328話:武装商隊
ウーリとモッペルの準備には丸一日かかった。
足の速くなるサンダル、動物の声が聞こえるようになる兜、と物は一つずつで大きくはないけれど品数が多い。
「食料品売るのかと思ってたよ」
「今回は祭仕様でさぁ」
「それに暗踞の森はこういう魔法の道具集めて売るほうがいいしね」
「ふふん、商売の基本ってもんでやすよ。ある所からない所へ運ぶ。そしてその労力に見合うおぜぜをもらう」
「僕たちエイアーナやビーンセイズ辺りを回ってたから、ジェルガエでは何が売れるかよくわからないんだよね」
ウーリが商人っぽいことを語る横で、モッペルが赤裸々に内情を暴露する。
だからまたすごい量の荷物になってるのか。
人間が背負うくらいの大きさの荷物なんだけど、どう見ても猫や犬の姿をしたウーリとモッペルには大きすぎる。
「フォーレン、いいかしら? 今大道に人間がいるのだけれど」
「スティナ。うん、一昨日から大道をアイベルクス方面に進んでる商隊がいるって聞いてるよ」
荷造りをしていた僕の寝室にスティナがやって来た。
どうやら隣のアルフの部屋の森のジオラマを見たらしい。
「その商隊をやり過ごしてから出発するという話だったけれど、知り合いがいるようなの」
スティナの報せで相手を確認した僕は、合流するために仔馬の館を発った。
「早いもんですなぁ。木々が避けて行くようでさぁ」
「実際妖精たちが避けてくれてるけどね」
ユニコーン姿の僕の背中にウーリとモッペルが荷物を背負って乗っている。
森を走って大道へ向かっていると、シルフのニーナとネーナが寄って来た。
「フォーレン! 人間が気づいて停まり始めてるよ!」
「フォーレンを迎え撃とうとしているみたいなの」
「こりゃまずぅござんすね。この速度じゃどんな奴が迫ってるかわかったもんじゃねぇ」
「普通にこの森で迫って来る足音って人狼疑うよねぇ。住処も大道に近いし」
それは嫌だなぁ。
僕は速度を落として一度止まる。
大道が近いからもう商隊の焦った声が聞こえる距離だった。
「おい! 最悪荷馬は捨てる覚悟しろ!」
「そ、そんな殺生な!?」
「そんなに抱えて逃げられるわけないだろ! 諦めな!」
「命とどっちが大切かって話っすよ」
「…………相手が止まった」
「と、ともかく荷車を盾に隠れてください!」
「ど、どなたですかー?」
最後女性の声で話しかけられたから答える。
「危害を加えるつもりないから、そっち行ってもいい?」
「「「「「フォーさん!?」」」」」
「まぁ、フォーさま?」
「うん、久しぶり。エノメナ元気? 金羊毛も。こんな時期にお仕事?」
森から大道へ出ると、商隊にいた知り合いの金羊毛が大きく息を吐き出した。
まさか死を覚悟されるとは想定外だったな。
「…………エ、エルフ? あんた方の知り合いで?」
金羊毛とは違う武装した人間が、金羊毛の頭のエックハルトに聞く。
「森に住むフォーさんだ。俺らも獣人から助けてもらったことのある恩人で、名目上は金羊毛の仲間だ」
「うん、僕もアイベルクスのほうに行こうと思ってて。そしたら金羊毛がいたから来たんだけど。迷惑だった?」
「そんなことないよ! フォーさんがいれば森を抜けるのになんの心配もなくなる!」
「…………どんな森の住人も、フォーさんには手を出さない」
ウラとジモンが拳を握って賛成してくれた。
けどいきなり現れた僕に、商隊の人間たちは困惑してるようだ。
「森や妖精に悪いことしないなら何もしないよ。あ、けど流浪の民は別ね」
「もしかして、森がここのところピリピリしてるのって、それっすか?」
「違うでしょう。アイベルクスは軍を進めたのは間違いないんですから」
間違ってはいないエルマーに、最年少のニコルも別に間違いではない指摘をする。
「ひうっ!?」
そんな中、エノメナが変な声を上げた。
視線の先を見ると、木々の間の暗がりに光る目玉がこちらを見てる。
目玉だけでも大きすぎる相手に、金羊毛も商隊も硬直した。
なんだか懐かしいな。
「今日は遊べないよ。僕これから出かけるんだ。帰ってきたら散歩行こう」
ケルベロスは不満の唸りを上げて森の中に消える。
そう言えばほぼ足音しないって、あの巨体ですごいな。
「ひぃよぉへえぇ…………」
商隊で一番質の良い服を着た人が妙な声を漏らして地面に座り込む。
それが合図だったかのように他の人間たちもあからさまに怯え始めた。
「フォーさん、あれ、一回だけ、見たことが、ある?」
「エックハルト、覚えてた? ケルベロスだよ。最近忙しくて散歩行けてないから、近くに来た僕に気づいて期待しちゃったみたい」
エックハルトが身震いすると、ウラが信じられないように呟く。
「怪物の…………散歩?」
「うん。ほら、僕くらい早くないと駆けっこもできないからさ」
「…………いっそすごい説得力だ」
「確かにフォーさんじゃなきゃ無理って思えるっすね」
「そうですか? 身ごなしは早いと知ってますが」
僕の本性を知らないニコルだけが心配そうだった。
けどケルベロスが僕の言葉で退いてくれたことは他の人間にもわかったようだ。
そして金羊毛の推薦もあり、僕も商隊と一緒に大道をアイベルクスに向けて進むことになった。
僕の足元の荷物を背負った猫と犬はケルベロスのショックで流されてる。
「本当困ったぜ。ファザスの奴、森に強い冒険者とか言って俺ら派遣しやがって」
「いやいや、こんなとんでもない伝手あるならエフェンデルラントの貴族の推薦も確かでしょうよ」
エックハルトが僕に不満を漏らすと、商隊の護衛を任された男が大きく手を振った。
「森の北に比べればこの辺りは人間狙うひといるからね」
ダークエルフや獣人は比較的大道に近いけれど、問題は人狼や悪魔たちだ。
正直妖精たちもあまり関わりたがらない者たちが住むから、大道周辺は最悪を引かない限り交通網として使えるんだと思う。
「それもあるけど、なんだか森自体が今までと全く雰囲気が変わってしまってて嫌なのよね」
「…………妖精が身を潜めていると聞いた」
ウラは今までの経験からだろうけど、ジモンにそんなこと言ったのは妖精の見えるサンデル=ファザスかな?
「シィグダム行く時も戻る時も、なんか妙な影がうろついてるんっすよ」
「影に触られたという者は体調不良で歩けなくなるほどでなんです」
「私もあのような者は見たことがありません」
エルマーとニコルに、一時期森に住んでいたエノメナも同意する。
「あぁ、悪魔だからエノメナには近づかないよう言ってたんだ。今森には軍単位で悪魔がいるから人間は近づかないほうがいいよ」
教えたらみんな黙ってしまった。
聞こえていた商隊の人たちの顔色が悪い。
どうやら今の森は人間にとってお化け屋敷状態らしい。
「言っちゃ駄目だったかな?」
「怖がらせるだけよねぇ」
「な、なんだ!?」
僕の呟き答える声にエックハルトが剣を握る。
「敵に入り込まれたのが大道だったから、悪魔が警戒してるんだよ。何もしなければ襲って来ないよ」
僕の答えと同時に、何処からともなくアシュトルの笑い声が聞こえる。
あ、木の上に蛇の姿でいる。
けど人間たちは見つけられずに怖がっていた。
それで商隊の足が鈍って助かった。
行く先の大道を横切る毛皮が、弾丸のように飛んでいく。
「今度はなんだい!?」
ウラは手を上げて商隊を止めると、そこに森の中から現れる狼の獣人がいた。
「次はその喉笛噛み千切るからな!」
「…………銀牙!?」
「うん、それで飛んで行ったのは人狼だね」
物騒な叫びと姿にジモンが戦く。
僕が捕捉すると、その声で銀牙と呼ばれる獣人の女将軍、ヴォルフィがこっちに気づいた。
「何をしている守護者?」
「今からアイベルクスに行くんだよ。部下の獣人にはこの商隊を襲わないように言っておいてね」
「誰が貴様のような危険生物に関わるか」
人狼を吹っ飛ばしたヴォルフィは、それだけ言うと森の中へ戻る。
木々に隠れて展開しようとしていた獣人も去ったようだ。
ニコルが不思議そうに僕を見る。
「危険生物? フォーさん、いったい何をなさったんですか?」
「うーん、ヴォルフィは一度、勢い余って骨折っちゃたんだよね」
「あ、あぁ。あの時っすね」
エルマーは知ってる、というか獣人から助けた時のことだから忘れられないのかもしれない。
それにしても、森の中が寒くなってるのにまだまだみんな、元気みたいだね。
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