341話:猫の縁結び
他視点入り
闘技大会もあと三日で始まるというのに、まさかここに来てとんだ問題が発生したもんだ。
「子供の姿をしたエルフ。噂には聞いていたけれど、まさかジェルガエに現れるなんてね」
「あの妖精王の使者は完全に魔王石の存在を掴んでいた。それどころかオパールであることさえ調べて来ていた。これは大変なことだぞ、母さん」
「落ち着きな。そこはたぶん、流れてきた先を辿ったんだろう。ジェルガエにオパールが持ち込まれたのは北からだった」
私も本物であることを確かめるために調べたのだ。
辿れたのはエフェンデルラントの商人が遺品整理で手に入れたらしいというところまで。
「一緒にジェルガエに来たというエフェンデルラントの冒険者が何かしらの情報源かもしれないね。あそこは獣人相手に森とやり合った。若いエルフはオイセンで目撃されてるし、きっと人間相手の交渉ごとであのエルフは派遣されるんだろう」
苦い顔の息子とは対照的に、孫娘が無邪気そうに首を傾げる。
「マローネおばあさま、そんなエルフ一人くらい捕まえて始末すればいいでしょう?」
「本当にエルフ一人だったらね」
闘技大会のため厳重警備されたコロッセオに侵入者があってから、私はエルフに仲間がいることを確信した。
闘技大会は公式の賭けもあり、各部門の長もお抱えの剣闘士を参加させる。
だからこそ各部署が独自に網を張って警戒しているため、侵入は私でも無理だ。
それでも長年造った伝手で内部の様子はわかるようにしていたのだけれど。
「コロッセオの守りを抜いた者が宝物庫に封印された魔王石に貼りついているようなんだよ」
「そんなことができるの!?」
驚く孫娘に、同じ情報を得ていた息子が緩く首を振る。
「逆に人間だけを供にやって来たと思うほうが不自然だった。妖精の手を借りられないと言っても全く動揺もしないなど。…………まさか森の悪魔を連れてきているとは」
「悪魔? エルフが悪魔を使うの?」
「森にはね、魔王さまが倒された後逃げ込んだ者たちがいたんだよ。人間も幻象種も悪魔だってそうだった。たぶんその生き残りが、魔王さまの遺産として魔王石の収集に加担しているんだろう」
そうでなければ悪魔が加勢する理由がない。
エルフなど魔王さまに敵対した幻象種の筆頭だ。
魔王さまによってこの世に呼び出された悪魔が魔王さまの意に反する者に理由なく従うはずもないのだから。
「コロッセオに施された幾つもの魔法を壊さず侵入しているなど下級悪魔ではありえない。いったい何を連れて来たと言うんだ?」
息子は危機感を煽られ焦燥に駆られているようだ。
「魔王さまに従った悪魔であるなら受肉した名のある悪魔さ。下手に追い払おうとはしないほうがいい」
「どうするのおばあさま? せっかく魔王石を手に入れられる好機なのに」
「安心おし。悪魔は正しい手順でもって取引を持ち掛ければ恐れる相手ではない。そして名があるのなら、その名において誓ったことは決して反故にはできない性質がある」
ただ問題は存在をほのめかしながら姿を見せないこと。
姿や特徴から名を推察できるのにそれをさせない知性がある相手だ。
現状手出しができないことに息子は唸る。
「どうしたんだい? そんなに取り乱して。まだ何も悪いことにはなっていないだろ」
「まだ、あのエルフは底を見せていないんだ。あの余裕は明らかにおかしい」
「もう、お父さまは怖がりなんだから」
「いや、見ていないからわからないんだ。これ見よがしに取り出した伝説級の剣も、一財産になるだろう美麗な衣装も、死を回避できる魔法の葉もまるで惜しみもしない」
それなりに教育もし、ジェルガエでは鍛えられない審美眼も私が育てた。
その息子の判断が間違っているとは思えない。
「その上でそれらは全てただの見せかけだ」
「なんだって? それ以上の宝を持っていたのかい?」
「なんの変哲もない背嚢に見えた。けれど、あれはこの世に二つとない宝だ。剣も衣装も瑞々しい葉も、全て子供が背負えるくらい小さな背嚢から全て出て来たんだ」
「小さな剣だったの?」
孫娘の疑問に息子は首を横に振って刃渡りを手で示す。
騎士などが持つ長剣よりも取り回しは良さそうな長さ。
それでも小さな背嚢に収まる長さではない。
「なるほどね。妖精女王は魔王さまさえ知りえない大魔法を駆使したと伝わっていたけど、妖精王はそんな便利な魔法の道具を作れるのかい」
若いエルフを放っておこうという気持ちが揺らぐ。
すでにエルフの闘技大会参加は却下され、試合後に話合いの席を設けて魔王石の譲渡を交渉することになっている。
そこでどんな脅しをするか、大変興味が湧く。
「妖精王側にばれていたんだ。魔王石を今の内にすり替えたほうが」
「落ち着きな。それは悪魔を刺激するだけ。しかも悪魔の目の前で欺瞞を弄せば、その手に捕まるだけさ」
私が用意した勇士を勝たせる策は準備してある。
手に入れてからすり替えればそれでいい。
今のまま何食わぬ顔で大局を見るべきだ。
「そのエルフ、殺して珍しい物全部手に入れれば早いんじゃない?」
孫娘が気楽に言うと、息子は理解力がないとばかりに短く言う。
「今までも族長の企みを邪魔して来たんだ」
「そうか、それだよ」
なんで忘れていたんだろう。
そのエルフは今まで散々邪魔をしてきたのだ。
だからこそ、この私の縄張りに入って来た今が好機。
「首を取って族長への手土産になるじゃないか」
手こずった相手を私が倒したと知った時の、族長の顔が目に浮かぶ。
「ま、待ってくれ。それはあまりにも危険だ」
「お父さま、心配しすぎ。悪魔はコロッセオなんでしょう? だったら後は名も知らない冒険者とエルフ一人じゃない」
「いやいや、この子の心配も悪いことじゃない。確実にエルフが一人になるよう手を回さないとね」
私は新たな策謀に思考を巡らせた。
領主に掛け合ってから二日、結局僕の闘技大会参加は駄目だった。
腕試しも僕は興味がないから祭見学をしながら優勝者が決まるのを待つことになる。
コロッセオでの闘技大会は金羊毛と一緒に観戦の予定で、今は金羊毛と一緒に屋台で買った食べ物をみんなで味見してた。
「ジェルガエの領主は案外賢明なもんだ。うん? この肉、ちょっと塩がきつすぎないか?」
「こそこそしてる割にね。なんだか知らない香草の味ばっかりだね」
「…………それだけ本気。…………パイが美味い」
「あれ? アイベルクスに戦争仕かけるって話していいんすか?」
エルマーの口が滑る。
途端に一緒に食べていた元魔王石の持ち主の青年がびっくりして咽た。
「そ、そのことは、まぁ、一応噂程度には。けど、本当なんですね?」
「いえ、僕たちのほうも噂程度ですよ。あ、そこのチーズ取ってもらえます?」
ニコルが誤魔化すと、青年の隣のエノメナがチーズを取る。
「それで、闘技大会の観戦はどうしますか?」
金羊毛は闘技大会の観戦に青年を誘っていた。
闘技大会観戦の席を数日分領主が融通してくれてる。
飛び込みの要人のためにいくつか空けてあった席だそうだ。
「せっかくのお誘いなのに、すみません。どうせ会場には行けないと思い、仕事を入れていて」
青年の暮らしは貧しい。
不幸が起こるから仕事も日雇い程度しかなく、お祭の今はいつもより日雇いの賃料が多いらしい。
「そう、残念ですね。けれど、これからはきっと良いことがあります。私もそうでしたから」
エノメナと青年は身の上話ですっかり仲良くなったようだ。
あと人間たちは気づいてないけど、姿を消して部屋の隅で猫二人が取引してる。
猫の体って言ってたけど、それでも姿を隠す魔法が使えないわけじゃないんだな。
「仕事失くして観戦ってなことはなしで。ご主人は働くことが嫌いじゃない。ましてや誰かが痛い思いをしたなら彼女を放って見舞いに行ってしまう」
「かぁー! 甲斐性のない奴だぁな。となると、あの姉さんのほうを動かすしかないだろうよ。基本的に戦闘に興味はなさそうだし、偶然を装って落ち合わせるか」
モッペルも耳を向けているけど口を出さない。
危険なことはしなさそうだし放っておこう。
たぶんこれもあの長手袋をつけた猫の恩返しなんだろう。
と思ったらモッペルが僕のほうにやって来て、膝に跳びあがる。
「どうしたの、モッペル。何か食べる?」
「うーん、それよりも外で聞き慣れない言葉で騒ぐ声が聞こえたんだ~」
「なんだ、喧嘩か?」
エックハルトにモッペルは耳を伸ばすだけで答えない。
僕は外に耳を傾ける。
人化していても、人間より耳はいい。
さらに察した風の妖精が音を運んで来てくれた。
確かに大声で騒いでいるひとがいる。
「…………喧嘩ではなさそう。ちょっと様子見て来る」
「フォーさんが行くって、まずそうかい?」
「大丈夫だよ、ウラ。言葉が通じてないみたいだからさ。僕なら意味わかるし」
僕はそう言って席を立った。
他の金羊毛は僕と同じように耳を澄ますけど何も聞こえないらしい。
まぁ、聞こえたとしても意味は分からないだろう。
聞こえてきたのはどうもエルフの言葉のようだった。
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