337話:向こうから来た
闘技大会が行われるジェルガエという国は公国だそうだ。
一番偉いのは大公だけど、ジェルガエではなくビーンセイズに住んでるんだとか。
じゃあジェルガエに住んでる人の中で誰が一番偉いのか。
それは五百年前に王国を築いた人の子孫である人たちらしい。
「公国は大公って人の国なのに王族はいるって、なんか混乱するね」
「けどそういう国らしいからな。ちなみに実務は別だ」
「で、ここがお城?」
僕がエックハルトに聞くと、金羊毛たちはそれぞれ感想を言い合う。
「エフェンデルラントの王城とあんまり変わらないよな」
「なんだかんだオイセンのほうが見栄っ張りだからね」
「…………ビーンセイズの砦程度」
「俺まだビーンセイズ行ったことないっすけど、王城もっと大きいんすか?」
「僕はケイスマルクの城を見ましたけど装飾の感じからして財力が違いますよ」
「妖精王さまのお住まいほど古の趣と伝統を残した住まいなどないでしょうが」
冒険者組合で結局指名依頼を受けた僕たちは、そのまま小さなお城に裏口から通された。
一室で待たされてる間お喋りしていると、渋い顔の髭のおじさんが入って来る。
たぶん隣の部屋で僕たちの様子見てた人だ。
「冒険者よ、妖精に深い見識があると言うのは本当か?」
挨拶もそこそこに髭のおじさんが本題に入った。
金羊毛の視線はリーダーのエックハルトに向けられる。
だから僕も黙っておくことにした。
「俺らはオイセンで森の恵みを生活の糧にしていた冒険者で、オイセンが妖精と問題を起こしたためにエフェンデルラントへと移り住みました。そこで森に詳しいことを評価され、つい最近はアイベルクスとシィグダムを往復してます」
簡単に実績を語ると、髭のおじさんはすぐに食いつく。
「最近だと? 大道を通れたのか?」
「通れはします。森に害をなさないことを明示すれば、知能の高い厄介な相手に襲われることもありません。ただ、それをするには森への正しい理解が必要になります」
「森の妖精については?」
「ちょっといい?」
話の邪魔して申し訳ないけど、エックハルトはすぐ僕に譲ってくれる。
お城だから顔を出せって言われてたせいか、偉い人も横入りに怒ってはいないようだ。
たぶん僕のことエルフだと思ってるよね。
「ここで問題を起こしてるのは恋の妖精なんでしょう? 森に住む妖精と違って恋の妖精は町に住むんだ。森の妖精に詳しくても恋の妖精をどうにかできるかは別問題だよ」
「む、そうなのか? だが恋の妖精は森から来たと言っていたが」
「え? それってリャナンシー?」
「フォーさん知ってるのか?」
すぐに思いつく僕にエックハルトが説明を求めた。
「オイセンから引き揚げて来た妖精にいたんだ。森に住まずに別の人間の国に行くって、森から出たはずだよ」
僕の言葉に髭のおじさんが顔を引きつらせる。
室内で警備してる人たちもざわついた。
「そ、そちらのエルフは、いったい?」
「この方は妖精の守護者と呼ばれる森の重鎮で、ここで起こっていることもすでに妖精たちから教えられていますよ」
隠さず伝えるエックハルトに、髭のおじさんは重々しく頷く。
「では、恋の妖精が王子と王女を篭絡したことも?」
「うん、引き離すと失恋で何するかわからないから隔離してるって言うのも聞いた」
「冒険者組合にも下していない情報を…………本当に妖精が?」
何か疑ってる?
「そこにいる子、姿を現してくれる? エインセル?」
名前を呼ぶと白い服を着た女の子がゆっくり輪郭を取る。
可愛らしい動作で何処かを指差すと、手を振ってまた消えた。
永遠の少女という妖精らしく特に害はないはずだけど。
「ゆ、幽霊っすか!?」
「違うよ、エルマー。妖精。傷をつけると復讐しに来るけどそれ以外は子供と遊んでくれるんだ」
たぶん座敷童的な妖精だと思う。
護衛がエインセルのいた場所に行って何もいないことを確認する。
見えている僕からすると、エインセルは笑いながら護衛の手を掻い潜って遊んでた。
「…………アイベルクスの手先になったことはない」
ジモンが突然アイベルクスの名を出す。
あ、情報知ってたのスパイだとでも思われたのか。
「なるほど。エルフが妖精と意思疎通を…………となれば引き離しも可能か?」
「うーん、恋から覚ますことはできるけど、必ずしもそれがいい結果に繋がるとは言えないみたいなんだよね」
僕はロバの獣人に恋をした人間の話を聞かせた。
アルフが獣人の国から出禁になったきっかけだ。
ついでに人間と妖精の恋ってことでロミーの話もしておく。
「恋を無理矢理破棄することにはそれなりの危険が伴うと思うよ」
「うむむ…………恋という認知の歪みの反動とでも言うことか? いや、妖精の理における絶対の報復も恐ろしい」
髭のおじさんが難しい顔をして、最善策を模索し始めた。
するとそこに騒ぎの声が近づいてくる。
髭のおじさん護衛の一人に顔を向けると、それで通じたみたいで護衛が外の様子を窺いに行った。
「お退きなさい!」
途端に、ドアを開けた護衛を押しのけて入って来るドレスの女の子。
僕たち以外の全員が慌てて頭を低くした。
「これは王女殿下!? い、いったい何故?」
「ここに私の愛しいひとの恩人がいると聞きご挨拶に参りました」
どうやらやって来たのは妖精に恋した王女らしい。
金羊毛は王女の言葉で僕を見る。
僕は王女の後ろについて来た青年を見てた。
「あ、君はビーンセイズにいたガンコナー?」
「その節はお助けいただき感謝いたします、守護者」
「え!? この可憐なエルフが!?」
王女がショックを受けた様子で声を高くする。
そして嫉妬に燃える目を僕に突きつけた。
うん? 待って待って。
大変な誤解が生まれてる気がするよ。
「僕、男だよ?」
「「「「「え!?」」」」」
髭のおじさんや護衛も含めて驚かないでほしいなぁ。
「守護者は男ですよ、愛しい姫君」
ガンコナーも肯定したことで、王女は頬を赤らめる。
「ま、まぁ。こんな美しい男性が? エルフとは美しい種族であるとは聞いていましたが、ここまでとは」
うん? 待って待って。
今度はなんか熱っぽい視線になってる?
「ふふ、守護者の美しさを否定する気はないけれど、妬けてしまうね」
「あん、ごめんなさい。私の愛しいひとはあなただけよ」
後ろから抱きついて王女の顎を優しく上げるガンコナー。
王女もまんざらではない様子でいちゃつき始める。
「フォーさん! なんか、こいつらおかしくなったんだが!?」
エックハルトの叫びに見れば、ウラとエノメナが恋する乙女の表情でガンコナーを見てた。
わー、魅了されてるー。
「えー? ちょっと二人ともしっかりして。ガンコナーの術中にはまっちゃ駄目だよ」
言うとウラは正気づく。
エノメナは僕を見て、ガンコナーを見て、また僕を見て目が覚めたような顔をした。
「は!? なんだい今の? 気づいたら何も考えられなくなってたよ!」
「まぁまぁ、なんだかとてつもない多幸感に包まれたような?」
「お、おぉ!? 妖精の術に抗う術が!?」
髭の偉い人が希望に満ちた声を上げると、ガンコナーが否定する。
「いえ、今のはあくまで余波ですので。私が恋する愛しい方とは心が通じていますよ」
「む? 今までは何を言っても返答などなかったというのに」
「守護者を煩わせることは本意ではありませんので」
どうやらガンコナーは王女以外の人間を相手にしてなかったようだ。
そして喋りながら王女の髪の毛を指に巻き付けていちゃつくのは継続してる。
そこにさらに騒ぎの声が近づいて来た。
ここまで来ると次は予想がつく。
「ここに私の愛しいひとの知人がいると聞いて!」
今度は王子がきた。
そしてその腕には、豊満な胸を押しつけてる美女。
うん、やっぱり森でロミーと喧嘩してたリャナンシーだ。
「森を離れてどうしたの、守護者? 何か手伝うことがあれば言ってちょうだい」
リャナンシーが気軽にウィンクする。
それはいい。
けどその姿を見た金羊毛が軒並み魅了されるのはやめてほしかったな。
髭のおじさんと護衛はすぐさま顔を伏せてて難を逃れてる。
その対応の早さに、今までの苦労が垣間見えた気がした。
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