339話:長手袋をつけた猫
領主と話した後、僕たちはお城のほうがお金を払ってくれた宿へ泊まることになった。
翌日冒険者組合に行くと、事前に闘技大会参加の登録もできてた。
昨日の職員は、打って変わって腰が低かったのには金羊毛も笑うしかなかったみたいだ。
「それじゃ、オパールの持ち主の所へ案内しまさぁ」
猫の姿をした妖精ウーリが、四足で歩きながら意気揚々と尻尾を立てる。
「いやー、それにしても一日でこの国の上層部抑えるとはユニ、フォーの旦那はさすがでさぁ」
「ウーリ、お城でのこと知ってるの?」
「出入りしてる猫いるし、この国の妖精の間でもガンコナーとリャナンシーは馴染みがなかったみたいで噂だったらしいよ~」
モッペルは尻尾を振りつつ、ウーリの隣を四足で歩く。
「それとこの国、どうも流浪の民が潜伏してるらしいんでさぁ。アイベルクスから逃げた流浪の民の一部もこの国に逃げ込んでたんで怪しいとは思ってたんですがね」
「でもいくつか妖精を寄せ付けない場所があるから特定はできてないんだ~。どこも五十年以上前から住んでる人たちみたい」
ウーリとモッペルの調査報告に、金羊毛は感心した。
「妖精ってのはもっと気ままで噂話くらいしかしないもんだと思ってたぜ」
「今度から街で野良猫なんか見ても妖精じゃないかと疑いそうだよ」
「…………心躍る」
「えー? 誰にも見られてないと思ってた失敗見られてるかもしれないんすよ?」
「これが森の妖精と町の妖精の違いなんでしょうね」
「森にも話の通じる妖精はいたようですが、あれは妖精王さまの御前だったからでしょうか?」
そんなことを話しながら、僕たちは大通りから小道に入っていく。
人がすれ違うのも難しい狭い道を抜けると、辺りは民家ばかり。
背後に聞こえるコロッセオ周辺の賑わいも遠い。
「まさか魔王石の持ち主が浮浪者ってことはないだろうな」
さらに狭い道を進むウーリとモッペルに、エックハルトが不安を口にした。
「家はありまさぁな。ただ命が無事な分、あまり財は持っていないようで」
「小さな家だったよ。身内はもう死んじゃってるらしいから独り暮らし」
「青年って言ってたよね? 魔王石って知ってて持ってるの?」
「そこぁ断言しかねるってもんでさぁ。あっしらが調べられたのは、悪魔の旦那がオパールを見つけてから五人、持ち主を変えてるってことくらいで」
「今の持ち主の前は善人のお爺さんでね。欲を掻いて身を滅ぼさない人を探して今の持ち主に譲ったらしいよ」
確か悪魔のペオルがオパールの行方を知ったのは森で誘惑した人間から。
ジェルガエに行ったらあったらしい。
そこから五人持ち主が変わってると言うことは、死なないと持ち主の変わらない魔王石のせいで六人は死んでることになる。
凶悪だなぁ。
「確か猫の妖精の飼い主なんだよね?」
「へい、あっしの同朋でさぁ。そいつは子供に痛めつけられてるところを昔助けられたそうで。魔王石を得たことに気づいて慌てて助けに参じたんでさぁね」
「恩返しをするから長手袋をちょうだいって言って、革の手袋を貰ったらしいよ。それをつけて手だけ人間の振りしながら色々主人を助けに動いたんだって」
え、それって猫の恩返し?
長靴を履いた猫っぽい?
いや、狐が手袋で人間のふりをするって話もあった気がする。
「それで命は長らえても貧しい暮らしか。いっそ捨てちまえと思っちまうね」
ウラは言いながらエノメナを見る。
「フォーさま、その方は魔王石を手放すことで幸せになれるでしょうか?」
「貧しい暮らしが可哀想?」
「はい、私は運よくフォーさまに拾われ、妖精王さまに目をかけていただき、こうして人の身では得られないはずの幸運に恵まれました」
ジェルガエに持ち込まれるもっと以前の持ち主がエノメナの父親で、泥棒の冤罪ですでに故人になっている。
その罪からエノメナは泥棒の娘と言うことで村八分の扱いを受けていた。
きっとその青年に自分を重ねているんだろう。
「うーん、その人次第かな? オパールを渡してくれるならそれなりのお礼はするつもりだし。お金に変えられる物なら持ってるし」
ノームの剣の使いどころはここかな?
それとも一度森に戻ってアルフに相談したほうがいいのかな?
「…………あれは、妖精だろうか?」
ジモンが塀の上に猫を見つけた。
けれどジモンと目が合うと猫は即座に逃げる。
「ありゃただの猫でさぁね。見た目で人間が区別するのは難しござんすよ」
「ケット・シーの体はただの猫と同じだからね。妖精が見える人間ならたぶんわかるけど」
ウーリとモッペルの説明に、エルマーは手を打つ。
「つまりファザスだったらわかるんすね」
「余計なことをサンデル=ファザスさんに言わないでくださいね」
ニコルが忠告するけど、ジモンはエルマーの言葉でやる気になってしまった。
よほど猫の妖精と知り合いたいみたいだ。
「ここでさぁ」
ウーリが前足で指すのは微妙に歪んだ家、と言うより小屋?
「どうも、うちの猫から聞いてはいましたが、何分狭いもので」
家から顔を出した青年は、申し訳なさそうに招き入れてくれた。
けど居間とベッド一つでいっぱいの寝室だけの家に七人も入れない。
「エノメナ以外は外いろ」
エックハルトの決定に金羊毛は従う。
椅子も二脚だけで、僕と青年が座ってエックハルトとエノメナが立つ。
「その、申し訳ありません」
「なんでいきなり謝るの?」
恐縮しきりの青年の足元で、三毛猫が後ろ足で立ち上がった。
おもむろに長手袋を取り出すとつける。
「自分の手違いでして、妖精王さまのご使者には大変申し訳ない。実は、魔王石のオパールはすでにご主人の手を離れています」
長手袋の猫が揉み手をしつつそう言った。
「え! 何処へやったの?」
「この時期、闘技大会の商品として珍品奇物が良い値で売れるのです。きちんとしたところなら呪物であっても報酬を払って引き取ってくれまして」
「おいおい、まさか魔王石を?」
エックハルトも三毛猫の言葉に驚く。
「コロッセオで行われる闘技大会の運営に関わる友人が、賞品として用意していたものの偽物を掴まされまして。もう首を括るしかないと泣いていて」
どうやら青年は友人のためもあり魔王石を手放したようだ。
「ご主人はちゃんと危険性も語りました。ご友人も上司に相談の末、呪物として封印の措置を行った上で持っていかれたので、すぐさまの害はないかと」
「えー? アルフでさえ封じるのがやっとの魔王石を、人間が? 大丈夫かな?」
「魔王石が賞品になってる闘技大会なんて危なくていけねぇや」
「前に来た時にちゃんと魔王石を欲しがってるって言っておけば良かったね~」
どうやらこの成り行きを知らなかったらしいウーリとモッペルも、後ろ足で立ち上がって困った様子だ。
妖精王の使いが来るとだけ言っていたらしい。
昨日ケット・シー伝いに僕が来た理由を手袋をつけた猫が知り慌てたのだとか。
「あなたの代わりに手にした方が、危険だとは思わなかったのですか?」
エノメナが責めるように聞くと、青年は恥じ入る。
「僕程度がこうして五体満足に生きていられるのなら、闘技大会を勝ち抜くほどの腕の方なら危険はないだろうと考えてしまいました。それに、僕では持っているしかできないけれど、もしかしたら、それほどの腕の方なら、何か、あれを無害化できる手段を知っているのではないかと」
「そりゃ無理だぜ。エイアーナっていう森の西の国は、魔王石を持ち込まれて滅んだようなもんらしいんだ」
エックハルトの言葉に、青年は絶句した。
言葉の意味と事態の大きさを理解すると、見る間に青褪める。
そんな顔色のまま、青年は椅子を蹴るように立った。
「ぼ、僕はなんてことを! す、すぐに友人の所へ行って取り返してきます!」
「待って待って。つまりオパールは闘技大会に勝てば手に入るんでしょ?」
「て、手に入れた方が、国を亡ぼすかも知れないなどとは知らず! あぁ! あれは世に出してはいけないと言われていたのに!」
「落ち着いてください、このフォーさまなら魔王石に惑わされることはありません」
慌てる青年にエノメナが言い聞かせる。
青年はエノメナと僕を見比べて困惑した。
「僕、魔王石の影響を受けないってことで回収役してるから。つまり僕が闘技大会を勝てばいいんでしょ?」
「え、で、できるのですか?」
僕は頷こうとしたけど、エックハルトは首を横に振った。
「いや、こういうお祭りは拮抗する戦いで白熱するもんだ。フォーさんみたいな絶対人間じゃ敵わないようなおひとが出ても白けさせるだけだな。そうなると順調に勝ったところで優勝を認められない可能性もある」
扉から覗く他の金羊毛もエックハルトの意見に頷く。
「せっかく恩を売ったんだ。ここは直接、闘技大会の主催者である領主に話持って行ったほうがいいだろうぜ」
「領主さまとお知り合いで? す、すみません、こんな家に」
エックハルトの言葉で、青年はまた恐縮してしまった。
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