おまけ:異世界豆まき
切っ掛けは僕の鼻歌だった。
選曲は適当に思い浮かんだもの。
「鬼は外ー、福は内ー、パラッパラッパラッパラ豆の音ー、鬼はーこっそり逃げて行くー」
ドワーフの国から戻って、森の城まで帰って来た。
僕が精神だけ体から抜けて会ったことを、グライフがアルフ側からも聞いてる最中。
その間暇だから、僕は増えた建物を見に窓へ移動した。
広いから鼻歌を歌ったんだけど、戻るとアルフが不思議そうに聞いてくる。
「なんだ今の? 歌?」
「あ、聞こえてた?」
ユニコーン姿だから声出ないし、鳴き声とも違うワフワフいう空気の抜ける音だけだから気づかれないかと思ったんだけど。
「ほとんど言葉じゃないから何言ってるかよくわからなかった。悪魔追い出すみたいなこと歌ってた?」
「え!? いや、そんなんじゃないけど。いや、うーん?」
鬼が悪魔に変換されたのかな?
僕が答えに迷うとグライフが羽繕いをしながら話に加わる。
「豆を盗み食いする歌ではないのか?」
「違うなー」
こっちは豆とこっそり逃げていくのせいかな。
「ユニコーンが歌ってる時点で違和感しかないのよ」
クローテリアに至っては全否定だし。
なんでそんな歌とか聞かれないのはいいけど、なんの歌って言えばいいんだろうこれ?
「私には無病息災を願うように聞こえたわ。スティナ姉さまは?」
メディサは隣のスティナに聞く。
「季節を寿ぐような人間の中にはよくある流行歌に聞こえたわね」
エウリアはいないけど、元人間だからなんとなくゴーゴンには通じたのかな?
「で、答えはなんだ仔馬」
「よくわからないんだよね。聞いたことあるから歌ったんだけど」
答えのない僕にグライフは呆れ、クローテリアは苦言を呈した。
「なんでも適当に覚えるのもどうかと思うのよ。呪いの歌だったらどうするのよ」
「そんなのあるの? たぶん、いいことあればいいなって歌だよ」
「何故それで豆が出て来る。人間は豆に何を期待しているのだ」
なんだかグライフは豆が気になるみたい。
人化しない限り豆なんて食べないのに。
けどなんで豆を撒くと鬼が逃げるんだっけ?
「豆じゃなくて、豆って言葉に似せた何かの言い換えが、悪いことを遠ざけるみたいな言葉遊びだった気がするけど」
時期になるとそういう逸話を紹介するニュースコーナーとかあったんだけどなぁ。
すごく昔のことみたいに思い出せないや。
「あ、それって魔滅じゃないか?」
なんかアルフが言い出した。
けどそういうのが確か豆まきの逸話だった気もする。
あれ? この異世界にも同じような行事があったりするの?
いや、悪魔いるし事実なんてことも?
「魔滅って何、アルフ?」
「そう呼ばれる植物の幻象種がいるんだよ」
幻象種のほうかー。
なんでもありだね。
「休眠状態の種が住処のほうにあったはずだ。スティナ取って来てくれ」
「ではメディサも場所を覚えてほしいから行きましょうか。地下倉庫は用がなければいかないけれど、色々あるから知らないと危険なこともあるの」
「わ、わかったわ」
メディサが緊張した様子で頷いて、二人で窓から館方面へと飛び立って行った。
何があるの? え、五百年住んでて踏み入ってないって相当危険なんじゃ。
そう思ったのは僕だけではなかったみたいだ。
「貴様のことだ。碌でもない物ばかり積んでいるのだろう」
「なんだと、この傷物グリフォン。魔滅は妖精に助けを求めた幻象種の中でも穏やかな種族なんだぞ」
「え、そうなの? 名前勇ましそうだけど」
となると魔滅は豆状の幻象種?
いや、助けを求めたなら人面樹見たいな喋れるだけとか?
「そもそもその魔滅というのはなんだ?」
「グライフ知らないの?」
「南はもちろん、西でも聞かん。この辺りの固有種か?」
「あたしも聞いたことないのよ。大陸の東でも珍しいのよ?」
「え、そうなのか? 妖精女王が東のほうで保護したって聞いてるけど」
どうやらアルフもあやふやらしい。
でも僕たちの中で一番東の生まれ育ちのグライフが知らない。
元妖精の知識があるクローテリアも知らないとなると、本当にレアなのかもしれない。
「魔滅ってどんな形の種族?」
「休眠状態だと本当に豆みたいな形してる。植えるとその土地の力を吸って成長するんだけど、邪気が強い土地だとめちゃくちゃ凶暴になって襲ってくるんだよ」
「植物が襲ってくるの?」
「成長しきると根茎足にして動くんだ。小人くらいのサイズで顔もあるぜ」
「知っているぞ、ドゥダイームではないか。そんなものが眠っていたのかここは。すぐに焼却しろ」
どうやら東にいたらしい。
名前が違うからわからなかっただけみたいだ。
グライフの言葉から感じる意味合いは、性愛がどうのって…………うん、意味が違いすぎてこれは気づかない。
「このグリフォンが燃やせと言うなら危険な生き物なのよ」
クローテリアがグライフの反応から断言する。
「襲ってくるには邪気とか関係あるんじゃないの、グライフ?」
「毒にも薬にもなる故に長く狙われ続けた幻象種だ。成長して動けるようになるまでに時間がかかる。故に、同意なく引き抜く者には死の歌を聞かせる。これは大抵の者が死ぬ。運良く生き残っても精神に大きな損壊を受け、醜く捻じれた体になる」
「捻じれるとかは精神体混ざってる幻象種だからだろ」
「魔滅ってグライフが言うのと同じなんだね、アルフ」
「同じだし、その凶悪さはそれこそ、そのグリフォンたちの扱いの悪さだって。魔滅は扱いが良ければ予言や秘匿された事実を教えてくれるんだ。だから悪いこと、魔を滅する助力をしてくれるってんで魔滅」
名前の由来を説明するアルフに、グライフは鳥の顔ですごく嫌そうな表情を浮かべた。
「その扱いが一々うるさいのだ。葡萄酒の風呂に入れろ、絹布で飾れ、新月には特別な衣を纏わせろと分不相応に」
「わー、手がかかるんだね」
「聞け、仔馬。最も厄介なのは群生してしまった時だ。駆除するために一本を抜けば、群生全てが歌い出す。それが風に乗って聞こえてみろ」
「風に乗る歌声は山越えることもあるのよ。惨事でしかないのよ」
「あ、本当だ」
僕とクローテリアがグライフに同意すると、アルフは木彫りから焦った声を出す。
「話せばわかるんだって。フォーレンだって角狙われるの嫌だろ? 自衛くらいでそこまで言わなくてもいいだろ」
「猥談好きでも知られるぞ」
グライフの爆弾発言に、アルフの木彫りからは否定の言葉がない。
「本当なのよ?」
「昔に使われていた採集方法だと聞く。ドゥダイームがいそうな所で、まず大声で卑猥な言葉を連呼する。興味を持って葉が動くことで場所を特定し、その後一晩声を潜めて数人で火を囲んで猥談をする。すると興味が募り発光した状態で自ら出て来るそうだ」
「うわー…………」
「昔なら今は廃れた方法なのよ?」
「うむ。出てきたところを歌わせずに捕まえるまでがまた難しいためらしい」
「じゃあどうやって取るの?」
「長いロープを括りつけて歌が聞こえない風上の離れた場所から引き抜くのだ。それでも死ぬ者は出る。まぁ、大抵はその有用性から引き抜かれてほぼいなくなったがな」
結局歌うのは止められないから聞こえない方法を選んだようだ。
「妖精王さま、戻りました。こちら皆さまにお見せしても?」
「スティナか。あぁ、見せてやってくれ。全然危険じゃないってな」
窓から戻ったスティナが木箱を開ける。
中には確かに乾燥した大豆みたいな豆が入っていた。
「三十以上はあるのよ」
「全てが根を下ろした時、惨事が起きるな」
「抜かなきゃいいんだよ!」
文句をつけるような雰囲気のクローテリアとグライフに、アルフが怒りの声を上げた。
「もういい! スティナ、それしっかり封して戻しておいてくれ!」
「はい。いいこと、メディサ。これには決して水を与えてはいけないわ。発芽してしまったら歌う前に軒に吊るして乾かしてしまいなさい」
「わかったわ」
スティナが妹に注意しながらまた窓から去る。
僕たちの視線は沈黙するアルフの木彫りに集中した。
「…………僕が歌ってたのって、悪いものは家の外に、いいものは家の中にって歌なんだけど」
「いいも悪いもドゥダイームには関係ないな」
「家の外で歌われても一網打尽になるだけなのよ」
「ちぇ、植えてたらたまに予言とか囁くだけの奴なのに。欲深いと自滅するってだけなのになぁ」
アルフは不満げにぼやく。
けどこの森に植えない分別はあるみたいだ。
まぁ、動物もいるから掘り出しそうだしね。
けどあの豆の状態は安全ってことなら…………。
「あの魔滅を悪魔に投げたらどうなるんだろう?」
「またぞろ恐ろしいことを言い出したな、仔馬」
「やめてやるのよ。あの料理人悪魔なら珍しい食材扱いしそうなのよ」
「いやぁ、さすがにコーニッシュでもそこまでは…………そこまでは…………しそうだなぁ」
クローテリアの言葉を否定しきれないアルフに、僕とグライフは頷く。
どうやらこの世界で豆まきはできそうになかいようだった。
節分によせて




