347話:実体のある妖精
ジェルガエの偉い貴族が何十年もかけて潜伏してた流浪の民だった。
「うわ、本当に流浪の民ってのは根を張ってるんだな」
「何!? 何故毒で死んでいない!?」
起き上がるエックハルトに、流浪の民の貴族は目を瞠る。
ウラも起き上がると、からのグラスを手に取った。
「あら、暗踞の森には妖精王に従うユニコーンがいるのを知らない?」
「妖精王に従うだと!? どういうことだ!? いや、それよりも飲んでいた水はまさか!?」
「…………エフェンデルラントの流浪の民との連携がない?」
ジモンの疑問に、情報の漏洩を悟って流浪の民は苦い顔をした。
獣人の国で僕はユニコーン姿で介入し、アルフが横やりを入れた。
エフェンデルラントの流浪の民と連携していれば、ユニコーンが妖精王側だとわかることだ。
「ユニコーンの万病薬をたかが冒険者に与えているとは」
「いや、これいつでもいくらでも森の決まった場所にある水だから」
館で僕が水飲めばできるし。
大したものではないと思うんだけど。
そんな僕の考えがわかった様子で、金羊毛が何か言いたげだ。
うん、わかってるけど言わせてほしい。
なんか飲みかけのペットボトル回し飲みされてる気分なんだよね。
その上でお金を請求しろって言われる圧力。このそれほどの物じゃない感。
「まぁ、今さら森のユニコーン狙う馬鹿はいないとは思うけどな」
「だからってフォーさん、そういうことあんまり言わないほうがいいよ」
「…………人間の欲深さ」
あ、僕が窘められた。
けど、うん。
森が荒らされるのは嫌だし、母馬の角見つかったら面倒だし話を変えよう。
「エフェンデルラントのほうには族長の息子が自分で動いていた。けどこっちはそうじゃないのかな?」
トラウエンと名乗った少年はヴァシリッサとも繋がりがあったからいるなら話聞きたかったけど。
同じ流浪の民でも南のほうは情報連絡が届いてないのかな?
ドワーフの国でも流浪の民はシィグダムでの動きを把握していなかったし。
「ちょっと君には詳しく話を聞きたいな」
「ほざけ!」
貴族の流浪の民が大きく腕を振る。
途端に壁際に佇んでいた給仕たちが武器を抜いた。
「ち! ただ者じゃねえ足音してると思ったら、全員かよ!?」
「いくつ暗器隠し持ってるかわからないよ!」
「…………少々多い」
給仕は十人。四人は貴族の流浪の民の守りに動く。
僕と金羊毛四人で六人の相手か。
「ふん、少々予定外だったが結果は変わらない。お前達にはここで死んでもらう」
「そう簡単に死ぬ気はないんだけど? っていうか、殺してどうするの? いや、まずどうやって僕を殺す気なの?」
「ここは妖精も入れぬ結界の中! 魔法も使えぬことには気づいたか? コロッセオでは仕込みをして入り込んだのだろうが、ここではそのようなことをしていないのは確認済みだ」
「うーん、そういうことじゃないんだけど。まぁ、いいか。けど僕が帰らないと森の誰かが様子見に来ると思うよ?」
「歓待がお気に召したらしいといくらでも言い訳は立つ」
「無理だと思うけどなぁ」
僕が死ねばアルフも気づくし、たぶん暇を持て余したグライフも突っ込んでくるよ?
偽物でも用意する気かも知れないけど、森の誰だったらそういうので騙されてくれるんだろう?
「やってしまえ!」
命令で給仕が動く。
金羊毛はすぐさま皿を向かってくる給仕の顔目がけて投げた。
そしてジモンはテーブルに乗ると上から襲いかかる。
ウラは怯んだ給仕の一人の腕を取り力任せに投げた。
エックハルトはベルトを外して手近な相手の足に引っ掻け転ばせる。
「何をしている!? たかが冒険者に!」
「こちとらアホみたいに悪戯仕掛けてくる妖精掻い潜って森を歩くのが生業でな!」
「目に見えて実体のある人間のほうがずっとやりやすいってもんだよ!」
「…………備えはしていた」
金羊毛はいつの間にか隠し持っていた武器で応戦していた。
ある物で戦っていたため武器はないと思っていた給仕も不意を突かれる。
僕は金羊毛が大丈夫そうなのを確認して貴族の流浪の民を守る四人を攻撃した。
「あれ? 魔法使えるね」
「な、なんだと!?」
正面から走り抜けて後ろに回る時、接触で雷撃を食らわせた。
貴族の流浪の民を守っていた四人は次々に倒れる。
「妖精と、あと悪魔はどうなんだろう? ペオル? あとガンコナーとリャナンシー来れる?」
声をかけると黒い影がすぐ側に湧く。
扉の外からは軽やかなノックの音がした。
出ないままでいるといつまでもずっと叩き続ける。
なんかホラーでこういうのあった気がするな。
「開けるべきかな? ペオル」
「言葉での許可で十分だ」
「入っていいよ」
「呼んだかな、守護者どの」
「うふふ、私の力が必要かしら?」
ガンコナーとリャナンシーの姿に、流浪の民たちは愕然とする。
いやこれ、貴族の流浪の民以外は恋の妖精に心掴まれてしまってるね。
金羊毛はお互いに叩き合って正気に戻ってた。
「な、何故? 何故入って来られる!?」
「ヴィドの結界よりずっと薄いと思うんだけど」
ジッテルライヒにいたリッチの縄張りを壁だとするなら、こっちは防虫ネットくらいの感覚。
内側から捲り上げたら入れる程度なんだよね。
ヴィドランドルの縄張りは扉を探すところからだ。
そこ以外では出入りできないようにされてたし、壊す時間と手間を考えると普通に出入り口から条件を満たして出たほうが早い感じ。
「いやいや、この結界良くできてまさぁね」
「おいらたちでも呼んでもらわなきゃ入れないからね~」
貴族の流浪の民の前にあるテーブルに立つ猫と犬。
驚いて身を引こうとした貴族の流浪の民に、ウーリとモッペルは飛びついた。
「な、なんだ!? やめろ! この畜生めが!」
「言ってくれるじゃあねぇか。あっしら猫の執念深さ、舐めてもらっちゃあ困るぜ?」
ウーリは振り払われて一度着地するけど、また跳びかかる。
モッペルは口に咥えた物を吐き出すと、貴族の流浪の民の足に噛みついて引き倒しにかかった。
「わふん! これで最後かなぁ?」
モッペルがアンクレットを引き千切ると鼻を鳴らして床に倒れた貴族の流浪の民を調べる。
「喋るなど妖精だろう!? 何故それらに触れる!?」
「妖精避けに、妖精看破、妖精の悪戯妨害…………まぁ、なんて臆病なことでござんしょねぇ」
ウーリが引き千切った飾りを前足で転がして笑う。
「こっちは精神を守るのと、痛みを和らげるの、あと魔法を一回だけ跳ね返す感じかな?」
モッペルも平気で飾りを玩具にする姿に、ペオルが答えた。
「あくまでそれらは精神体に対抗するための物。物質体に依る妖精や受肉した悪魔には効かんぞ。魔王ならば効果のある物も作れたが、遺産を継ぐ人間たちには伝わっていないらしいな」
「そうなんだね。さて、それじゃ自殺しないようにして話を聞きたいんだけど」
「私の出番ね」
僕の声に誰よりも早く滑るように動いたリャナンシー。
貴族の流浪の民は目が合った途端表情が蕩けた。
あ、うん。飾りがないと堕ちるの早いなぁ。
「ちっ」
ペオルはなんで舌打ち?
あ、そう言えば美女に化けて誘惑されたことあるな。
自分にもできたのにって?
しなくていいよ。
「結界の強度確かめたかっただけだから、ペオル帰ってもいいよ?」
「ならば言っておこう。人間が施すにしては確かな強度を持つ結界だったと。ただそれを上回る加護を持つ者を内に入れたのが間違いだ」
「その辺の対処はしてなかったの?」
「内に入った者の感覚を鈍らせ、判断を誤らせる術がかかっている。ただ、この手の術は術者の上を行く能力を持つ者には効かん」
「僕、よく魔法が児戯って言われるんだけど? それに金羊毛は?」
「加護をかけた妖精王を上回らぬ限りは無理だな。そこの人間たちは…………猛獣と共に食事を囲む心構えがあったからではないか?」
ペオルの説明に金羊毛は目を逸らす。
「うん、まぁ、コロッセオでやっちゃったからそこは何も言わないよ」
っていうかその割に仲良くしてくれるのは金羊毛の懐が広いってことなのかな?
あ、でも自分で言っておいて毒を盛られる可能性に気づいてなかった辺り術が全く効かなかった訳じゃないのか。
とはいえ駄目だなぁ。
乱暴者だと思われるのは嫌なんだけど。
思い返せば金羊毛の前では乱暴なことしかしてない気もする。
「うーん、ちょっと人間のやり方ってものを教えてもらおうかな」
僕はリャナンシーを口説き始めた貴族の流浪の民へと目を向けた。
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