325話:使徒の意義
スターサファイアが黒味のある青いサファイアになった。
それをエルフ王は難しい顔をして見てる。
「これって悪い感じ?」
「魔王石の色としては決して悪くはない。けれど最上級とも言える状態から質が下がっていると言える状態だ」
「確か悪心に反応して色変わるとかっていう魔王石なんだよね?」
僕はグライフを見た。
「魔王石の悪影響と関係あると思う?」
「さてな。確かに貴様は澱のように魔王石の微かな影響を受けてはいるが、それよりも解消されずにいる怒りの影響も考えられる」
「あー、アルフのことか」
僕が憤怒した原因は未解決のまま。
今もアルフは封印の中だし、そんなことした悪魔のライレフとはまだ直接顔を合わせてない。
「妖精王のこと聞いているが、魔王石の影響について詳しく聞かせてもらっても?」
エルフ王に、僕はグライフに言われて大グリフォンに肯定された魔王石の影響について話す。
それをグライフが感じたのは、僕が暴走状態でシィグダムに行ってからだってことも。
ついでに大グリフォンの街で魔王石を得るまでの話もしておいた。
「…………ツェツィーリアを行かせて正解だった」
「全くだ」
「え、なんで?」
エルフ王とグライフの意見が一致した?
わからない僕にロベロが床の上から教えてくれる。
「妖精王の加護受けてる奴が精霊に気に入られなるなんて、普通ないからな。どっちが強いかは知らないが、まぁ、妖精と精霊でお前取り合って殺し合いだな」
「何それ、え? それ僕のせいになるの? っていうかいつ僕は精霊に気に入られたの?」
嵐の精霊には嫌われてたはずだけど。
するとグライフがさらに恐ろしいことを言い出す。
「場合によっては嵐の精霊に囚われて帰ることが叶わなくなるところだったぞ」
「えー?」
グライフは本気で言ってるみたいだ。
それは困る。
僕はツェツィーリアに改めてお礼を言うことにした。
「ありがとう。なんだか助かったみたい」
「いいのよ。妖精王さまのお友達を精霊なんかに奪われて堪るものですか」
わー、笑顔ですごいバチバチ感。
本当に妖精と精霊って仲悪いんだね。
そんな話をしつつ、僕は魔王石のオブシディアンが入った袋を取り出して、サファイアを入れようとする。
「箱ごと持ち帰るといい。その布袋は、箱を作る際の試作品だ」
「ってことは、この箱ドワーフが作ったんだね」
サファイアの指輪が入れられた箱は金属製。
よく見ると指輪を納める布には金属糸で模様が描かれている。
「この袋も金属使ってるけど、魔王石って金属に弱いの?」
「逆と言える。元は宝冠の一部。金属と相性が良く、宝冠によって制御される術の一部だったために金属を使うことで魔王石の力を制御している形だ」
「へー。そう言えばアルフと一緒に魔王石封じてるあの卵みたいな封印も金属っぽいよね」
魔王が作った宝冠と魔王石。
封印も魔王の遺産だった。
そう考えると魔王って芸達者だ。
「あれ? ってことは宝冠に戻したほうが魔王石って制御できるんじゃないの?」
「お前、本当とんでもないこと思いつくな。大抵の奴が魔王石一つでどうにもできなくなってるってのに」
ロベロに呆れられてしまった。
「そうか。全部で二十二個あるんだっけ。それはちょっと怖いね」
「どころか本来の場所に収まれば、全ての魔王石の力を統合するとんでもない呪われた宝冠が誕生するのだぞ?」
グライフも僕の考えなしに呆れる。
そう言われると、バラバラにして一つにならないようにしているほうが安全だと考えたのはわかるけど。
エルフ王は申し訳なさそうに肩を落とす。
「我々も宝冠がどのような術式で作られた物かを理解できていれば、その機能を使って魔王石を一度に封じることもできたのであろうが。あれは使徒の知識によって作られていたため、魔王死後、一度は宝冠に戻されたものの扱える者がなく外された」
僕の思いつきはすでに五百年前にやってたらしい。
それはそうか。けど魔王石になってるし、上手くはいかなかったようだ。
だいたいが魔王以外に宝冠を弄れる人がいなかったという問題もある。
だからバラバラにして被害が軽く済むように対処するしかなかった。
「改めて考えると、魔王って死んだ後も影響力強いね」
「何処ぞの怪物もずいぶん気にしていたな」
ワイアームのことを笑うグライフに、ロベロも続ける。
「ヴィドもそうだったな。封じられたとかなんとか言って、魔王って奴がすごいんだってなことをぶってたぜ」
「あれ? 魔王が倒されて、人間が国を作って今なんだよね? 幻象種で魔王が倒れた後に反撃に出ようってひとはいなかったの?」
エルフも暗踞の森を追い出された形でこのニーオストという国を作ったという。
ただ森には魔王軍の残党が入ってアルフが呼ばれたから、ニーオストのエルフがここを動かなかったのはわかる。
けどロベロが言うには飛竜なんかも被害を受けていたらしい。
一番厄介だった相手がいなくなれば反撃しそうなものだけど。
「聞くところによると、この大陸の東側では魔王に今さら抵抗しようと考える者はいなかったそうだ。魔王の支配下にあった人間たちは健在だったために現状維持を選択したと」
当時を生きていたエルフ王の言葉に、グライフは頷く。
「魔王の支配の下でずいぶんと人間の数が増えていたそうだな。最後の戦いでも大きく数を減らしたのは西側の人間たちだとか?」
「北の飛竜みたいに根絶やしにされた族もいただろうしな。魔王が生きてる間にやられてちゃ、倒れた後もどうにもできねぇよ」
ロベロが言うには、山脈から北の飛竜はもういないらしい。
どれだけ竜装備作ったんだろう、魔王?
そう言えば今のところ竜装備なんて見てないな。
五百年前にはそれなりにあっただろうに。
魔王の遺産を持ってるのも、流浪の民とドワーフくらいしか僕は知らない。
飛竜を姫騎士も危険視してたし、竜装備持ってたら相当な力になるんじゃないのかな?
「エイアーナで地下に行った時も思ったけどさ。もしかして魔王が死んでから人間の文明って退化してる?」
エイアーナの整備された地下施設、あれは使徒の遺産と呼ばれていた。
そしてエイアーナ辺りを治めていたのは魔王だったらしい。
ということは魔王が作った都市機構だったってことだ。
僕の言葉にエルフ王が苦笑する。
「我々の認識では、魔王は使徒の中でも変わり種だ」
「そうなの?」
「使徒は人間の繁栄のために神より遣わされた者と聞く。それはわかっているか?」
エルフ王が基本的なことを確認してくれる。
僕としては使徒として思い浮かぶのは、前世の知識のキリスト教にある言葉。
弟子とか伝道師とかそういう意味だったかな?
まぁ、この世界での使徒の意味が違うのはわかる。
「あ、そう言えば魔王以外にも聖女とかも使徒なんだっけ」
「小娘どもが奉じるのはそうだな」
グライフが言うとおり、シェーリエ姫騎士団は確か聖女と呼ばれる使徒を奉っていた。
魔王が変わり種ならたぶん聖女のほうが普通なんだろう。
そして聖女は前世の宗教的な使徒のほうが近そうだ。
「しかし魔王ほど神の使命を忠実にこなした者もいないだろう。エルフの歴史に残る限り、これほど人間を広域に繁栄させた使徒は他にいない」
「使徒ってのは何人もいたんだろ? そうなのか?」
人間側の事情に詳しくないらしいロベロに、グライフが教える。
「確かに西よりも東のほうが国としては規模が大きく安定している。国土を荒らすだけの戦争などないようだしな」
「ってことは西だとそう言うことあるの?」
「エルフ王が言うとおり、まず人間の比率が違う。幻象種もそれなりの勢力がいる。東のように人間一強の国体ではない」
「あ…………あー、そういうことか」
僕は暗踞の森周辺の人間の国へ行った。
けれど幻象種はたまにいる程度で、ほとんどが人間。
そしてその人間の国々の中に幻象種の国というものはない。
話に聞くのもこのニーオストやドワーフのマ・オシェ程度で、人間たちの暮らしを脅かすこともなかった。
「つまり魔王は大陸の東の幻象種を一掃して、一番大きく人間の勢力圏を広げた使徒なんだね」
「そうなる」
「じゃあ、なんで魔王は人間に倒されたんだよ? 一族の繁栄導いたってことだろ?」
エルフ王が肯定すると、ロベロが疑問を投げかけた。
「人間だからとしか言えないなぁ」
「ほう? また知ったようなことを口走る気か、仔馬。聞いてやろう」
僕の一言にグライフが面白がる。
「えーと、人間って弱いんだよ。だから誰の目に見えても成果を上げてると、それを羨むと同時に怖くなるんだ。だから相手を倒さないといけないっていう強迫観念に襲われる」
「国の在り方、矜持、歴史など複雑な事情はあるが、確かに人間という生き物の常ではある。我々エルフの間では、魔王の死さえ神の意思であったのではないかと言われている」
あ、なんかそれも前世の知識にあったな。
死んで神格化とか、生前より奉り上げるみたいな。
「魔王という強敵を団結して倒したことで人間たちは立て直しに自信を持って注力した。故に今の繁栄を東の地に築き、結果として人間の繁栄を望んだ神の思惑通りだと」
なるほど。そうなるともしかして魔王は、魔王なりに納得できない神の手から逃れようと月を目指したのかもしれなかった。
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