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346話:悪意の皿

 ジェルガエの御前会議の結果、僕は無罪放免になった。


 春にはアイベルクスに攻撃をするのに、妖精王やエルフ王と戦うなんて自殺行為だっていう結論が出たんだ。


「いいのか、フォーさん? 妖精王側から賠償求めないなんて約束しちまって」


 エックハルトは御前会議から一緒にいて、今は謝罪と歓迎の意思表明のための食事会にも同行してくれてる。


 面倒だったけど形式的に和解を喧伝できる場が欲しいって領主に頼み込まれたんだよね。


「僕が嫌な思いしただけで、それはすでに報復したし」

「けどあのエルフ、妖精王の所に預けられたエルフを訪ねる予定だったんだろ?」

「…………それは妖精王の客ではないのか?」


 合流したウラとジモンも気になるみたいだ。

 ちなみにエルマー、ニコル、エノメナはいない。

 堅苦しいことよりまだまだ食べ歩き優先のエルマーとニコル。

 エノメナはオパールの持ち主だった青年とまた出かけるそうだ。


「うーん、僕の認識としてはブラウウェル個人を訪ねてるんだと思うけど。エルフ王に行くからよろしくって言われたのも僕だし、アルフは関係ないんじゃないかと思うんだけど」


 それに今のアルフに不必要に敵を作るのはよろしくない。

 たとえ相手が簡単につぶせる程度に弱くても。


 倒して終わりじゃないのは未だに続くオイセンとの交渉でもわかってる。

 僕としても争う気がないならそれでいい。


「そのエルフ王ってのは今回のことどうすると思う?」

「さぁ? 王さまって国民が冤罪かけられた時ってどうするものなの、エックハルト?」


 逆に聞き返すと金羊毛は唸る。


「やっぱりいかつい使者立てて詰問状送って宣戦布告か?」

「オイセンだったらそうだろうけど、エフェンデルラントなら賠償請求だろうね」

「…………国交がないのなら、無視だろう」

「エルフ王の性格からして戦争はしないと思うよ。けど、被害に遭ったエルフを見捨てはしない。それにただ連絡をするために送った使者じゃないと思うんだよね」


 スヴァルトを呼び出すためのエルフは一人だけだった。

 しかも森に行ってすぐ帰ると聞いてる。


 ところが今回は六人の使者団で、しかも若いエルフを大事にするらしい中でブラウウェルと同じくらいのエルフがいた。


「うーん、俺たちもエルフって存在に馴染みがねぇしな」

「っていうか、国がどうとか王がどうとか言う話自体あたしらには手に余るだろ」

「…………担う者に聞けばいい」


 ジモンが肩を竦めて扉のほうを見た。


 食事会は貴族の屋敷で行われ、この国の有力者が主催してくれるそうだ。


「こういう場を急に作ったのだって、フォーさんから妖精王やエルフ王の出方聞くためだろうな」

「そういうものなの?」

「まぁ、謝りましたって姿勢作るためもあるだろうけど。あぁ、そう言えばそんな昔話あったね」

「…………会合での毒殺」


 なんか不穏なこと言い出した。


「オイセンとエフェンデルラントが仲悪いの知ってるだろ? ある時の国境争いでどっちが先に手を出したかってのが問題になったらしい」

「で、お互い開戦時の指揮官呼んで食事しながら腹割って話そうってなったんだそうだよ」

「…………ところがその場で互いに指揮官へ毒を盛った」

「うわぁ。それ結局どうなったの? お互いってことはオイセン側もエフェンデルラント側も指揮官殺したんでしょ?」

「ところが、どっちも相手を信用してなかったから、指揮官たちは解毒剤を用意していたんだよ。その後は慌てて逃げ帰った指揮官からの報告で、どっちの国も非難の応酬」

「で、仲の悪い相手に食事に誘われたら毒殺に気をつけろって、悪意の皿なんてことわざができたんだって」

「…………フォーさんには無意味」


 ジモンが笑うと、他の二人も頷く。

 確かに僕に毒は効かないけど、だからって盛られていい気はしないよ。


「そういうことわざがあるなら、三人は解毒剤用意して来たの?」

「あー、いや。さすがに今回はないな。コロッセオでのフォーさん見てやるか?」

「法的に罪に問うべきだって声はあったんだろう? だったらないとは言えないね」

「…………力で敵わないから、毒という考えもある」

「じゃ、これあげる」


 僕は木筒に入った水薬を妖精の背嚢がから取り出した。


「ウーリとモッペルが森から色んな薬持って来てたんだけど、その中に僕が角つけた館の水詰めただけの物を売ろうとしててさ」


 水槽に溜めただけの雨水に値段をつけて売りつけるのは、さすがに罪悪感があった。

 だからウーリから取り上げたんだけど僕じゃ使い道がない。


「え、これ、まさか!?」

「ま、万病薬かい…………」

「…………一財産」

「いや、本当にただの水に角つけただけだからすぐに水は悪くなるよ」


 水は腐る物。それはこっちの世界での常識だ。


 僕が角をつけた水は保存の仕方なんかで長く痛まないらしい。

 けどこの水は野外に近い環境に置いてあったもので二、三日で飲めなくなる。


「水が腐るとさすがに万病薬でも駄目らしいんだ。なんだっけ? 口に入れた瞬間にそれまでの病気は治るけど、腐った水に中って死ぬんだって」


 水に中ると死ぬ。これもこっちでの常識。

 点滴もないこの世界じゃそれが当たり前だそうだ。


 そしてだからこそユニコーンの角自体が重宝される。

 ユニコーンの角は腐らないし経年劣化もしにくいからね。


「それでもここで使わなきゃ捨てるかなんかするんだろ? だったら貰ってもいいってことだよな?」


 エックハルトの期待の目には隠しきれない欲がある。


「うん、まぁ。つき合わせてるし、君たちにあげるって言ったからには使わなかった時は好きにしていいよ」


 三人揃ってガッツポーズのような姿勢をとった。

 うん、ここの貴族がオイセンやエフェンデルラントのようなことしないといいね。


 そんな話をして待ってると案内が来た。

 通されたのは木のシャンデリアが下がる縦長の部屋。


「この度は大変失礼をいたしました。領主さまの御名において深く、妖精王の代理どのには謝罪の意を表します」


 そう言ったのは最初に僕に文句を言った偉い人。

 御前会議でも罪に問うよう主張してた人だ。


 用意された席に座ると金羊毛がちょっと反応する。

 目を向けるとエックハルトが口だけを動かして教えてくれた。


「上座、あっち」


 どうやら偉い貴族の座るほうが上座。つまり自分のほうが偉いと言ってるようだ。


 けどそこは国の身分のせいかもしれない。

 僕この国で身分なんてないし、エルフ王と会った時もナチュラルに下の扱いだったし。


「謝るつもりない」


 僕の楽観を見抜いたように、ウラも口だけ動かして教えてくれた。


 偉い貴族は笑顔で、口だけは謝って非を認めるようなことを言っている。

 けど良く聞けば僕に腕を潰された監獄の長官一人が悪いと言っていた。

 なるほど、自分が謝る気は微塵もないんだ。


「…………飲み物は、用意した物がある」


 ジモンが給仕にそう言って飲み物を断っていた。


 すでに並べられていたコップに金羊毛三人は、木筒から水を注ぐ。


「悪いですね。これでも命を懸けた仕事をしてるもんで。飲む物には気を使ってんです」

「名の知れた冒険者だと聞いている。好きにするといい。代理どのは?」

「僕はなんでもいいよ」


 エックハルトに偉い貴族は鼻で笑うような顔をした。

 わー、完全に上から。


 僕にはワインのようなものが出される。

 この世界、水は腐るから水だけを飲むってことはあんまりない。

 そして人間の街に幾つか行った経験から、これが酸っぱ渋くて匂いだけのいい飲み物だと知ってる。

 正直美味しくはない。


「…………あんまり美味しくない上に毒入りとか」


 食事を進めると金羊毛がテーブルに突っ伏してしまった。

 僕は一人食器を置く。


 偉い貴族は毒が効かなかった僕を睨んでるけど、これで確定だ。


「妖精が入れないようになってるし、身に着けてるのは魔法を跳ね返すような飾りだし。最初に見た時からもしかしてとは思ってたんだ」


 偉い貴族は装飾を幾つも身に着けている。

 凝った作りで身を飾る派手さは貴族として不自然ではない。


 だけどよく見ればかつてビーンセイズで戦った流浪の民、ブラオンがつけていた装飾品と似た物が幾つもある。

 アイベルクスの商人が身に着けていた物より種類も多い。


「君がこのジェルガエの流浪の民か」


 僕の言葉に貴族は椅子を蹴立てて立ち上がる。


「ち! 裏切り者に阿る馬鹿の割に勘はいいようだな」


 妖精王を裏切り者呼ばわりなんて、いっそわかりやすい。

 そうなると領主の前で僕を非難していたことも、狙いが同じだと勘づいていたからかもしれない。


 けどそれで僕を毒殺しようとするなんて、調べが足りないなぁ。


隔日更新

次回:実体のある妖精

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