351話:グリフォンの羽扇
他視点入り
静かだった。
エイアーナの執務室には、私と各隊の隊長、エイアーナの司祭、従者のブランカ、そしてジッテルライヒから戻ったシアナスがいた。
「副団長は…………ジッテルライヒ副都地下で発見された広大な迷宮内部にて、ヴァーンジーン司祭を庇い…………殉死なさいました」
言葉を整えてもう一度告げるシアナス。
けれど声はみっともないほど震えている。
そのシアナスがジッテルライヒから持って戻ったのはローズの剣一本だけ。
それを私の前に差しだし床に膝をついたまま顔を上げない。
「…………あ…………ありえるか!」
隊長の一人が怒鳴るように声を上げた。
すると他の隊長も耐え切れなくなったように口々にシアナスを詰問するように言葉を発する。
「地下に迷宮!? いったいいつからあったと言うんだ!?」
「何故そんなところに司祭と副団長は降りられた!? 誰にやられたと言うんだ!?」
「シアナス! あなたは何をしていたというの!? 怪我の一つもないなんて!」
止めなければ。そう思うのに、私もその詰問に加わりたい気持ちがある。
いけないとわかっているのに…………。
冷静にならなければいけないのに…………。
「ふ、うぅ…………」
すぐ側で聞こえた押し殺しきれない嗚咽。
見るとブランカが必死に口を覆って声を押し殺そうとしていた。
ただただローズの死を悼む涙に頭の何処かが冷静になる。
私はシアナスが差し出すローズの剣を取り、鞘から抜いた。
「刃こぼれはないようだ。どんな敵と戦った?」
自分でも予想外に冷静な声が出る。
「申し訳ございません。暗く、逃げるしかできなかったため、確かに姿は見ていないのです。副団長より、司祭を連れて地上へ戻るよう言われて…………」
「ローズの遺体は?」
「未発見です。剣は地下の探索に相応しくないと置いて行かれたので、使用して、おりません」
「鞭は?」
震える声で答えていたシアナスは、それ以上言葉を続けられない様子で首を横に振る。
途端にブランカが弾かれたように声を上げた。
「だったら、生きていらっしゃる可能性も!」
「ヴァーンジーン司祭が、副団長に庇われた際、剣状の物で貫かれていたのを見たそうです。あれでは、助からないと…………」
シアナスの報告に、ブランカはまた涙をあふれさせた。
エイアーナの司祭は黙って聖印を切り祈る。
「団長! すぐにジッテルライヒへ戻りましょう!」
隊長の一人に、賛同の声が続いた。
それを私は他人ごとのように聞く。
「いや、ケイスマルクへ行く。ローズがなすすべもなく殺されたとすれば、その地下に巣食う何者かは私たちでも太刀打ちできない」
まるで他人が喋っているかのようで気持ちがついて行かない。
けれど頭は確実にジッテルライヒの地下にいる顔もしれない存在を滅ぼす手段を考えている。
「シアナス、地下迷宮を発見した者の中に、フォーレンがいたのは確かなことだな?」
「はい。地下に巣食う魔物を退治し、魔学生と共に帰還したと」
「なら、ケイスマルクでフォーレンと会い、地下にいた者の情報を得る。もし討ち漏らしているようなら共に討伐のために同行してもらえるよう交渉を行う」
その交渉ごとが得意だったのがローズだが、もう居ない。
深くその事実を考えそうになる自分を、私は押し込める。
「引き続きケイスマルクへ発つ準備を。シアナス、説明のために同行してもらう」
「…………はい」
考えなければ。
動かなければ。
そう思ったところに司祭が声をかけて来た。
「急いては事を仕損じる。今日は皆、休まれたほうがよろしい」
有無を言わさない強さが言葉に宿っていた。
私は否定の言葉を紡げず、他の者たちも部屋に帰される。
けれど部屋を出るまで耐え切れずに泣き出す者もいた。
私は部屋に一人になって眠れぬ夜を過ごし、朝日が昇った頃に少し寝ていたようだ。
「…………日は、変わらず昇るのに」
思わず恨めしく呟いた声が震える。
毛布を頭からかぶって、私は一人震える体を抱いて涙した。
「ユニコーンの旦那さん! できました!」
「できたよー! グリフォンの羽扇!」
傷物の館で元気にコボルトのガウナとラスバブが僕に駆け寄って来る。
二人で頭の上に掲げて運ぶのは羽扇だ。
「わー、すごい。本当に羽扇だ」
あの丸っぽい独特の形、持ち手や土台は木とか蔦で古風な感じ。
持ったら軍師気分が味わえそう。
「あれ? 案外風が来るっていうか、なんか振ると勝手に風の魔法が発動する?」
「作ってみたらそうなりました」
「僕たち何も魔法かけてないよ」
コボルトたちの仕掛けじゃないっていうかこれ、幻象種の魔法だ。
振る強さで出る風の強さが変わるみたいだ。
「うわ、なんだその羽根? まさか全部グリフォンの羽根か?」
「あ、ブラウウェル。と、エルフたち。またウィスクと話し合い?」
「お前、本当にどうやって長老どののような方を国から連れ出したんだ」
羽扇を振って遊ぶ僕にあきれ顔のブラウウェルが飽きずにそんなことを聞く。
僕たちの声で執務室からはウィスクが顔を出した。
「何、老人の気紛れよ」
「僕もまさかエルフにも知られた賢者だとは思わなかったよ」
聞いた話、ニーオストとマ・オシェの国交樹立に貢献したそうだ。
まぁ、話しの通じるドワーフ他にいなかったんだろうなぁ。
魔王時代から交流がなく、以後もビジネスライクだった二国を近づけたのがウィスクらしい。
「あのー、失礼しまーす?」
知った声と匂いに玄関を見ると、魔女のマーリエが覗きこんでいた。
「ひぇ、お、お邪魔でしたか?」
マーリエの視線はブラウウェルを先頭にしたエルフの集団に向いてる。
魔女はエルフを見ると小さくなる。こういう反応マーリエだけじゃないんだよね。
なんでだろう?
「エルフって昔この森住んでたんだよね? 魔女とはその時に何かあったの、ブラウウェル?」
「さぁ? 人間はともかく短命だからな。こっちで何かしら関わってもすぐに死ぬからその後が続かないと聞いたことはある」
あ、ブラウウェルって森に住んだことのないエルフだ。
聞く相手間違えた。
そう思ってたらマーリエは館に入って来つつ理由を教えてくれた。
「わ、私も話で聞く程度ですが、エルフに知恵で勝負を挑むなと魔女の里では言われていまして、ちょ、ちょっと驚いただけです」
魔女はかつてドルイアデスと呼ばれた賢女で仲裁者、だったけ?
その頃は人間と幻象種の隔てなく仲裁してたとか聞いたな。
ということはエルフ、仲裁されてくれなかったのかな?
「それでマーリエはわざわざ来てどうしたの? 何か困りごと?」
「あ、いえ。そうではなくて、またお出かけになると聞いたのと、魔王石の影響が出ているかもしれないと聞いたので、これを!」
そう言ってマーリエは、スカーフのような物を僕に差し出した。
っていうかこれ、絹?
つやつやで柔らかい。
「魔女に伝わる心を守るまじないをかけました。首や腰、髪に巻いても似合うはずです!」
つまり、僕への贈り物らしい。
「ありがとう。でも、みんな僕を飾ること、楽しみすぎじゃない?」
「あ、シュティフィーも遊びたいって言ってましたよ」
何して…………いや、それ僕で遊びたいってこと?
なんて言うだけ無駄なんだろうな。
マーリエの笑顔に邪気は感じられない。
うーん、顔?
この顔のせいなの、やっぱり?
身長は伸びてるけどまだ細いんだよなぁ。
成長期になったら男らしく筋肉ついてくれるといいんだけど。
「あーら、よりによって人間に先を越されるなんて」
そう言って玄関に現れたのは見上げる巨体の悪魔、アシュトルとペオルだった。
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