338話:物わかりのいい領主
リャナンシーに魅了されたエックハルトとジモンの肩にチョップが振り下ろされた。
やったのはウラだ。
ただドム! って感じの重い音にジェルガエの人たちが目を剥いた。
「「…………!?」」
「目は覚めたかい? で? エルマー、ニコル、あんたらも一発いっとく?」
「「全然大丈夫です!」」
声も出ないエックハルトとジモンの姿に、エルマーとニコルは正気づいた。
そんな騒ぎにリャナンシーを連れた王子がご満悦なのはなんで?
「ふふ、私の麗しき愛に目を奪われるのも自然のこと。そしてそれを見て女たちが嫉妬に狂うのもまた」
「待て待て待て! ウラ! 気持ちはわかるが相手が悪い!」
チョップを用意するウラにエックハルトが動くほうの腕で掴んで止める。
「大丈夫。隣の妖精に一発くれてやるだけだから。案外それで目も覚めるんじゃない?」
「やだー、女の嫉妬怖ーい」
「リャナンシー、君そうやって煽るからロミーに地下水脈に流されかけてたんじゃないか」
森でも気を付けるように言ったのに。
思い出したようにリャナンシーは肩を竦めて首を傾げてみせる。
悪戯っぽい仕草に王子がメロメロだ。
ジェルガエの男性陣は頑なに見ないけど。
「異性を誘惑するのが存在理由なのはしょうがないけど、もう人間相手じゃなくてガンコナーとリャナンシー同士でくっつけば良くない?」
思いつきを口にした途端、二人の恋の妖精は嫌悪感丸出しな顔をした。
妖精にこういう顔されるの初めてかもしれない。
「守護者、それはあまりにも軽率な発言ですよ」
「兄弟で恋愛をしろとでも?」
「あ、そういう認識なんだ。ごめんごめん。けど僕も今冒険者として依頼を受けて来てるんだ。二人をその王子と王女から引き離していい?」
「それは妖精王さまに利することなのかしら?」
「守護者の願いであるなら聞き入れることも吝かではないですが」
「うーん、そう言われるとあまり関係ないかな?」
だったら嫌だと言いたげな恋の妖精たち。
強く言えば聞いてくれそうだけど妖精を脅すのは僕も嫌だな。
「フォーさま、無理に引き離すと人間側の命にかかわると言う話ではなかったでしょうか? 恋心というものは時に本人にも制御ができないと聞きます。何か手を考えてからのほうがよろしいのでは?」
「恋心はアルフから貰った薬でどうにかできるんじゃないかと思うんだよ、エノメナ」
僕は妖精の背嚢からオイルのようなものが入った小壷を取り出す。
「恋の秘薬作った時に間違った相手に使って、慌てて作った恋を覚ます薬らしいんだけど」
説明しながら蓋を取った。
瞬間ガンコナーとリャナンシーが悲鳴を上げる。
しかも見る間に姿が儚く消え始めてしまった。
同時に姿を消していた座敷童のような妖精エインセルが、僕の手を押さえて小壷の蓋を閉めさせる。
どうやらこれが原因のようだ。
「え? あ! ごめん! 大丈夫、ガンコナーとリャナンシー?」
「ふぅ…………うぅ…………」
「おっほぉ…………あぁ…………」
言葉にならない呻きを上げるばかりで、あまりの苦しみように王子と王女も慌てる。
「うーん、妖精相手にもアルフの薬って強すぎるんだなぁ。あ、ガンコナーとリャナンシーは恋の妖精だから、恋しいって思いを注げば復活するらしいよ」
エインセルが教えてくれたことを伝えると、王子と王女は必死に愛の言葉を囁き始めた。
「待て、消えるならそれで良いのでは?」
髭のおじさんがリャナンシーを見ないようにしながら僕に言う。
「駄目だよ。妖精消すことが目的じゃない。それに僕は妖精の守護者なんだ。無理にガンコナーとリャナンシーに攻撃するなら君たちは僕の敵だよ」
髭のおじさんに向き直ろうとすると、エックハルトが僕の前に割り込んだ。
ウラも僕を後ろに引っ張って髭のおじさんから距離を取らせる。
「ちょっと待ってくれ、説明不足だった。このフォーさんは妖精王に代理を任されるほどの方だ。このひとが敵になると言うなら、森全てが敵になるも同じだ。大道も使えなくなるぞ」
「そ、そんな権限のあるエルフなのか?」
まだ疑う髭のおじさんにエックハルトが近寄って声を落とす。
「ここだけの話、シィグダムに乗り込んだ。この意味がわからないわけじゃないだろ」
髭のおじさん唾を飲んでこっちを見た。
「森っていうか大道で自衛のために戦うことは責めないよ。基本的に森の生き物たちだって強くないと食べられるだけだし」
「少々、時間を、そう、お時間をいただけるだろうか、妖精の守護者どの」
顔色を悪くした髭のおじさんはそう言って退出していく。
「こりゃ、妖精がどうとかの話じゃなくなったな」
「え、そうなの? ごめん、仕事の邪魔した?」
エックハルトに謝る中、髭のおじさんと一緒に護衛なんかも外へ出て行く。
ちなみにガンコナーとリャナンシーはいる。もちろん王子と王女も残ってた。
まだ弱ってるのに看病ごっこみたいなことしていちゃついてる。
誰も見ないふりでいると、髭のおじさんが戻って来た。
「領主さまがお会いになるそうだ」
「えー、そんなつもりで来てないのに」
戻って来た髭のおじさんに思わず言うと、渋い顔をされる。
この国、王子や王女はいるけど王はいない。
公国で勝手に王を名乗ったらいけないんだって。
だから王子や王女の親が王じゃなく領主として一番上にいるそうだ。
「森と争って人間に勝ち目はありません」
そんな面倒な身分の領主を前に話すのは金羊毛のリーダーであるエックハルト。
髭のおじさんが僕に話させるよりましと判断したらしい。
うん、間違ってないよ。
エックハルトはオイセンやエフェンデルラントの当事者で、さらにシィグダムの様子や森の館で聞いたらしいエイアーナやビーンセイズでのことも知っている。
「どうか、妖精王さまにおきましては久しくその慈愛に満ちた人間へのご高配を我らにもお与えくださるようお願いも申し上げます」
結果、ジェルガエの領主は全面的に争わない姿勢を取った。
けれど臣下までそういう考えじゃないようだ。
「お待ちください! こんな身元もよくわかっていない者たちの話を頭から信用なさるのは危険です!」
一人が声を上げると他にも賛同の声が上がる。
「そうです! 何より本当であるならとんだ犯罪者ではありませんか!」
「すぐに牢に籠めてシィグダムへ引き渡すべき重罪人です!」
「やめよ」
次々に上がる糾弾の声を領主が抑える。
人間の理屈的には間違ってないのに、ちょっと意外だった。
「誰一人として我が子らの問題を解決できなかった中、この方は解決策を提示してくださった。それほどの知啓と技術は、そなたの賢たる母にもできなかったことであろう?」
最初に声を上げた臣下に向かって領主は言う。
この領主の準備が整うまでの間に、僕は恋の妖精に対処をした。
それがここに呼ばれた目的だったし。
「この方は妖精王よりたまわったという嗅ぎ薬によって、我が子に害なく、また妖精にも苦しみなく互いを離す手段を与えてくださった」
アルフの薬の使い方は復活したガンコナーとリャナンシーに教えてもらった。
どうやら嗅ぎ薬というもので匂いが効能なんだそうだ。
小壷一つで強すぎる。
なので一滴だけをハンカチつけて水洗いで布全体に馴染ませた。
それを王子と王女が身に着けることで少しずつ恋から覚めるらしい。
この方法だったら円満に別れられるのだとか。
「たとえ妖精の如き姿であっても、この方の賢なる力は疑うべくもない」
「僕、頭を使うより体を使うほうが得意なんだけど」
そんな頭いいみたいに言われても。
つい言ってしまって領主を驚かせてしまった。
するとウラが話を振って来る。
「フォーさん、ちなみに最近一番手ごわかった相手は?」
「山脈の南から東に行ったところに街を作ってる大グリフォンか、ドワーフの国のドラゴン。どっちも戦い慣れてて単純な力押しじゃ勝てない相手だったよ」
「…………大グリフォン?」
「グライフの父親で、ドラゴン並みに大きなグリフォンだよ、ジモン。精霊の加護を受けていて嵐を操れるみたいなんだ」
「え!? それあのコカトリス殺した傷のグリフォンの親ってことっすよね? 倒したんっすか!?」
「生きてるよ。僕に向かって落とされた雷を返して驚かせたら、話を聞いてくれるくらいにはなったんだ。あ、もちろんドワーフの国のドラゴンも生きてるからね」
「は、話しが壮大すぎて想像もつかないですね」
「フォーさまはこんなにもお優しいのに、シィグダムはいったいどんな狼藉を行って怒らせたのかしら?」
エノメナはシィグダムの惨状から僕が怒ったことはわかるけど、留守中にアルフを殺されかけたとか言ってないから首を傾げる。
だから笑ってごまかした。
けど、なんでだか領主たちだけじゃなく金羊毛まで震え上がってしまう。
何が悪かったんだろう?
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