318話:過剰戦力
他視点入り
「困ったことになったな、母さん」
髭も生えそろう歳になった息子が、神経質そうに言う。
「賢女マローネの意見を聞きたいという大臣もいる。王の血筋が穢されるのではないかとさえ」
「意見を聞かれても答えること一つだね。すでに妖精に魅入られた者を後からどうすることもできやしないさ」
次期大臣と目される息子が困り顔で私を見返した。
私の息子で孫娘の父親なのだけれど、その割に心の細いところがある。
私が後ろから指示を出すにはいいけれど、家長と見ると頼りなさが否めない。
「せっかくアイベルクスに隙ができたのに。内部でこんな問題が起きるなんて。ただでさえ侵攻に際しての旗頭について問題になることはわかっているのに」
「やれやれ、お前には魔法の才能がなかったから政治を中心に学ばせたせいかその辺りはよくわかってないんだねぇ」
「どういうことだ?」
「あの妖精どもは森に棲む者じゃない。人間の暮らしに紛れ込む類さ。あれは森からの侵略なんかじゃない。アイベルクスへの侵攻は今までどおりでいいよ」
このジェルガエに今までいなかった妖精が現れた。
人間によく似た姿形をしていたせいで発見が遅れ、大変な相手に取り憑いてしまったのだ。
城では問題となって対処に困っているけれど、これは好機でしかない。
「エイアーナ、シィグダム、オイセン、エフェンデルラント…………もとは何処から来たか知らないけど、その辺りだろうさ。ただこの国まで来た理由は時期から見てアイベルクスの森への侵攻だろうね」
「人間の暮らしに紛れ…………そうか。あの妖精も戦火を避けて」
息子の顔が渋くなる。この子はこの国で生まれた。
父親であるこの国の貴族の影響も受けているせいで、アイベルクスという隣国には敵愾心が強く、アイベルクスのせいで被害を得たことに目が行ってしまっている。
魔王さまの配下たる自覚が足りないことも、家長として足りない部分だ。
「いいかい? 妖精王がいる森の近くに居ながら、何故その妖精どもはこちらに来たか考えるんだよ」
「なるほど。妖精王に頼れない状況が?」
「そう、シィグダムが反撃を受けアイベルクスの軍も森への侵攻を阻まれた。どう見ても失敗だ。だが森に痛手を負わせての失敗だったのさ。今はね、そんな情けない顔をする時じゃあない。好機を得て笑いこそしても、困るようなことではないんだよ」
「母さん、そうはいっても王族に被害が」
「それで命の危険があるのは妖精が離れてからさ」
妖精のなんたるかを知らない息子は私の言葉に驚く。
「心を歪める妖精の力は人間じゃ太刀打ちできやしない。問題はその力から解放された後に残る影響さ。今は妖精と無理に引き離さない限り大した問題も起こさないよ」
私の説明を飲み込んで、息子はようやく政治家の顔になった。
やれやれまだ手のかかる子だ。この辺りは孫娘のほうが有望だねぇ。
自ら何を成せば何を手に入れられるかわかっている。
そして私もそう教えた。
「方々には病と称して公の場から遠ざかっていただくことは可能だろうか?」
「必要なのは妖精と望むままに過ごせる快適な空間さね。邪魔をしない、思うままに振る舞うことを許すと言えば自らその状況に耽溺するだろうさ」
「恐ろしいな。決して方々は感情に暴走するような浅慮さはなかったというのに」
「妖精の力とはそういうものなんだ。妖精それぞれに特定の条件下で不可侵の存在となる理を持つ。その理を崩せば吹いて消える程度なんだけどね」
気づくのが遅かった。
これが森に近い国なら妖精避けの備えがあったけれど、このジェルガエは森に接しておらず、また幻象種の住処に近いため妖精が元から少ない。
入り込まれたと気づいた時にはすでに国の要人が妖精の掌中だったとは笑うしかない。
こんなに私に有利な状況が生まれるなんて。
「城には目を離さないよう細心の注意を払うよう言っておいで」
「害はないのでは?」
「わかってないねぇ。そういう名目で城に注意を引いておくんだよ。けれど怖がらせすぎてもいけない。闘技大会は必ず開催させるんだ」
魔王石のオパールを手に入れるため、主催の領主が目を離してくれるならそれがいい。
こちらで手を回した人員に闘技大会で優勝をさせるためには、有力な参加者を密かに潰したい。
「そうそう。妖精に夢中で寝食を忘れることがあるから死なないように気を付けるんだよ。国葬で闘技大会が潰れるなんて駄目だからね」
「そこまでの存在なのか!?」
「死ぬかどうかは取り憑かれた人間の性質によるとしか言えないねぇ。その点で言えば、確実に弱らせて来る夢魔のほうが厄介な相手だろうさ」
「母さんは夢魔まで見たことがあるのか?」
「一度だけだけどね。…………ふふ、何処にいたと思う?」
「幻象種が多いと聞くジッテルライヒか?」
「いや、ヘイリンペリアムさ。魔王さまの支配域では危険な幻象種はほぼ駆逐されたからね。夢魔も追い払われた。西のほうにはまだ残ってると聞くしそちらから入り込もうとしてた夢魔だったんだろうね」
神殿を奉じる厳粛な国なんてのはヘイリンペリアムが作り上げた虚構だ。
実際は東での影響力を保つため、西の勢力を欲得づくめで追い出した権勢欲の権化。
「さて、忙しくなるね」
「母さん、急ぎすぎじゃないか? 動くのは闘技大会の後でも」
「先んずればすなわち得る。族長より先に動かなきゃ意味がないんだ。それとも、あんたは自分の姉がどうなったか忘れたのかい?」
殺気の籠る私の視線に、息子は黙る。
それ以上生意気な口をきくことはなかった。
僕は紆余曲折あったけど、大グリフォンから魔王石の場所を教えられた。
「勝手に取りに行けって言ったって、近くには別の幻象種いるんでしょ? いいの?」
僕はユニコーンの足で竜泉に向かう途中、上を飛ぶグライフへ聞いた。
「仔馬、貴様の後ろにいるのはなんだ?」
「何って…………飛竜のロベロ、怪物のワイアーム、ナーガのヴァラに骨のヴィドと乾いたドラゴン」
干物ドラゴンが不明瞭な鳴き声をあげたけど、たぶんこれ抗議されたよね。
「わしの名前も略すな!」
ヴィドランドルも面倒だなぁ。
口に出すと言いにくいんだよね。
「なんでみんなついてくるの?」
「そりゃ、さっさと出て行けって大グリフォンに追い出されたからな」
「ロベロ、なんでそのままエルフの国に帰らなかったのか聞いてるんだけど」
「こっちはまだ全然雪降らないからな」
そうじゃないよ。
っていうか寒いの苦手なんだね?
ワイアームは相変わらず人化したままで辺りを見回した。
「そう言えばこの辺りはまだ秋にさえなっていないようだな」
「こっちの季節に秋はないんじゃよ。乾季と雨季じゃ。場所によっては雪の降る季節もあるがな」
こっちの出身らしいヴァラが教えると、ヴィドランドルも感慨深そうに骨の顔を辺りに向ける。
「山脈を越えた時点で全く別の国であるとは思っていたが、ここまで来ると世界が違うようだな」
もうあれだ。みんな観光気分なんだ。
「魔王石嫌いなくせに、呑気だなぁ」
「逆に聞くが仔馬。この顔ぶれで襲って来る者がいると思うのか?」
グライフに言われて、僕は改めて後ろを見る。
「…………僕は絶対近づかないけど、大グリフォンなら」
「あの類が他にもいたらとっくに大グリフォンと戦争になってるだろ。変なところ頭悪いな」
僕を嘲笑うロベロにヴァラとヴィドランドルが呆れた。
「再戦する気概さえへし折られておいて、そうはっきり言えるお前さんも、なぁ?」
「いっそこれだけの相手になんの気もなしに出会って来たからこその想定かもしれん」
なんて色々喋りながら僕たちは道なき道を軽く山登りした。
足元には細い小川があって、ここの源泉が竜泉なんだって。
「ふむ? 妙な気配だ。怪物ではないようだが、何やらいるな」
ワイアームが行く手に見え始めた洞窟を睨んだ。
すると突然グライフが高く上昇する。
「ほう、命知らず共がいたようだ」
木々の上からグライフがそう言って笑うと、僕にも武器のぶつかる音が聞こえた。
「あっちから来てるね」
「なるほど近くに街があるな。そこから兵が来ているようだ」
「なんでわかるの?」
「他にここまで歩いてこられる距離に住まいは見えん」
グライフが言うのは、たぶんこの山降りた先くらいの遠いところなんだろう。
一直線に飛ぶなり、ユニコーン姿で走れば近いんだろうけどね。
耳をすませば確かに徒歩らしい。
人数もうーん、十人程度?
たぶん足音が慎重になったから向こうもこっちに気づいたみたい。
それでも足を止めないのは何か目的があって来てるんだろう。
僕たち狙いじゃないみたいだし、ここは様子を見ようかな。
「この竜泉どうにかしようとしてできなかった幻象種かもしれないよね? 様子見するからみんな攻撃しないでね」
言ったら全員に呆れた顔された。
いいじゃん!
戦うの好きじゃないんだってば!
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