315話:ユニコーンの同情
僕が妖精の背嚢から禍々しい雰囲気の腕輪を出した瞬間、遠雷の音が辺りに響いた。
「今のはここの精霊か? 我らにまで牙を剥こうと愚かにも考えているわけではあるまいな?」
遠雷に含まれた敵意に、ワイアームが反応するとヴァラが苦笑した。
「わしらが見てもあの腕輪は危険じゃ。精神体である精霊ならなおさら感じるものがあるのであろう」
「何をする気だ?」
大グリフォンは胡散臭そうに僕を見下ろす。
遠雷にやめようかと思った僕を、グライフが尻尾で打って急かしてきた。
「うーん、呼ぶ、呼ぶけどさ。先に言っておくと、僕に怒られても困るからね」
前置きをしたけど、この腕輪はめるのは嫌だな。悪いことになりそうだ。
僕は手に持ったまま腕輪に向かって呼びかけた。
「ウェベン、来てくれる?」
瞬間髪が燃えるような悪臭と煙が腕輪から立ち昇る。
とんでもない嫌がらせに、僕は思わず腕輪を地面に投げ捨てた。
「お呼びでしょうかご主人さま! あなたの忠実なる下僕が参り」
「そういうのいいから。ちょっとオブシディアンどうしたかを話してほしいんだ」
赤い羽根を広げてた煙の中から現れたウェベンに、僕は鼻の前で手を振りつつ言った。
ウェベンは辺りを見回し、嫌そうな視線を一身に受けて満面の笑みだ。
「ドワーフの所から大グリフォンへの貢物を運び出し、ディルヴェティカへ向かう周辺では見ない幻象種を見つけたのです。好奇心に駆られたわたくしは隠れてついて行き、者どもは天候祈願のため、族のため、ひいては愛する者のために貢物を用意していることを知りました」
うん、この時点で大グリフォンの尻尾があらぶってる。
ウェベンが魔王石持ってて貢物って話せば、大体の経緯には気づくよね。
そしてどうやらウェベンもすぐにオブシディアンを貢物に放り込んだわけではなかったようだ。というかウォチってた。
「楽しい予感にわたくしはドワーフの国へ行き、適当な台座と鎖を買いつけて放り込みました。もちろんメッキです。黄金に対するグリフォンの鼻がどれほどのものか、あーっ!」
話の途中だけど、耐え切れず大グリフォンが前足でウェベンを叩き潰す。
クレーターになるほどの威力と大袈裟すぎるウェベンの叫びの中、僕たちは攻撃の余波を避けた。
「わー、やっぱり僕のこと舐めてかかってたんだ」
「お前見た目だけなら美味そうな仔馬だからな。無駄にぼろぼろにして食べるのも」
「うん、それは聞きたくなかった」
頭上に逃げたロベロから食べる側の意見を聞かされてしまう。
ロベロの足には人化したままのワイアームとリッチのヴィドランドルがぶら下がってた。
いつの間に跳んだの? 避け方それでいいの?
「種に関係なく従う者には庇護を与えているかと思ったが悪魔は別か?」
「ドラゴンよ、あれがウェベンと言う名の悪魔であるなら心配は無用だ」
僕が見捨てたことにワイアームが不思議がると、ヴィドランドルがすごく同情的な声で教えた。
聞こえた大グリフォンが前足をどけると、潰れていたウェベンが案の定燃える。
そして灰の中から満面の笑顔で蘇ると、そのまま続き話し始めた。
「旅程は日を追うごとに魔王石の影響を受け大変なことになりました。そもそも魔王石のオブシディアンは悪事に対する閃きを呼び、また悪事を行う才能を開花させる石。大変楽しい腹の探り合いと罠へのはめ合いが…………あーっ!」
今度は突かれて体の中心から潰れて穴が空いた。
「わしは意思疎通のできる悪魔を始めて見たが。喋っても結局は己の望むことのみに邁進する、あのような者ばかりなのか?」
岩の下半身で丸くなって攻撃の余波を凌ぐヴァラが不快そうに聞いた。
意思疎通のできない悪魔って、もやし取りに来てたコーニッシュのこと?
いや、うん。
まぁ、ウェベンの話は容赦のない幻象種でも聞いてて楽しいことじゃない。
というか大グリフォンに貢物をしたひとたちとんでもない不運に同情すると、より楽しそうに話すウェベンの邪悪さが増して見える。
「この…………耳障りな!」
三度目の灰になったウェベンを大グリフォンが羽根で扇いで飛ばす。
散っていく灰を眺めてグライフが僕に声をかけた。
「復活に時がかかるだけで灰を飛ばしたところで意味はない。仔馬、腕輪で呼んでみろ」
「グライフもやったことあるんだね。えーと、ウェベン? 来れる?」
「はい、喜んでー!」
すぐに腕輪からまた煙と共に現れた。
そしてまた救いようのない貢物道中を嬉々として話し出す。
「たった一人残った貢物の奉納者は、一番魔王石への抵抗を見せ、族のためという崇高な使命感を持ってやり遂げたのです」
「また続けるんだ?」
「しかして役目を終え、仲間の同士討ちという不幸に心痛めながらも帰路を夢見た最後の生き残りは、残念無念! 魔王石の存在に気づいた大グリフォンによって息の根を止められたのでした」
明らかにその落ちを話したくてしょうがなかったウェベンのテンションに、みんなドン引きだ。
いっそその空気に満足そうなウェベンがわからなすぎる。
他の悪魔もここまでじゃないと思うなぁ。
大グリフォンが精霊の力で雷を放つ姿に僕も動く。
雷を打ち上げて大グリフォンの攻撃を相殺すると、ウェベンがすごく不思議そうな顔で僕を見た。
「ご主人さま? わたくし死んでもいくらでも復活しますが?」
「なんか君を野放しにしてるのは駄目な気がする。ウェベン、もうやってしまったことを謝れとは言わない。けど、僕の下にいるって言うなら二度とそういうことはしないで」
押しかけられたから、ウェベンに対して責任を持つ気はなかった。
けど誰も主人にしてないと、こういうことをすると知ってしまった今知らないふりをしていられない。
「誰かを試すことが悪魔の本分なら僕に対してすればいいから、他のひとを巻き込まないで。僕を主人と言うならまず僕がそういう被害を増やすだけの行動嫌いだって覚えて」
言い聞かせると、普段元気に返事をするウェベンが何も言わない。
「返事は?」
「…………はい、ご主人さま」
なんか気の抜けた返事だ。
なんで?
「何故そこで貴様が怒るのだ、仔馬?」
「グライフ? 怒るっていうか、可哀想でしょ」
グライフに答えたら、ロベロも不思議そうに降りて来た。
「同情したならこの悪魔再起不能にすればいいだろ」
「いや、うーん、なんて言うか。他の悪魔でさ、悪魔としての存在意義みたいなことに嫌気がさしてる悪魔を知ってるんだよ」
アシュトルとペオルはそんな理由で森に引き篭もっていた。
逆にコーニッシュは好きでやってるから、二人の嫌々加減がよくわかる。
ウェベンがどちらかと言うとアシュトルたち側だと思う。
望んでやっているなら主人を変える必要はないし、死ぬまで尽せばいい。
それをしないのは結局誰かに仕えるのが嫌だからなんじゃないかな。
その鬱憤晴らしに凄惨な状況を作って嘲笑ってるのかもしれない。
「存在意義がどうとか精神体って面倒なところあるみたいだし、誰かに仕えてるって立場が欲しいならいていいから。僕が生きてる限りは放り出さないよ」
「ふむ、それが貴様の主人としての責任の果たし方か」
なんでか大グリフォンが呆れたように言う。
そしてワイアームは苦々しそうだ。
「同情した相手は悪魔か。ふざけたユニコーンだな」
「孤高の存在が他者に共感を持つというのは、一種魔王石による気の狂いなのだろうか?」
ヴィドランドルが酷いことを言うのを気にせず、悪魔のウェベンが思いついたように手を打つ。
「ご主人さま、妖精王へ連絡をなさらない理由がおありですか? こちらに呼ばれる前に連絡がないと言っていましたよ」
「あ、忘れてた。っていうか、グライフが連絡させてくれなかったんだよ」
「結局何をしに来たのだ、貴様」
「それ、襲ってくる前に聞いてほしかったな」
大グリフォンに、鼻で笑われた。
「僕は魔王石を回収しに来たんだよ」
「狂うとそこまでになるか」
「何か勘違いしてるみたいだけど、僕が使いたくて集めてるわけじゃないからね。他に狙ってる人間がいて、彼らの邪魔も兼ねて集めてる」
言いながら、僕は妖精の背嚢からアルフと連絡する道具を出す。
するとグライフが大グリフォンに説明を続けた。
「最初に妖精王から魔王石を盗んだ者たちが、今もなお狙っているのだ」
「見た目だけなら宝だからな。しかし貴様は何故これにつく?」
「…………神は月にいるらしいぞ。知っていたか?」
答えになってないグライフなんだけど、大グリフォンは空を見上げて黙る。
ロベロたちも同じように空を見た。
みんな同じ反応が不思議で、僕は唯一知ってたワイアームを見る。
「そんなに驚くこと?」
「月への行き方をすぐさま考えつくようなそなたにはわからぬだろうな。いや、神の使徒と繋がっているためか。魔王もそうだったが神の真理を得た者はどうも物事の考え方が命一つの枠を超える」
命一つ、人間一人。
情報社会で知ることはいくらでもあった。
目の前にあるものが全てのこの世界では、考え方の基礎がそもそも違うんだろう。
逆にそんな僕と重なる魔王って…………。
そしてそんな魔王に真理という知識を与えた神かぁ。
「helloって言ったら通じるのかな?」
僕の呟きにワイアームはわからない顔をする。
どうやら神に作られただけの存在に英語は通じないらしい。
「よし、興が乗った。妖精王とやらと対話して見せよ」
大グリフォンが完全に座り込んだ。
なんか命令されたけど、これもなんだか悪い結果になる未来しか見えないなぁ。
アルフ、大グリフォンを怒らせるようなこと言わないといいけど。
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