321話:エリマキトカゲ
竜泉の中からドラゴンのブレスが放たれ、辺りには水蒸気が立ち込めた。
これ源泉蒸発してない?
「ひぃ!?」
三頭三口六目は訳が分からず引き攣った声を漏らす。
誰がやったのかを知る僕たちは、熱風に目を凝らして竜泉を見つめた。
「あ、出て来た?」
激しい振動が近づく。
ほどなく竜泉の入り口からは巨大な二つの影が躍り出た。
「我が盟友のブレスのほうが太かった!」
「我のブレスの威力のほうが高かった!」
干物ドラゴンに跨ったヴィドランドルと言い合うワイアーム。
さすがに自分のブレスの余波で怪我することはないらしい。
そしてヴィドはバリアみたいなものに覆われてる。
僕たちを見ずにワイアームたちは喧嘩をしながら空に舞い上がる。
そして空中でブレスをお互いに吐き掛け合って争い始めた。
「怪獣大戦争…………」
「仔馬、あちらは放っておけ。目的のものが来たぞ」
上を見上げる僕に、グライフが嘴で突いて来た。
本当だ。竜泉の中から遅れて別の足音がする。
ずるずる尻尾を引き摺る音から、予測どおり爬虫類っぽい相手のようだ。
「けどさ、蛇か蜥蜴って言ってなかった? 大きくない?」
「魔王石の力を取り込んで肥大化したのだろう」
僕の疑問に、比較的爬虫類っぽいヴァラが答えた。
そして出て来たのは黄色い体で見るからに怒った赤い目の…………エリマキトカゲ?
「え?」
「うわ!? なんだあれ? 見たことのないドラゴンだな!」
飛竜のロベロが危険な上空から地面に降りてそんな声を上げた。
ドラゴン扱いなの?
エリマキトカゲにしか見えないんだけど?
怒りのエリマキトカゲは上空で喧嘩するワイアームとヴィドランドルたちに怒鳴った。
「この不逞の輩がぁ!」
そう言ってブレスを吐き出す。
本当にドラゴンらしい。
もう大きな爬虫類っぽい相手は全員ドラゴン括りなのかな、この世界。
「「小賢しい!」」
割って入ったエリマキトカゲのブレスに、ワイアームたちも反撃のブレスを放つ。
本格的に怪獣大戦争、なんて言ってる場合じゃない。
「ちょっと!? こっちまで巻き込まれるじゃないか!」
地面に吹き付けられて広がるブレスを避けて、僕はそのまま魔法で地面を隆起させた。
足場を作って跳び上がり、近いほうのワイアームの背中を思い切り踏んづける。
「うぐぅ!?」
まだ僕にやられて本調子じゃないワイアームは、体勢を崩して不時着していく。
足場に着地してヴィドランドルと干物ドラゴンを見上げると、揃ってびくっとした後大人しく降りて来た。
「…………あいつ、あれでまだ子供なんだよな? ユニコーンってあんなだっけ?」
「あれだけ地面を離れるユニコーンを俺は仔馬以外知らん」
ロベロにグライフが下のほうで何か言ってる。
そして地面に戻って気づいた。
結界張ってたノームの剣が倒れてる。
うーん、ちょっと変形してる部分あるな。ドラゴンのブレスのせい?
ともかく森に帰ったら謝らないと。
「そっちは大丈夫?」
僕が三頭三口六目に声をかけると、首だけの先王も一緒になって首を縦に振る。
このジェスチャーはこっちでも同じだと思っていいのかな?
「われぇ! 何処のしまのもんじゃい!?」
口の悪いエリマキトカゲがすごい巻き舌で怒鳴って来た。
「ここから北西の森に棲む妖精王のために来たよ。君、魔王石のオブシディアンっていう黒い宝石知らない? 大グリフォンがこの竜泉に捨てたっていうんだ」
「おうおう、そんな辺境からご苦労なことじゃのう! 捨てたならもう拾うたわしのもんじゃ! なんか文句あるかぁ!?」
わー、強気。
オブシディアンって悪事に対する閃きを呼び、また悪事を行う才能を開花させる石なんだよね?
そんなに頭使ってそうにないけど。
「むむ、竜泉の力をも取り込んで相当な力を蓄えておる!」
なんかナーガ的に感じるものがあるのか、ヴァラがとぐろを巻いて警戒する。
グライフたちもすぐさま襲わないのは、それだけの相手ってことか。
「ほれ、これのことだろう!?」
エリマキトカゲは見せつけるように長い舌を出す。
そこには黒い石が乗っていたんだけど、すぐに口の中へしまい込まれた。
「これの力を取り込んでより一層力を増す! 竜泉という力場が空き、そこにこれだけの力の源が転がり込むなんぞ日頃の行いの賜物じゃい! この力でこの地を中心に悪徳を広めて見せるけぇのぉ!」
あー、うん、力に溺れてる感じか。
調子に乗ってるのは見てわかる。
調子に乗って襲ってくる相手なんて森でも見慣れてる。
なのにどうしてか苛立ちが湧いた。
違うという苛立ちなんだけど、何が違うかよくわからない。
けどなんだかこのまま魔王石を持たせておくのは腹立たしかった。
「…………仔馬?」
グライフが声をかけた時には走り出してた。
僕の速度についてこれず、エリマキトカゲがまだ僕がいたはずの場所を見てる。
その時にはもう顎の下にいるんだけど。
そのまま力の限り地面を蹴って跳んで、顎下から角を突き入れる。
後は自重で角が抜けて降りると同時に距離を取った。
「あ…………やっちゃった」
呟くと同時エリマキトカゲが倒れる。
その拍子に口からオブシディアンが転がり出でた。
「うーん、口の中にあった物をすぐに触るのはなぁ。…………よし、角と一緒に洗おう」
僕は魔法で水を作って角とオブシディアンにかける。
「仔馬、貴様一瞬目が赤かったぞ」
「本当、グライフ? 腹が立ったのは確かだけど」
グライフがそう声をかけて来る間、他のひとたちは僕の行動に唖然としてた。
「何に怒りを感じた?」
「なんだろう? なんか見ててイラッとした」
「うわ、こんなのが訳もわからず怒って襲ってくるとか。やっぱりユニコーンか」
そういう認識が一般的なの、ロベロ?
とぐろを巻いたまま、ヴァラはグライフを見た。
「状況的に大グリフォンが月の川辺で招いた被害でも思い出したのでは?」
「どちらにしても関係もなく怒りを向けられる迷惑は変わらんぞ」
人化し直したワイアームまでそんなことを言う。
僕も魔王石拾うために人化した。
「幻象種は過激すぎる。だいたいその珍しいドラゴンはなんだったのだ?」
元人間のヴィドランドルが干物ドラゴンと寄り添って、明らかに僕を警戒しながら言った。
グライフも知らなかったみたいだしなんだろう?
するとそれまで守りに徹していた三頭三口六目が答えてくれる。
「お、恐れながら…………我らの信奉する精霊さまの半身である悪の精霊に取り憑かれ、変異したものと」
「そうなの? え、精霊って倒して良かったの?」
「あ、はい。善悪一体の精霊さまですので、片方が残っていれば復活します。我々も時には悪の精霊を倒すことがありますので」
信奉してるのに?
そういう信仰なのかな?
「悪逆の王のほうに憑いていると思われていたのですが。ここにいることを先ほど先代さまより教えられまして」
どうやら先王が怨霊になったのは怨みだけではなかったらしい。
ここに住みついた信奉する精霊の片割れに囚われ、抗えなかったのだとか。
「心残りも晴れ、先代さまも満足なされたようです」
言われて見れば、首だけの先王は薄れていく。
どうやら成仏するようだ。
本当に精霊倒しても良かったみたいでちょっと安心した。
「去るならば早めにされ。今度はこのユニコーンが暴れるかも知れん」
「ワイアーム? なんで?」
「仔馬、貴様ドワーフの国で何をしたかもう忘れたか」
あ、そう言えば僕ルビーに触ってワイアームと戦ったんだ。
なるほどその心配があったなぁ。
また無意識に襲いかかるのは嫌だし、うーん。
僕は困って足元のオブシディアンを見下ろした。
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