354話:初めてのナンパ
ウェベンが画策したらしい通りすがりの馬車に乗って、僕はケイスマルクの古い街へとやって来た。
「ここはかつて首都であったこともある街でございます。ケイスマルク内では古都と呼び習わしているのだとか。今時分は祭に際して人の数は普段の倍以上となっておりますが、平素であれば山際の静かな風情溢れる街並みを楽しめる景勝地でもあるのです」
ウェベンが元気に喋る。
これも事前に調べたの?
森では活躍の場はなかったけど、人間を堕落させられるくらいには優秀なんだろうな。
「周辺は魔王支配以前から幻象種が住んでおり、今なお人間との共存を行える種が残っているそうです」
「あ、だからちらほら幻象種がいるんだね」
雪男っぽいひとや、コロポックルっぽいひとが人波の中に紛れてる。
基本的に人間に近い幻象種が暮らしているようだけど、エルフやドワーフはいない。
そうしてよそ見してたら人にぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
危ない! 角が刺さるところだった!
「うぉ? かわいこちゃん発見。悪いと思うなら俺と遊ばない?」
「…………いや、僕男だから」
「またまたぁ。そんなので騙されるわけないでしょ」
謝ったことを後悔してると、勝手に肩を抱こうと手を伸ばしてくる。
避ける直前、ウェベンが動いた。
すごく的確な動きで肘の内側の痺れるところに拳を入れてる。
「器用だね。戦う気ないんじゃなかったの?」
「この程度のことできずしてどうします。お望みとあらばこの場でこの人間を見事三枚におろしてみせましょう」
「いや、いらないよ。見たくない。そういうことできるにしてもしないで。うーん、気回しはすごくできるみたいだし、ほどほどに抑えるようにしてね」
「ご命令とあらば」
僕たちは肘を抱えるナンパ男を放置して歩き出す。
「待てやこらぁ!? こんなことして許されと思うなよ!」
「おう、どうした?」
ナンパ男がわめくとその仲間らしき人間が十二人、近くの店から現れた。
お酒飲んでたみたいでナンパ男が一方的に喧嘩売られたと言う話を頭から信じるみたい。
「げへへ、ひぃひぃ泣かせてやろうじゃ…………げぼ!?」
つい前蹴りを入れて倒す。
下心が漏れすぎてて気持ち悪かったんだって言い訳させて。
「それはありなのですか、ご主人さま?」
「いや、うーん。できればあってほしくなかったかな? 再起可能ならぎりぎり?」
そんなことを言いつつ、僕はウェベンと一緒に人間十二人を二人で畳む。
アルフに力を渡したとか言ってたけどそこは悪魔。しれっと拳に魔法纏わせて吹っ飛ばしてた。
もちろん急いでその場を後にする。
「ちょっとやりすぎたと思ったから静かなほうに逃げて来たのに…………」
「いやー、こんな可愛い子見つけちゃうなんて、俺ちゃん天才くない? 君~、絶対いい線行くよ。衣装も化粧も全部こみこみお任せで、一発競美会に殴り込みかけてみない?」
競美会はミスコンのことらしい。
そして僕はその参加者の勧誘に引っかかったようだ。
「僕、男」
「そうなの!? ふぅ~! いいよいいよ、だったら性別不問の競美会にごあんな~い!」
そんなのあるの!?
いや、行かないよ!
っていうかウェベンもアップを始めないで!
ぐいぐい来るけど手は出してこないし、うるさいけどノータッチを貫いてるからこっちも手はださないから。
「おい、その子どこの競美会に出るんだい? 見に行ってやるよ」
「あらぁ、見たことないくらい綺麗な子じゃないか! こりゃ新たな記録が生まれるね!」
うるさいせいで人が集まって勝手に参加になってる…………。
「出ないからね」
「そんなこと言わずに~。一回、一回だけ! 一回やればはまるから!」
「ご主人さま、ご命令くだされば今からこの者の一族郎党に至るまで社会的に抹殺する手はずを整えますが」
「やめて」
勧誘は聞いてないのか冗談と思ったのか全く怯まない。
その間にさらに人は増えて僕も進めなくなってしまった。
「うるさいぞ! ひとの店の前で何をやっている!? 邪魔だ邪魔だ!」
そんな人だかりができたせいで、お店の人が怒ったみたいだ。
散らされた人の向こうに楽器店が見える。
そしてそこの入り口で木槌を振り回しているのは幻象種のフォーン。
「「あ」」
フォーンは僕と声を揃える。
そこにいたのはビーンセイズで助けた相手だった。
僕にまとわりつく勧誘に目を向けると、不服げに鼻を鳴らして手招きをする。
どうやら助けてくれるらしい。
「助かった。もっときちんと顔を隠してくるべきだったよ」
店に入れてもらえたことで、勧誘もさすがに諦めたようだ。
「ご主人さま、お恥ずかしい限りですがこちらの方は?」
「そう言えばウェベンと出会う前だったっけ。ビーンセイズで出会ったんだよ」
「あぁ、改めて名乗ろうか。セレメーソン・ネクタリウス。ネクタリウスのほうが個人名になる。久しぶりだ、妖精の守護者…………本当に角は生えているのか?」
「あれ、僕のこと知ってるの? ビーンセイズでは確信持ってなかったよね?」
ネクタリウスは何とも言えない顔をしてお客用の椅子を勧めてくれる。
「オイセン経由で森のエルフと言うので調べたがどうもおかしい。私も一人しか知らないがエルフとは思えない。ジッテルライヒまで一緒だったロークというドワーフも違うのではないかと言う。草原のゴブリンのことを言っていただろう? ケイスマルクに帰るついでに近くを通るので聞いてみたところ、な」
ネクタリウスは思い出すように乾いた笑いを漏らす。
「まさか君について聞きたいと言っただけで、あの話を聞かない悪妖精が逃げ散るとは思わなかった」
「うん、最初に会った時グリフォンと一緒でね。二人がかりで走り回ったら近寄ってこなくなったんだよ。その後はケルベロスの散歩の時に走り回ってるんだ」
なんかネクタリウスが見たことある顔をする。
これ、ジッテルライヒの魔法学園にいたエルフ先生が聞かないふりする時と同じ顔だ。
あれ?
ジッテルライヒにロークと一緒に行って、エルフの知り合いがいるってもしかしてエルフ先生?
「しかし今年の冬至祭に来るとは、何か目的があってかね?」
ネクタリウスは疑うようなまなざしを向けて来る。
「お祭見学じゃ駄目なの?」
「あぁ、いや。そうだろうが、目的の催しを見たなら早めに帰路に就くことを勧めようと思ってな」
ネクタリウスはそういうと声を落とす。
一人でやってる店らしくお客もいない今僕たちだけなのに。
「実はフォーンの予言者が、冬至祭を境に周辺国を巻き込む争いが起きると警告を発したのだよ」
「え、フォーンも?」
「も? もだと? 他の種族でも同じ予言が出ているのかね?」
「ううん、同じじゃないよ。っていうか、はっきり争いって予言じゃないんだ。けど、ケンタウロスと人魚の予言者が冬にかけて危ないって」
僕は山が動くと陸が騒がしくなるといった予言を教える。
「ドワーフの国でワイアームが動いたからケンタウロスのほうはそれだと思ってたんだけど」
「山は多いなるものや今まで不動であったもののたとえとも言える、か。確かにこの二百年、複数の国を巻き込む争いなどなかった。いや、しかし…………南の山脈や西の海に至るほどの影響など、広範囲すぎる」
言われてみれば確かに。
そこでウェベンが胸に手を当てて言葉を挟んだ。
「無理に全てを繋げる必要はないでしょう」
「…………ウェベンって仕える相手を堕落させる悪魔なんだよね? ってことは警戒したほうがいいのかな」
「あぁ、ご主人さま。わたくしの二心をお疑いになるなんて! お見事です!」
嬉しそうなウェベンにネクタリウスも唖然としてる。
「あ、そうか。山脈から海、それにケイスマルクって森を囲む範囲じゃないか」
これは無視ちゃいけない気がする。
「となるとやっぱり流浪の民が何かしてくるのかな?」
人間だから春を待つという予想が、森では大半を占めていた。
けど冬の内に動くのかもしれないという声も聞いてる。
「何か問題があるのか? 流浪の民と言えば東の台地からたまに売買にくる少数の一族だが」
「あ、うん。魔王石狙って一度は妖精王からダイヤを奪ったんだ。取り返したけど、ダイヤが森から出た途端、エイアーナとビーンセイズが傾いちゃって」
「う、うーむ、恩を返すために助力をと言いたいところだが、私の手には余る話のようだな…………」
「そんなこと気にしてたの? さっきの勧誘引き離してくれただけで十分だよ」
「それでは気が済まん。せめて祭の間の案内でもしよう。予言が出たことで、仕事の新たな受注はしていなかったからな」
これはネクタリウスの気持ちの問題なんだろう。
だったらここは甘えようかな。
…………また勧誘されてもやだし。
「だったら悪魔の食堂って知ってる? たぶんここでもその名前だと思うんだけど」
「あぁ、有名な店だな」
「え? 悪魔がやってるのに? 人間の国でいいの?」
「公然の秘密というやつだ。店名も悪魔的に美味いという解釈で皆見ぬふりをしている。たまに料理の代金代わりに一年ほどの寿命を奪われるだけで、相応の金銭を用意すれば安全に食べられるからな」
「やっぱり食欲に訴えるほうが人間には効くんだね」
「くふぅ…………」
ウェベンは燃えそうになるのを堪えるけれど、体から火の粉が散る。
「温度で木が歪む! やめさせろ!」
ウェベンとしては堪えたんだけど、ネクタリウスに怒られてしまった。
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