301話:悪魔の椅子
森に戻った僕は真っ先に城へ向かってアルフの無事を確かめた。
するとゴーゴンのスティナが影から声をかけて来る。
柱の間にカーテンを引いて隠れているようだ。
「妖精王さま、悪魔アシュトルがいらっしゃいました」
今アルフは周辺が見えないから、口頭で誰がきたかを教えるらしい。
そして堂々と現われたのは悪魔の大公アシュトル。
…………と潰れそうなくらいの椅子を背負った部下のバーバーアス。
「おかえりなさーい、フォーレン。その気配、魔王石は手に入れられたみたいね」
「うん、カーネリアンとルビー。…………あれ、どっちがどっちだっけ? まぁ、いいか」
どっちも赤い宝石でどうせ鉛色の卵に入れるんだし。
「ど、魔王石、えー?」
狩人姿のバーバーアスが納得いかなさそうな声を上げる。
「魔王石うんぬんよりその椅子どうしたの?」
「私たちの所にあっても使わないから持ってきたのよ。人魚やエルフは自分たち用に敷き物持って来ていたけど、やっぱりお城には合わないじゃない?」
「獣骨で作られた椅子もどうなのだ? ふむ、厄介な術のかけられた物もあるようだが」
僕について来たグライフがバーバーアスの背負う椅子を見上げて言った。
椅子は大小も作りも色々。
普通の木っぽいのもあれば、確かに骨を組み合わせた物もある。
っていうか、術のかかった椅子って見るからになんか呪われてそうな気配出してるんだけど?
まぁ、あからさまだし座らなければいいか。
「そう言えばグライフ的には骨って齧る?」
僕の角を整えるには不向きだったけど、嘴的にどうなんだろう?
「何を思って聞いているのか知らんが、俺は骨なぞ食わんぞ。骨を飲み込む類の鳥はいるが、あれらも髄を啜った後は吐く」
意図は違うけどそんな鳥いるんだぁ。
想像すると怖いな。
と思ったら椅子を一つずつ降ろすバーバーアスにグライフが反応した。
「む!? 装飾は稚拙。だが、純度の高い金ではないか」
「あたしが座るのよー!」
金で髑髏が装飾されてる椅子に気づいたのはグライフだった。
けど飛びついたのはクローテリアが先。
もちろんその後グライフに鉤爪で攻撃されて逃げ回ることになる。
「さ、フォーレンはこっちよ~」
そしてアシュトルは緋色の布が張られた寝椅子に横になって僕を呼ぶ。
いや、行かないよ。
「妖精王さま、ダークエルフのスヴァルトがお目通りをと」
今度はメディサが部屋に入って来た。
後から入って来るスヴァルトは、ちょっと困ったように室内を見回す。
「フォーレンくんが戻ったと聞いて来たが、これは?」
追い駆けっこするグライフとクローテリア、一人寝椅子でくつろぐアシュトル、せっせと椅子を並べるバーバーアス。
うん、意味がわからないよね。
「うーんと、アシュトルが椅子を持って来てくれたんだけど、取り合い、みたいな?」
「なるほど、了解した。フォーレンくんの帰着を獣人のほうにも知らせたので、後からくるだろう」
「なんで?」
「森の東の人間たちに動きがあったようだ。それとアイベルクスが大道を通るために武装集団を作っているのだが、護衛団らしい」
人間たちの動きの説明に獣人が来てくれるらしい。
「シルフたちが君の帰りを報せて回っているから、ロミーと一緒にアーディも来るだろう」
「あ、そう言えばドラゴンの血を浴びちゃったんだけど、ニーナとネーナ大丈夫かな。それに僕、不老っていうか成長しなくなったりする?」
アルフの鉛色の卵を振り返って聞くと煮え切らない答えが返った。
「え、どうだろう? そもそもあの不老の血って人間以外に効くのか?」
「魔王がかつて怪物ワイアームの血を浴びて不老となり千年の寿命を得たとは言うが」
アルフもわからないしスヴァルトも知らないようだ。
「顔はしょうがないにしてもせめて身長は伸びたい…………」
「見下ろされるのは癪なのよ」
クローテリア、僕に同意しつつ隠れないで。
グライフも僕を挟んでクローテリアに攻撃しようとしないで。
「あらー? 私に願ってみる? もちろん、対価はフォーレンのコ、コ、ロ」
「アシュトル、ペオルはどうしたの? まだジェルガエ?」
「あーん、せめて最初は私の働きを聞いてちょうだい」
あえて無視したのに楽しそうだなぁ。
そしてバーバーアスは鳥肌立ったみたいに腕をさする。
「見たらわかるよ。アシュトルが間違いなく守ってくれたって」
「あはん」
なんでそこで嬉しそうにウィンク?
まぁ、機嫌が良くなったならいいや。
「もうジェルガエからは戻ってるからその内来るわよ。確か館にいたはずだもの」
「そっか。じゃ、人が多くなる前に魔王石アルフに渡しておこうかな」
「ちなみにウェベンはそこにいるわよ」
「知ってる」
従僕悪魔はしれっと僕の斜め後ろに控えてる。
もちろんあえて触らなかった。
これ見よがしに羽根広げるけど、なんか絡みづらいんだよね。
無意識で死ぬほど傷つけるのもなぁ。
「アルフ、魔王石は一つずつ?」
「いや、二つ投げてくれりゃ反応する」
言われてルビーとカーネリアンを放る。
途端に鈍色の卵から触手が伸びて、あっという間に飲み込んだ。
「どう? 封印解除できそう?」
「うーん、まだだな。それでも封印期間は六百年を切った」
「長いねぇ」
「そうか?」
アルフの時間の感覚どうなってるんだろう?
「悪魔よ、意見を聞かせよ。仔馬がまた常軌を逸したことを言い出した」
グライフはクローテリアの相手に飽きてアシュトルにそんなことを言う。
どうやら僕がドワーフの国でルビーに触れ、暴れた時のことらしい。
そんなに気になる?
「精神が体を離れた? ありえないわねぇ」
「え、なんでそれで生きてんだ?」
「ご主人さま、実は角が生えたただの馬ですか?」
悪魔たちでもグライフと同意見らしい。
けどウェベンのそれ、僕は動物扱いなの?
たぶん幻象種だとは思うよ。大きくなったり小さくなったりできるし。
「それはティーナから聞いた。我々としては妖精王さまの加護により精神体部分が強化され可能になったのではないかと」
スヴァルトは先に戻った妹から話を聞いて、ダークエルフ内でそんな話をしたらしい。
「それならありそうね。フォーレン加護が厚いもの。精神部分だけ精神体並みに強化されているのかもしれないわ」
アシュトルが同意するとグライフが吐き捨てるように呟いた。
「また羽虫の弊害か」
「フォーレン助かったんだからいいだろ!」
「それで精神だけ避難できたとして、体が知らない内に動いたのはなんで?」
「悪魔の中には精神を分裂できる奴がいると聞いたことがあるのよ」
クローテリアがたぶんワイアームの知識からそんなことを言った。
「うん? 僕分裂してたの?」
「あー、そうかもな。自我の多くは俺の所に来て、体動かせる最小限を残したとか」
アルフはそれで納得するようだ。
と言うことは僕、分身の術使えるようになった?
だったらいっそ守りに分身をここに残したいけど、どうやるんだろう?
「うーん、うーん…………できる気がしない」
「当たり前だ。そんな奇異なことそう簡単にできて堪るか」
分身しようとする僕にグライフが呆れた。
そう言えば魔王石二つ持ってたせいで自己防衛とかアルフも言ってたな。
もっと危険な状況じゃないと駄目かも?
「悪魔で言えば一つの体に二つの精神という方もいらっしゃいますが。幻象種では寡聞にして聞いたことがございませんね」
ウェベンがただ知らないと言うにも勿体ぶって語る。
「そんな悪魔いるんだ? 体は同じだけど別人なの?」
「私の妹よ。愛らしいのと麗しいの二人で一つの体を使っているわ。片方が動いている時には片方の精神は眠っている状態ね」
二人で一つの体を動かしてるわけじゃないのか。
で、その悪魔は男女どちらにもなるアシュトルの妹かぁ。
悪魔ってなんでもありだね。
まぁ、一つの体に頭が三つで、痛みはそれぞれの頭で感じるらしいケルベロスって怪物もいるし。
この世界は僕の考えも及ばないような生き物はいくらでもいるんだろう。
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