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298話:危険な好奇心

他視点入り

 ジッテルライヒの地下に見つかった墳墓。

 奥まった一室に怪しい魔法陣の形跡を見つけた。


「部屋の前に立っているだけでも異様な空気が漂ってくるのがわかるなんて。とんでもないものが埋まっていたものね」

「シェーリエ姫騎士団副団長どの、これは…………?」


 一緒に探索した兵士も本能的な危険を察したのか不安そうな声を漏らした。

 この手の魔法は武装していても無防備に等しいのだ。


「ここは邪法が行われた可能性があるわ。精神攻撃に耐性を持つ装備がない者は入らないで。ここは、私が行く」


 一歩入ると風もないのに聖鎧布ホーリーベールが揺れ、精神に干渉する魔法が満ちていることを私に教えた。


 魔法学園の地下で見つかった墳墓を改め直した私は、巧妙に隠された通路を見つけ、その先でこの部屋に辿り着いている。

 帯同した三十人の兵士が余裕で入れる広さだけれど、中央の魔法陣の跡が不穏な気配を部屋中に広げていた。


「奥にも通路? 全くどうなっているのかしらね? ランシェリスに頼んで森の恩寵を借りて来ておいて正解だわ」


 取り出すのは妖精王から貰った軟膏だ。

 瞼に塗って目を閉じて効くのを待つ。

 何度か使ってじっとしていることが一番早く薬の効き目を発揮すると知っていた。


 目を開くと残骸だった魔法陣に魔法の痕跡が光る。

 この軟膏は妖精を見るためものであると同時に、魔力も可視化できることが使ってからわかった。


「悪魔召喚に使われた物ではないわね。けれどこの形何処かで…………そうか、死者を使役する術を教える悪魔の本に」


 つまりこれは死者を操る屍霊術の痕跡。

 一体誰がこんな所で?

 ここはもう魔法学園の地下ではない。

 教会の地下だ。


「おやおや、ここまで来てしまいましたか」


 いないはずの相手の声に、腰に隠した得物に手を添えて振り返ると、ヴァーンジーン司祭がやってきていた。

 シアナスが見張っているはずだったけれど、どうやってまいたのかしら?


 ヴァーンジーン司祭は心配する兵士たちに控えているよう手振りで示してやって来る。


「何か見つかったかな?」

「…………ここは教会の地下のはずですね?」

「えぇ、そうだね」


 ヴァーンジーン司祭に動揺は見られない。

 この部屋に満ちる邪悪な気配にさえ、驚いた様子がないことがいっそ不自然だ。


「そう睨まないでください。ここまでやって来たなら説明すべきだと思ったので出向いたのだから」

「あら、ご親切に。いったいどんな言い訳をなさるおつもり?」

「言っても信じてもらえるかわからないので、見るのが一番だね。さ、こちらへどうぞ」


 そう言ってヴァーンジーン司祭は迷いなく奥の通路へ足を向けた。

 通路の先は階段。


 ここまでずいぶん深く潜ったのにまだ深く潜るのか。


「シアナスもおいでなさい」


 ヴァーンジーン司祭の声で、申し訳なさそうにシアナスが階段に顔を出す。


 素早く手で三人に足止めされたと報告と謝罪するシアナスに、私は了解とだけ手振りで返した。

 叱るのは後にして、今は迷いなく螺旋階段を下りるヴァーンジーン司祭を追う。


「この場所についてはこの教区を預かる者にのみ伝承される秘密だったのだけれど」

「つまり、これだけ邪悪な気配を垂れ流す場所を教会は知っていて秘匿していたと?」

「副団長、神殿からの命令かもしれませんし」


 はいはい、シアナスの敬愛する司祭を疑いすぎるつもりはないわ。

 逆にこれは怪しすぎて知らないふりをするほうが自然だった。


「たぶん神殿は把握していないのではないかな。していたとしても、ジッテルライヒの副都を全て壊して埋める以外に手の施しようのないものだろうし」

「…………いったいここには何があると言うのです?」

「焦らないで。もうすぐ下に着く。それを見て、何であるかを知ってから、フューシャくんの意見を窺いましょう。もしどうにかする手段を知っているなら私が教えてほしいくらいなのだから」


 ヴァーンジーン司祭は何処か楽しそうだ。

 いっそ暴露したかったような秘密なの?


 螺旋階段の下に着くと辺りは真っ暗だ。

 手に持った灯りがいっそ小さな洞に閉じ込められている錯覚さえ与える。

 そんな中、ヴァーンジーン司祭は魔法を起動した。

 すると据えてあった石の台座に火が灯り道を作る。


「これは、坂? まだ降るの? いえ、それよりもこの冷気はいったい?」

「これは、冥府への入り口ですよ」

「冥府? 冥府ですって!?」

「えぇ、死者の国への入り口がかつてここにはあった。墳墓もどうやらかつての人が冥府の入り口があるためにここに作ったようなんだよ」


 とんでもない秘密だ。

 ここならば生死の理を覆せる、いやだからこそ屍霊術の痕跡があり強力な魔物が住処にしたのだとわかる。


「ただ埋まっていれば良かったのだけれど、ここには場を維持する強力な魔法がかけられている。下手に手を出して冥府から招かれざる客を呼び込むことになっても問題だ。だからこうして秘匿することにしたのだとか」

「確かに、冥府の穴に手を出すことは魔王さえできなかったと言われていますが」

「まぁ、と言っても過去の教区長の中には研究熱心な方がいて、色々試した内容が残っていたりするんですがね」


 ここの教区長は変人しかならないのだろうか?


「ちなみに何を試したのかお聞きしても?」

「罪人を連れて来てここで殺したり、瀕死にして坂から蹴り落としたりと、なんとも困ったことをしていたそうだよ。ただ、どうも瀕死であっても死んでいないまま肉体を持って冥府へ行くと死の理が違うために肉体が死ぬことはないと記録されていた」

「興味深いお話ですわね。けれど結局瀕死のまま現世へ戻れば死ぬのでしょう?」

「えぇ、そうなったそうだね。ところで」


 いい笑顔でヴァーンジーン司祭が私たちを振り返る。


「私の言い訳を信じてくれたかな?」


 これを見せられて信じないとは言えない。

 それほどこの場は本能的に否定できない死の臭いが充満していた。






 流浪の民が連行されるのを待つ間、グライフが妙なことを言った。


「そう言えば貴様、人間について詳しく聞こうとしたことがないな」

「人間について? 聞いてると思うけど? どんな国があるかなんて未だに良くわからないし」

「違う。国や文化については確かに聞く。だが、人間というものがどのような生き物であるかを聞いたことはなかろう」


 そう言われれば、まぁ、元人間だから知ってるし。

 いや、知ってると思ってるだけかもしれない。

 異世界なんだから地球の人間と同じなはずがないし、だいたい魔法が使える人間がいるって明らかに違いがある。


「確かに疑問持ってなかったかも。ねぇ、魔法使う時って僕たちと人間は何か違うの? グライフが前、幻象種は必要になったら使えるものだって言ってたんだけど」

「魔法は精神で使うものであるのだから、物質体とは根本的に精神の作りが違う。故に人間はまず肉体の中に押し込まれた精神を使うところから訓練しなければいけない」


 僕の質問にエルフ先生が慣れた様子で答えてくれた。

 それはいいんだけど、グライフがまた疑問を覚えたようだ。


「今まで疑問を持たなかった? だが妖精についてはその都度聞いていたはずだ。何故人間にだけ疑問を抱かなかったのだ?」

「何を疑っているのか知らぬが、人間が近くにいなかっただけではないのか?」


 僕が答えに困るとワイアームが口を挟んだ。


「騎士の小娘どもがいた。他にも人間に関わる機会はあった」

「ならば妖精王がそのように仕向けたのではないか。あれは人間に利する行動を取る」

「え? だいたい迷惑しかかけてないと思うんだけど?」


 思わず言うと、ワイアームがドラゴンの顔を顰めた。


「今生の妖精王はどのような者なのだ?」

「羽虫妖精どもの王たる羽虫だ」


 グライフがとんでもない説明をすると、ワイアームは何故か納得しちゃった。


「なぁ、フォー! そのグリフォンとドラゴンは何話してるんだよ! 教えろよ!」


 ディートマールが痺れを切らせて声を上げると、ミアも僕に好奇心に光る目を向ける。


「フォー、その角触らせてくれないかしら?」

「え、駄目だよ。触られたら殺しちゃうから」


 反射的に答えた途端、ミアをマルセルとテオが引き寄せてディートマールが盾になる。

 うん、怖がらせてごめん。


「変なところだけはユニコーンか」

「そうだ。変なところだけはユニコーンなのだ」

「変で悪かったね」


 ワイアームとグライフに答えると、エルフ先生が恐々確認した。


「今さらだが、乙女の側にいてなんともないのか?」

「あぁ、ミア? グライフが言ったとおり僕、姫騎士団と一緒に行動しても平気なんだ。本能で暴走しないようにアルフ、妖精王に抑えてもらってるから」


 エルフ先生たちはそれで安心してくれたけど、ワイアームがすごい唸り声を上げた。


「そなた種としての矜持はないのか!?」

「ないのよ。そんなの知る前に妖精王と出会ったのが運の尽きなのよ」


 クローテリアまで。

 うーん、友達同士で助け合うことの何が悪いんだろうなぁ。


毎日更新

次回:未完成カルパッチョ

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