334話:見張り見張られ
すごく大旦那には警戒されたけど、結局僕たち金羊毛はアイベルクスの商隊と一緒に旅をすることになった。
ジェルガエに向かうのは商品を乗せた三台の馬車を中心とした隊列。
補給や休憩のできる村や町を辿って、安全重視な分進みは遅い。
「うわー!? 人面の魔物だ! 冒険者の方、お助けを!」
と思ったら商隊の後ろのほう警備してた僕たちに前方から声がかけられた。
安全を重視しても襲われる時は襲われるみたいだ。
僕は一足で三台の馬車の前へ跳んで出た。
戦く馬の前には赤い鬣。
「あ、マンティコアだ」
「こんな所にもかよ!?」
追い駆けて来たエックハルトが、エフェンデルラントで出会った時を思い出して声を上げる。
でもこれって…………。
「エフェンデルラントで会ったマンティコアだ」
「ひぃ…………ユニ、ユニ…………」
おじさん顔の赤いライオン一家が僕を見て尻込みする。
見たことのない相手に警戒して突出しなかった商隊の護衛はまだ無傷。
逆に荷車を引く馬が僕の正体を知って暴れ始めた。
「邪魔だから暴れないで」
声をかけると馬はすぐさま座り込む。
そのせいで荷車が大きく傾いた。
「あ、そっちも逃げる前に聞いて」
馬に顔を向ける隙に逃げようとするマンティコアに、声かけたらすごくびくつく。
そのせいで集まり始めた護衛の人なんかが、僕をすごい奇怪なもののように見てた。
「月の川辺を騒がせてた原因だと思う物は取り除いたから。帰りたいなら討伐されないように大人しく冬を越したほうがいいよ」
「ユニ…………?」
言葉は短いけど、疑ってる雰囲気がするな。
「別に騙すつもりで言ってるんじゃないよ。子供いるのに悪風の精霊避けるの難しいでしょ? だったら、戻るにしても春になって体力つけてからがいいと思って」
たぶんこのマンティコアは東の台地から来た。
グライフも嫌がる悪風の精霊を掻い潜って。
たぶん僕の母馬もそうやってこっちに来て僕を産んだんだと思う。
山脈には飛竜いるしね。
勝手なシンパシーで忠告をすると、マンティコアはじっと僕を見つめて来る。
「…………ユニ…………感謝」
一声吠えるとマンティコア一家は走り去る。
相変わらず逃げる時は一目散だ。
「今のはいったいどういうことだい、フォーさん?」
追いついたウラが抜かなかった剣を肩に担いだまま聞いて来た。
「エイアーナにユニコーン、ビーンセイズにはガルーダがいて、エフェンデルラントにはマンティコア、そして森にはヴァナラっていう幻象種が南の山脈からずっと東に行った地域から流れて来てたんだ」
僕の説明にジモンが感慨深く呟く。
「…………原因が、あったわけか」
「マンティコアって適当な言葉喋るだけの魔物だと思ってたんすけど、会話できるっすね」
「たぶん通じるのは同じ幻象種であまり言葉に拘らないひとだけだと思うよ、エルマー」
「その割に語学に堪能なようですが、フォーさん」
遅れてやって来たニコルがちょっと尊敬の目をする。
ジェルガエも言語が違うけど、言語系が同じなのかオイセンやエフェンデルラントに近い感じに聞こえてた。
感覚としては方言に似てるのかな。文法は同じ感じで共通する単語もある。
森周辺の言葉はアルフの知識があるから不自由しないけど、金羊毛はさすがにこの辺りの言葉は不慣れなようだ。
聞いて大体のところ分かるだけすごいと思うけど。
「エックハルト、商隊の方が予定を変更なさるそうよ」
後ろに残っていたエノメナが報せにきた。
僕たちは商隊の代表と護衛が話し合ってる所へ向かう。
商隊を率いるのは商人だと思ったけれど違うそうだ。
商会で働く偉い人が取り仕切るものらしい。
「今の襲撃で荷物に損壊があるみたいで。一度この馬車の中を点検しなけりゃいけないんです。そうなると日のある内に次の町に着くのは難しい。護衛を先行させて野営地を見繕ってもらいます」
「あ、僕が馬を怖がらせたせいだね。ごめん」
「あぁ、いやいや。あのまま暴れてたら馬車の中身全部が駄目になっててもおかしくなかった。止めてくれて良かったよ。ありがとな。今こんなのしかないがお食べ」
商隊の代表に許してもらえた上に、干した果物を貰った。
あからさまな子供扱いに、金羊毛たちが笑いを堪えてる。
いや、子供なんだけどね。こういう扱いそう言えば初めてかもしれないけど、なんて言うかちょっとむずがゆい。
その場で荷物の点検が始まり、積み直して野営地へ向かうことになった。
「え? つまりなんだ? そのドラゴン並みにでかいグリフォンの親玉、倒したってのか?」
「倒すまでは行ってないかな? 優位には立ったから勝敗で言えば勝ちだけど。次があったらもっと本気でやられると思うし。えーと、幻象種って殺す時は殺すけど殺さなくていい時は殺さないっていうか、命かけないっていうか」
エックハルトに答えたら、ウラが額を押さえて苦笑いで声をかけて来る。
「待っておくれよ。それで乱入して来たのが飛竜にドラゴンに、えぇと?」
「…………岩のナーガと骸骨の魔術師」
「ないっすわー」
ジモンが捕捉する横で、エルマーが首を横に振る。
「エルフって、すごいんですね」
「違うよ、ニコル。僕特殊だから。それたぶん他のエルフに言ったら怒られるよ」
「フォーさまはいつでも大冒険ですね。ジェルガエでは何が起こるのでしょう」
「別に何か起こすつもりないからね、エノメナ」
また僕たちだけで焚き火を囲む中、エックハルトが前のめりになった。
「今回ジェルガエは本気だ。ここまでアイベルクスがやらかしたのも初めてだし、一番の同盟相手のシィグダムが危機に陥ってる。どうも密使が提示した条件も破格らしい」
「あ、その話聞きたいけどちょっと待って」
冒険話の延長に見せかけて話し出すエックハルトを止める。
僕は妖精の背嚢を開いて水を取り出すと、日の落ちた暗い木立を見た。
「盗み聞きなんてしないで出て来たら? そのまま隠れてるなら敵だと思うよ」
警告を投げた。
すると毛織の黒っぽいフードを纏った男が音もなく出て来る。
「あれ? 素直に出て来た」
「フォーさん? その薬って、まさか?」
改心薬を見たことのあるウラは顔が引きつってる。
「あ、大丈夫。あの後色々試してあそこまで騒がないように調整できるようになったから」
薄めて飲ませた魔学生は大袈裟に騒ぐこともなく素直だったし。
「…………賢明な判断だ」
「いや、ほんと。命は助かっても人生に大火傷するところだったすよ」
「それどころではありませんよ。いったい誰ですか?」
「いつの間にそんな近くにいたのでしょう?」
出てきた怪しい男に金羊毛が口々に声をかける。
「商会を出てからずっといたよ。ウーリとモッペルに見張ってもらってたんだけど、危険じゃなさそうだったから」
「いや、フォーさん。それ密偵とか言う奴で、それを相手に危険じゃないとかって相当相手を舐めた言葉だからな?」
エックハルトに言われて見ると、見張りはしょんぼりしてる。
「確かに大旦那さまからの命令で見張だけをしていました。決して手を出すなと言明されています…………だからって、そんな言い方…………いや、マンティコアに怯えられるような方、確かに私じゃどうしようもないですけど」
いじけちゃった。
その足元にウーリとモッペルが歩み寄る。
「どうせお前さんとこの主人も、現状から見てジェルガエが動くこと見越してたじゃありゃしやせんか。そこら辺わかってるからあのお方も招いたんでさぁ」
「ユニ、じゃなかった、フォーの旦那さんがいいって言うから、予定どおりジェルガエに付け込まれる状況を作ったって、議会に罪状をもう一つ積んで総辞職って筋書でいくんでしょ」
アイベルクスにいる間、こっちも見張らせていたので、大旦那周辺の有力者がどういう狙いでいるかは調べた。
で、妖精王の代理である僕を見て、大旦那が森はヤバすぎると判断。
商人としては国が倒れても同じ場所で商売ができればいいらしく、僕の邪魔をしてまでアイベルクスに義理立てるつもりはないそうだ。
僕が合流する以前から、金羊毛はきちんと働いて襲ってくる猛獣の撃退なんかをしていた。
そんな腕の確かな金羊毛が僕との敵対を恐れて即座に動こうとしたことも国を見限る理由らしい。
「ジェ、ジェルガエに行って、何をなさるつもりですか? アイベルクスへ、森も一緒に攻め込むのでしょうか?」
大旦那ほど割り切ってない見張りが、勇気をふり絞って聞いてくる。
けど金羊毛は微妙な顔をした。
「そんなことしないよ。でも、アイベルクスに味方することは絶対にない。国の名前がどう変わろうと気にしないし、わざわざ構うほどの問題でもない」
今はアルフを助けることが優先で、その次はライレフと流浪の民だ。
「森に侵攻したアイベルクスに報復するなら攻撃よりももっと別の方法にするよ。家具まだ足りないし」
布って意外と魔女も獣人もダークエルフも欲しがるんだよね。
問題が片付いてまだアイベルクスがあったら、考えるかな。
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