320話:丸焼き
竜泉は暗い下り坂の横穴だった。
そこから小さな水の筋ができて、流れて行く先で洪水を起こすくらいの川になるらしい。
「ぎゃー、がべべべべべっ!? 召ーさーれーるー!」
ヴィドランドルが叫びながら苦しむ。
見ると伸ばされる骸骨の指先が砂のように崩れ始めていた。
「えーと、ごめん。ちょっと浄化やめてもらえる?」
今は三頭三口六目という幻象種の神官が浄化の儀式の最中なんだけと、なんでかリッチのヴィドランドルが被害に遭った。
…………あ、リッチだからか。
「こ、このまま中断しますと我々が荒ぶる霊に襲われますが!?」
わーすごい。
人間の顔は焦った表情で僕を見てるんだけど、肩から生えた蛇二匹は、辺りを歪めるような姿の透明な怨霊を見据えてる。
ってそうじゃない。
アルフの知識に怨霊とかって…………あった。
「えーと、結界の張り方? まず霊の嫌いな臭いのする物を、あ、背嚢の中に薬草類入ってるや。で、境界を作るために明確な線を…………ちょっと地面割ればいいかな」
臭いの強い薬草や種子を撒いて、僕は魔法を使って足踏みをした。
すると地面にほぼ真っ直ぐな亀裂が走る。
「後は結界を支える基盤になる術具…………あ、名剣ってことはノームの剣でいいのか。これを…………入ってきたら許さないって気持ちを持って、境界上に突き立てる?」
亀裂にしちゃった。
突き立てて倒れないかな?
いいや、えい!
背嚢から出したノームの剣を突き立てた瞬間、亀裂にそって微風が起こった。
「なんだか縄張りみたいな感じになった?」
「荒い。が、今の適当なやり方でよくやるものだな」
「呆れるばかりだ。先住のいる場に自らの陣地を力技で作るとは」
ワイアームは人化したまま何もしないのに文句を言う。
ヴァラは飽きれたと言う割に嘆くように目元を押さえた。
景色を歪めるような姿の怨霊は亀裂からこっちに来ない。
三頭三口六目の神官も祈祷をやめたから、たぶん上手くはいったんだろう。
「ほう? 灰になった部分が戻るのか。人間にしては器用だな」
「最初から美味そうな奴じゃなかったけどこれは食欲失せるな」
グライフとロベロが苦しむヴィドランドルを囲んでなんか失礼なこと言ってる。
「ひ、ひどい目に遭った。なっておらん、全くなっておらんぞ!」
復活したヴィドランドルは三頭三口六目に怒る。
「魂の力をこそげ取って無力化し、矮小な存在に貶めてからの自発的な昇天など浄化とは呼ばん! そんなことをするくらいならわしがこの濃密な怨念を有効活用してやるわ! 見ておれ!」
なんかろくでもないこと言って、僕の張った結界の外へと出た。
自信満々だったから誰も止めないでいると、低く木霊すような声で唸り出す。
見ていると怨霊も同じように唸り出した。
「「おぉ~お~おぉぉおお!」」
うん、結構うるさい。
けどおーおー言ってる内に怨霊に色が付き始める。
燃えるように移り変わる色は血のように赤黒い。
「あ、あのお顔は…………先代さま…………なんとお労しい…………」
色がついてわかったけど、相手はおっきな生首だった。
しかも三頭三口六目だからか、生首の側に蛇の顔も二つある。
なんかゲームにこんなモンスターいたって前世の記憶が言ってる。
あ、ヴィドランドルが両腕振り回し始めた。
「なんか、ヴィドの動きに合わせて赤黒い色が動いてない?」
「そこの干物が言うには怨念を抜き取っているらしいぞ」
ワイアームに干物と言われたヴィドランドルのドラゴンが怒りの咆哮を上げる。
それで怨霊の気が逸れたっぽい。
一気にヴィドランドルが色を引き抜くと、怨霊はあっという間に萎んだ。
そして赤黒い色はヴィドランドルに吸い込まれる。
「おぉ! 素晴らしい力! そうか、この者はここで殺され先に住み着いた者に囚われていたのか…………。どうやら同族に死の真実を語りたいそうだ。神官よ、霊の声を聞けるか?」
何か力と一緒に吸収したらしいヴィドランドルの言葉に神官が頷く。
喋ってる言語は違うけど、人間から精神体になったヴィドランドルが何を求めているかはわかるようだ。
「これでようやく進める?」
実は怨霊が竜泉の入り口を塞いでいた。
囚われていたとかなら門番代わりにされてたのかな?
「この先にいる者はオブシディアンの力を我が物とするため時をかけて身に馴染ませようとしているらしい」
怨霊から情報を手に入れたヴィドランドルが訳知り顔で教えてくれる。
「そういうことできるもの、ワイアーム?」
「あれは呪いの産物。力だけならそれもありだが、呪いまで取り込む意義なぞあるか」
つまり竜泉で魔王石を拾った相手は呪われてるとは知らないのかな?
僕たちは三頭三口六目を置いて竜泉の中へと踏み込んだ。
グライフとロベロは飛び、干物のドラゴンもついてくる。
それで狭いと思わないくらい広い洞窟だ。
「すごい広いね」
「当たり前じゃ。ナーガラジャがおわした場所なのじゃからな」
どうやらナーガラジャって相当大きいらしい。
蛇っぽいドラゴンってやっぱり東洋風の龍のことなのかな?
「それにしてもここ、虫多くない?」
「ち、毒虫ばかりが煩わしい。寄るな!」
ワイアームの威圧に蛇や蠍が逃げる。
けど他にもいっぱいいて、逃げる側から寄って来た。
僕や骨のヴィドランドル、干物ドラゴンには毒は効かない。
ナーガのヴァラはどうやら毒虫より上位の存在とかで噛みに行かないようだ。
ワイアームは今追い払って、毒に耐性のないグライフとロベロは飛んでて届かない。
大丈夫そうかな?
「ふむ、このような者どもを従えているのならば、住み着いているのは蛇か蜥蜴の類だな」
「そうなの、グライフ?」
突然ロベロが妙な音を口から出した。
「この先一本道みたいだぜ。そこのドラゴン並みに大きいのがいるみたいだ」
どうやら超音波でソナーして、干物ドラゴン並みの何者かを感知したらしい。
器用だなぁ。
「向こう気づいてる?」
「配下をこれだけ出してるなら気づいているであろうな」
ヴァラも舌をちらつかせて奥を探っているようだ。
「だったらわざわざ行く必要ない気がするな。ワイアーム、ブレスでこの穴の奥まで届かせることできない?」
ドワーフの国での飛距離を思えば、たぶん穴の奥まで届くんじゃないかな。
「我に命令をするな」
「じゃ、ヴィドランドルのほうのドラゴンでいいや。できない?」
「その程度、造作もないわ」
ヴィドランドルが誇らしげに応じると、干物ドラゴンも偉そうにブレスの構えを見せた。
途端にワイアームが人化を解く。
今さらだけど、ワイアームの本性のほうが干物ドラゴンより大きい。
そしてさすがに睨み合うドラゴン二体が並ぶと竜泉の中は狭い。
「できぬと誰が言った!? 我が力見せてくれよう!」
「ふふ、無理をするな。わしらに任せろ」
ヴィドランドルはわざわざ干物ドラゴンに乗ると、どうやら威力を高める魔法を使い始めた。
そして両者一斉に息を吸い込む。
「…………あ、まずい。これってここが竈になる」
「恐れ多くもナーガラジャの竜泉に!?」
「おい、言ってる内に逃げたほうがいいぞ!」
「貴様は本当に羽虫の考えなしを発揮しおって!」
グライフに文句言われた。
けど今は入り口に向けて逃げるほうが先決だ。
走るためにユニコーン姿に戻った僕の尻尾にヴァラが両手で捕まる。
重!?
下半身岩だった!
あの干物ドラゴンよくこのヴァラを乗せて飛んでたね!?
「よっと! あ! みんな離れて!」
ヴァラを引き摺って竜泉から飛び出すと、三頭三口六目がまだいた。
「ユ、ユニコーン!?」
三頭三口六目に危険を知らせたんだけど、僕の姿に驚いて声を裏返らせる。
ただ僕たちが慌てて逃げ出したことで危険はわかったみたい。
僕たちの動きに合わせて、竜泉の入り口から横に曲がって逃げ始める。
瞬間、ブレスが吐き出された音と震動が山を揺らした。
遅れて竜泉の洞窟に溢れかえったブレスの熱が噴き出してくる。
「あぁー!? 尻尾がぁ!」
突然叫んだヴァラは、長すぎる体がまだ竜泉の中にある。
見ると岩の尻尾は高温にさらされてきらきら光るようになってしまっていた。
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