316話:笑う妖精王
僕はアルフと連絡するための魔法陣の上に座った。
四隅の蝋燭にウェベンが火を灯す。
周りにはグライフ、大グリフォン、飛竜のロベロ、人化してるけどドラゴンのワイアーム、骸骨のヴィドランドルと干物ドラゴン、あと岩の体を持つナーガのヴァラがいる。
なんか今さらだけどすごい重圧のある顔ぶれに囲まれてるなぁ。
「えーと、アルフ。聞こえる」
「お、フォーレン? なんかウェベン呼んだらしいけどどうした?」
「ウェベンならここにいるよ」
「邪魔してないか? そいつも悪魔だからしれっと悪事勧めてくるぞ」
座る僕の目の前に現れたアルフは真剣そうな顔をして忠告している。
けどウェベンはすぐ近くで大人しくしてるのに、アルフはそっちを見ない。
「あれ? もしかしてアルフって魔法陣の外見えてない?」
「すぐ側にいるのか? 見えてないし聞こえてないぜ。連絡して来たってことは大グリフォンの街の側なんだろうけど。俺そっち行ったことないからどんなところかわかんないんだよな」
僕がアルフとそんな話をしている間も、周りは賑やかなんだけど。
「おい、羽虫じゃねぇぞ。こいつの背中に乗ってた妖精もっと小さかっただろ」
「あれは偽りの姿だ。まさかあれがそのまま妖精王だと思っていたのか」
驚くロベロにグライフが馬鹿にしたようなことを言ってお互い剣呑になる。
ワイアームとヴィドランドルはそれぞれ首を傾げてアルフを上から下まで見てた。
「ずいぶんと方向性の違う存在になったものだな。以前は理知的な優男だったが」
「千年ほど前だが、厳格なお方だったと聞いているな。妖精王の在り方も実に興味深い」
ヴァラだけが僕とアルフの話を聞いていて助言してくれた。
「ユニコーン、まずはこちらの状況を伝えるべきじゃろう」
「あ、そうだね。アルフ、実はもう大グリフォンがそこにいるんだ。で、なんか僕がアルフと話すの見たいって言われて」
「え? 早くね? ってことはもう大グリフォン倒した後か?」
「なんで倒したってわかるの? もしかして幻象種って話す前に力見せろとか言って暴れるのが普通なの?」
「普通かは知らないけど、一番良く見てるグリフォン考えれば、まぁ」
「予想してたなら言ってよぉ」
「街に入る前に言おうと思ったんだけどなぁ」
うーん、グライフのせいだね。
「ま、俺もそっち見たいし魔法陣変えるか。えーと、フォーレンの目だと…………俺の後ろしか見えないか。魔法陣の外に範囲指定して、音拾って、結界で固定でいいかな?」
一人で呟きながらアルフが空中に指を走らせる。
その動きはアルフの心象風景に行ってしまった時にもしていた動きだ。
ほどなく魔法陣の描かれた布の四つの隅に小さな魔法陣が浮かぶ。
「フォーレン、背嚢に木炭入れてたからそれ使って書いてくれ」
「いいけど、地面の上だから上手く書けるかな?」
「あ、だったらこの魔法使え」
アルフが僕の額、角に触らないギリギリ下に指を突きつけた。
すると魔法が脳裏に浮かぶ。
魔力を流して発動すると、下敷きのようなものが現れた。
半透明で本当プラスチックの下敷きみたいだ。
「なんだ今のは?」
「精神を繋いでいるために仔馬は妖精の魔法を使う」
唸るような大グリフォンにグライフが鼻で笑いながら答えた。
その言い方からすると幻象種はこういう風には魔法使えないのかな?
確かに魔法としては系統が違うとは思うけど、大グリフォンがなんだか不機嫌だ。
「はい、描いてしまったよ」
「よし、それでもう一度魔法を起動し直してくれ」
パソコンのアップロードみたいだな。
僕は一度魔法陣を停止する。
光っていた魔法陣が完全に沈黙するのを待って、そこからもう一度起動した。
「どう?」
「お、おぉ…………」
また現れたアルフが、今度は驚くと、僕の後ろに並ぶグライフたちを見回す。
そして…………。
「ぷ…………あはははは! なんだこの被害者の会の総会!」
「黙れ羽虫!」
指を差して笑ったアルフに、グライフが羽根を広げて威嚇する。
途端に風で蝋燭が消えた。
すると魔法陣は停止してアルフは大笑いした姿のまま掻き消える。
「あー。ちょっと羽根はやめてよグライフ。これ一応繊細な魔法らしいんだから」
「…………まさかこれだけの距離と精度の遠隔通信のすごさを分からずやっているのか?」
ヴィドランドルが骨の頭を抱える。
言われてロベロが気づいた顔してるけど、これ僕だけが鈍いわけじゃないと思っていいのかな?
ともかく火をつけ直してまたアルフを呼んだ。
「何すんだこの傷物グリフォン! もうそのまま家帰れ!」
「俺に指図をするな、羽虫風情が!」
「ちょっと二人とも喧嘩なら帰ってからしてよ。…………っていうか、さっきアルフが失礼なこと言ったからみんなびっくりしてるじゃないか」
いきなり大笑いはない。
グライフは慣れてたからすぐに怒ったけど、他は固まってるっていうか困ってるっていうか。
「妖精王…………妖精王と言えばもっとこう、神秘や秘跡と言った言葉の似合う…………こう…………」
「そうか? 妖精の王ならこんなもんじゃないか? このイラッと来る感じなんかさ」
ヴァラがなんか言ってるのに対して、ロベロはグライフが言ったことあるようなセリフを言う。
「それでフォーレン、何がどうなってんだ? 大グリフォンどうやって倒した? さすがにあの大きさじゃ角刺さらないだろ」
「雷落としてきたからそれを使って」
僕はアルフに電気が引き合う説明と、ともかく行動不能にするため踏もうとしたことを話した。
「はははは、はは! はははは! は、ひぃ…………!」
アルフが笑いすぎて引き笑いになってる。
「あー、はは、そういうのやろうと思ってできる奴そういないって。ちょっと心配だったけどこっちでも俺の加護効いてるみたいだな。いや、良かった」
グライフも言ってたけど、本当に運よく成功しただけで、その運がアルフの加護らしい。
「羽虫、何処まで通じるのだ。この辺りに来たことはないのだろう?」
「妖精女王が世界回ったからな。その範疇なら俺も力を届けられる」
「「ちっ」」
グライフと大グリフォンが揃って舌打ちした。
そして妖精女王って意外と行動範囲広かったんだなぁ。
「ところでそこのでっかいグリフォン。魔王石持ってるように見えないけど」
「見えるものじゃなくない? たぶん持ってたら羽毛に埋まってるよ」
「ものの例えだよ。俺も長年持ってるからわかるけど、今は持ってない感じ」
「わかるの?」
「まぁ、そこはフォーレンの感覚借りて」
いつの間に。
視界をいつの間にか共有してたみたいな感じかな?
大グリフォンはアルフを見下ろして、いや見下して答えた。
「あんな害にしかならぬ物、いつまでも保持する意味もあるまい」
「あ、本当に持ってないんだ? だったら何処にやったか教えて」
「っていうか一度手放しても戻ってくるだろ。そこのグリフォンがここにいる時ってことは数百年経ってるはずだ」
持ち主が死ぬと生きてる持ち主に戻るそうだ。
持ち主全員死ぬまで災禍が収まらないのが魔王石の厄介なところでもある。
「エルフ王みたいに封じてるのかと思ったけど違うの?」
「うーん、そういうタイプじゃないだろこいつ。どこか適当に捨てたって言いそう」
「捨てたがしつこく戻ってくるから遠くに捨てたこともあるな」
大グリフォンが肯定する。
本当に捨ててたらしい。
「え、えー? それ何処に? 誰か危ない目に遭ってるよね? 絶対」
そう言えばグライフがこの周辺で問題が起きてたって言ってたな。
あれ魔王石捨ててたせいなのか。
考える僕を大グリフォンが見て来る。
なんだろう?
「百年ほど前に月の川辺に捨てて以来戻ってきていないぞ」
月の川辺ってあれだよね?
ここからもっと東の、さらに山脈越えた一帯の地域のこと。
そしてユニコーンが生息する場所で…………。
「あー! ヴァナラとかマンティコアとかガルーダが西にいたの魔王石のせいか!」
僕の声にアルフもびっくりした。
「え? ってことはフォーレンの母馬が人間たちの近くで出産したのも?」
その言葉でみんなが大グリフォンを見る。
大グリフォンが月の川辺に魔王石オブシディアンを捨てたせいで、僕の母馬は月の川辺を離れた。
そしてここから西のほうで母馬は人間に見つかって殺された。
「フォーレン!?」
蝋燭が消えてアルフの姿も消える。
無意識に放った僕の威圧のせいだ。
みんなが僕の近くから飛びのく中、大グリフォン一人迎え撃つ姿勢を取った。
「…………はぁ。ウェベン、火をつけるの手伝って」
「おや、母の仇を取らないので?」
「仇じゃないよ。それに街一つ守る立場なら魔王石放り出すのはわからなくもない。それに結局ユニコーンだって無敵じゃないんだ。どんな理由で死ぬかが違うだけだったかもしれない。それなら、僕はアルフに出会えて良かったと思っておく」
腹は立ったけど、それで今大グリフォンに喧嘩を売るのは違う。
アルフのためにも今は放り出すしかなかった魔王石の回収が先決だった。
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