙っていたウェベンが耳うちをしてきた。
「ご命令とあらば、わたくしがいつでもご主人さまのために下々の食を買い集めましょう」
「それ僕への誘惑って言うより、コーニッシュへの嫌がらせだよね? やめてね。お願いしないから」
さすがに目の前に持って来られると食べたくなりそうだし。
あと今はネクタリウスが何か話そうとしてたんだから、話しの腰折らないで。
「君の目的はなんだね? あの悪魔が品評会に出るから見に来たと言うわけでもなさそうだ」
「参加はこのウェベンもだよ。詩を書いて選考に受かったらしいんだ」
「その悪魔は誘惑の気質が強いようだ。ふむ、ということは君は目付けか?」
「ううん。冬至祭への参加は目的というより手段かな? 僕の目的は優勝者だけが入れる墳墓の中にある魔王石だよ」
「何故それを!?」
ネクタリウスは驚いて大声と共に立ち上がる。
けど動じない僕たちを見据えて、力を抜くように息を吐き出した。
「何処で魔王石の在り処を聞いたのだね? そんな話が流布しているようでは、封印の意味を成さない」
「それは安心して。実際に見た本人から聞いただけだから」
僕は台所にいるコーニッシュを指差す。
途端にネクタリウスは目元を覆って天を仰いだ。
「愚かなことを聞いた…………。いや、だが待てよ? まさか優勝すればその悪魔のどちらかが魔王石を持ちだすつもりか!?」
「そういう決まりなんじゃないの? 何か問題ある?」
僕は力尽くを控えて正攻法で行くつもりだ。
僕の正体を知るネクタリウスもわかってるはずだと思うんだけど。
なんでか否定の言葉を探すようにネクタリウスは声を潜めた。
「実は、過去魔王石であると知らずに持ちだした者はいた」
「そうなの? 被害とか大丈夫だった?」
「魔王石の厄災を理解した上で求めているのか。うーん、なら言ってしまうがね、この国も魔王石を封印するという役割を担った国だ。魔王石が持ち出された際は、害を与えぬ内に回収する手立てを講じる」
「でも魔王石って持ち主が死んでいなくならないと封印できないって聞いたよ」
アルフに聞いたままを質問すると、ネクタリウスは諦めたように笑う。
「そのとおりだ。そうか、妖精王ならそれくらいの知識与えているか。…………はっきり言おう。魔王石と知っていようが知るまいが、この国から持ち出そうとする者は国が擁する暗殺者に殺される。そうすることで封印を守って来たのだ」
「殺してもその殺した人が回収したら次の持ち主になるんじゃないの?」
「そうなった場合は暗殺者が墳墓に戻した上で自害する。そうでなくとも、持ち主となった者は生きて墳墓に連れて行かれ、元の場所に収めさせた後に殺す」
まぁ、僕もさすがにどうやってとか聞かない。
暗殺者って言ってるし、力に物言わせて無理矢理させるんだろうな。
それだけこのケイスマルクは魔王石の封印に対する本気を感じる。
「シィグダムとはずいぶん違うね。あそこはたぶん王さまだと思う人が首から下げてたよ」
「あそこは危険な橋を渡っていた。魔王石に侵されたと判断されると退位を強制されることもあったと聞く」
「詳しいね」
「長くこの地に根差す一族だからな。何かと情報は蓄積されるものだよ」
「暗殺者の強さとかは?」
「やり合う気か? いや、君ならそうなのだろう。だが、容易くあしらえるほど弱くはないと言っておこう」
「君みたいに?」
聞いたら絶句された。
さすがに僕だってそこまで詳しく言われれば疑うよ。
あとビーンセイズで助けた時、他の幻象種に比べてネクタリウスは余裕があった。
僕をユニコーンと知っててここまでつき合うなら相当の覚悟の持ち主だと思うし。
で、魔王石のために自殺って簡単に言うなら、覚悟を決めた本人かなって。
「ご主人さまを獣と甘く見た者たちは、死なぬまでもそうとう心に傷を負うことになりますよ」
「ウェベン、何言ってるの?」
「南の地では錚々たる顔ぶれの被害者の会を見ましたので」
「いや、あれは普通に襲って来たのばかりだから。あ、でもエルフとドワーフは…………」
僕が言葉に詰まるとネクタリウスはがっくり肩を落として椅子に戻った。
「まさか、こんなにあっけなくばれるとは。焦ったとしてもなんたる失態」
「落ち込むのはいいけど、できればそっちの立場教えて欲しいな。僕も無駄な争いしたいわけじゃないんだ」
ネクタリウスは気持ちにを切り替えようと頭を振る。
「ただのユニコーンであれば戯言と一笑に付すところだがね。君はオイセンでもエフェンデルラントでもビーンセイズでも全くばれることなく立ち回った。なるほど、争わずに魔王石を得る機会を計って冬至祭を待っていたのだろう」
どうやらエルフを名乗って動いていたことは掴まれているみたいだ。
「それと、妖精王が人間に攻撃されたという話も聞いている。狙いは魔王石かね? 狙われた報復に人間が保有している魔王石を回収していると?」
「違うよ。まず、森で妖精王を襲ったのは流浪の民が呼び出して受肉させた悪魔だったんだ」
「は?」
「詳しくは言えないけど、そのせいで魔王石が幾つも必要になったんだ。だから借りれる魔王石は全部借りて回ってる」
「か、借りて?」
「あ、そうそう。だから用が済んだらちゃんと返すよ」
「返す!? 魔王石を!?」
あ、手放すことがないと思ってるのかな?
けど大グリフォンも捨ててたし、幻象種ならいけるんじゃない?
あれ? 魔王石のほうから戻ってくるんだっけ?
「フォーン、ご主人さまはすでに八つの魔王石を回収し終えています。無用な危惧はご主人さまを侮るも同じと心得るべきでしょう」
「や、八つ?」
ウェベンが責めるように言うけど、ネクタリウスはもう喘ぐように繰り返すことしかできなくなってた。
「そんなになるっけ? ダイヤは元からあったし、ジェイド、オニキス、カーネリアン、ルビー、オブシディアン、サファイア、オパール。あ、本当だ」
「…………待て待て待て待てぇい! エルフ王は!? ドワーフ評議会は!?」
僕があげた魔王石の名前に、ネクタリウスが噛みつくように問い質す。
「借りたよ」
「か、怪物のドラゴンが、カーネリアンを持っていたはず…………」
「それも借りた。力尽くになっちゃったけど」
自分で聞いておいて、ネクタリウスはどんどん顔色が悪くなった。
「必要なだけで用が済めば返すし、できればその用も冬の間に終わらせたいんだ」
「な、何故?」
息も絶え絶えになりながらまだ聞くの?
何かわかりにくいところあったかな?
えっと、他に話してないことは…………。
「流浪の民が魔王石回収のために春には動くと思うんだけど、それって予想でしかないんだよね。だから冬の内に動くかも知れないことも警戒しようと思うんだ」
「流浪の民は少数なのだ。魔王石回収といっても森などという広大すぎる場所を狙うか? 無謀が過ぎる。その上狙われている魔王石をあえて森に集める理由など…………」
「魔王石を集めるのは使う用事があるからなんだけど。たぶんね、またシィグダムやアイベルクス動かして、本命の受肉悪魔は直接妖精王にぶつけてくるんじゃないかな」
前はそれでアルフ封印されちゃったし。
けど封印にとどまったし、魔王石は回収されてない。
だから次はアルフの封印を破壊してでも魔王石を回収に来るはず。
「流浪の民はオイセン、エフェンデルラント、ジェルガエにもいたし。そうそう、最初に僕が会ったのはビーンセイズだったけど、エイアーナにもいて国を動かしたらしいよ」
僕の言葉にネクタリウスは一度息を止める。
そして大きく吐き出して胸をふくらませるように吸い込んだ。
「ことが大きすぎる。だが、君と争う愚は理解した。参加を止める権利はないので、できれば冬至祭の間は穏便に行こうではないか。その後の魔王石の貸借については協議を」
「いいよ。できれば僕も正攻法で手に入れたいしね」
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