296話:幻象種の神
「その慣れよう、今までもこのようなことがあったか」
「うん、そうだよ。流浪の民って本当何処にでもいるんだ」
答えたのにワイアームにすごい馬鹿馬鹿しそうな顔をされた。
「奴らは東にいるのだ。さっさと行って殺して来い」
うわー、乱暴。
そしてグライフは何故か僕の返答を待ってる。
「今はアルフが優先でしょ。流浪の民を倒しても解決するわけでもないみたいだし。どうせなら魔王石使って駄目だった時のためにまだ生かしておきたい」
元は流浪の民の結界なんだから、何か対処を持ってる可能性もある。
「今は魔王石が使える上で流浪の民の邪魔にもなるんだから魔王石を集めようと思う。失敗したら魔王石を餌に流浪の民を呼び寄せればいいんだし」
「見せしめという牽制もあるだろう」
「グライフは経験豊富でできるのかもしれないけど、僕は手加減下手なんだよ。流浪の民ってすぐ死んでしまうから」
捕らえて口割らせるのは大変そうだし、今回は頭の中を読み取れるコーニッシュが来てくれて本当に良かった。
なんでか妖精の背嚢の中からこれ見よがしに従僕悪魔のウェベンを呼び出す腕輪が転がり出て来たけど見なかったことにしよう。
この腕輪、勝手に動くギミックついてるとか知らなかったんだけど?
「妖精王に何があった?」
元妖精で何か感じるものがあるのか、ワイアームが核心を突いてくる。
今度は僕がグライフを見た。
「ここで言うのは面倒だぞ、仔馬」
「だったら言わない。気になるなら森に来て」
「誰が行くか。宝を盗もうと狙う阿呆がいるのに」
それドワーフのこと?
「どうして自分の不利になる宝を大事にするの? それのせいで神さまにその姿にされたんでしょ? あ、そう言えばワイアームは神さま見たことあるの?」
「そなた、それはなんの罠だ?」
「え、罠? 普通に疑問に感じたから聞いただけだけど?」
「聞いているぞ。妖精王と精神を繋いでいると。使徒と繋がる者に神について何を言えというのだ」
よくわからないけど、聞いちゃいけないことだったのかな?
僕が首を傾げるとグライフが鼻で笑った。
「その妖精王に神は実在するのかと聞いた奴だぞ」
「何!? それで今なお生きているのか」
「ふん、俺が知る限りにおいて、この仔馬が神から罰されたことなど見たことはない。あの羽虫もそのことについて仔馬を忌避する様子もない」
「やはり使徒とそれに関わる者の言動に神は頓着しておらぬのか」
「ワイアーム、やはりって?」
グライフが神の動向を気にしていたのは、ユウェルと遺跡で神の行ったことを知ったからだ。
そしてアルフを試すようなことも言っていた。
つまりグライフは神が使徒であるアルフを通して何かしてくると思ってる。
けど僕には何もないし、それはエルフ王も試してた。
神が何をもって攻撃してくるのかを。
「あ、ワイアームが知ってる使徒って魔王か。ってことは魔王が何か神さまを批判するようなこと言ったの? あれ? でも魔王に倒されたんだっけ?」
「貴様は本当に恐れを知らぬな」
グライフが言うのは神さまの話? それとも魔王のこと?
ワイアームは不機嫌そうに唸りながら僕の勘違いを正す。
「我は魔王がそう名乗る前に一度屠られた。復活したのち、今度は正面から来た魔王は我を従わせようとしたのだ。だが、我は奴を生き埋めにして住処の洞窟を去った。あの時にはまだ大した宝物を抱えていなかったからな」
その時は宝を放って逃げることできたそうだ。
「一度自分で倒した相手をなんて、魔王って色んな種族手下にしてたらしいけど、案外節操なし?」
「ふ、面白いことを言うではないか。確かにあれは見境がなかった。いや、なくなった。理想を掲げ広く望み、満たされず、溺れた…………つまらぬ終わり方だ」
ワイアームは一度遠い目をすると、試すように僕を見た。
「魔王は神の下へ乗り込もうと画策していたのだ」
「え、行けるの? 空の何処かに神さまいるの?」
「神を信奉する者ならばできるわけがないと言うところだろうに。まぁ、我も詳しくは知らぬ。ただ、魔王は神が月にいると言っていた」
「…………月? って、あの夜の月?」
つまりこの世界の神さまは、宇宙人?
それって魔法でどうにかできるものなの?
有人で宇宙へなんて科学の発展した前世でも難しいし、月への着陸も僕が覚えてる限り成功例は一度だけだ。
「何を知っている、仔馬?」
グライフがそう聞くのは、僕が考え込んでたからかな。
「えーと、魔法だけだと無理だなって考えてた。あと、生き物を空高く上げるのってだいぶ難しいなとか…………けど妖精なら大丈夫なのかな?」
小さければそれだけ重力がかからないし、確か宇宙船は地球の重力振り切るのが大変って、たぶんこれは前世の知識だ。
するとワイアームが信じられないような顔をした。
「魔王と全く同じ推論をするとは。魔王は当時の妖精王に協力を持ちかけていたらしい」
「そうなの? …………そうか、魔王と戦ったのは妖精女王だって言ってたのはそういうことか」
もしかしたら妖精王と魔王は友好関係だったのかもしれない。
だから次の妖精王であるアルフは魔王軍の残党を受け入れたとか?
「魔王はどうして神さまが月にいると思ったの?」
ワイアームが知らないと言うと、答えはティーナから返った。
「私も聞きかじりですが、太陽では遠すぎる上に決して生存はできないと言っていたそうです」
「生存、ですか? 魔王は神を生物と捉えていたのでしょうか?」
不思議そうに聞くユウェルだけど、神の姿を真似たのが人間と妖精だったら、人間のような生き物と考えてもおかしくはない気がする。
「そう言えば幻象種の神さまはどういう姿なの?」
気になって聞いた途端、辺りが静まり返る。
なんで?
「そなた、本気か?」
「本気であろうな。元よりユニコーンは精霊を奉じることはせぬ。そしてこれは幼い。精霊に会ったこともなければ話にも聞いておらぬのだろう」
「こいつは変なところで何も知らないのよ」
疑うワイアームに、グライフとクローテリアが答えた。
どうやら知っていて当たり前なことで、幻象種の神は精霊と呼ばれるらしい。
「…………アルフの知識に幻象種の中の妖精みたいなやつらって」
「「「「はぁ!?」」」」
グライフはもちろんユウェルやエルフ先生、ロークまで怒ったような声を上げる。
どうやら違うらしい。
ティーナは諦めたような顔で首を横に振るだけだ。
「いいか、仔馬。幻象種に対する羽虫の見解なぞ信じるな」
「前にもそういうこと言われたなぁ」
「フォーレンさん! 精霊は大いなる自然の発露であって作られた存在ではないんですよ」
ユウェルまで叱るように教えてくれると、ちょっと遠いロークが怒鳴った。
「我らの慈母の大精霊を妖精のようなうつけと同じに語るでないわい!」
「慈母だと? 己の嫌う水に近づけば慈悲なく沈める呪いを負わせる精霊が?」
「水の恐ろしさを知らしめる考え深き対価じゃ! だいたい、鉱脈を知る偉大なる恩恵に比べればなんのことか!」
せせら笑うワイアームの言葉から、どうやらドワーフは鉱脈を知る恩恵の対価に金槌であるらしいことがわかった。
エルフ先生は難しい顔で苦言を呈す。
「神に作られた者たちが神を信奉することは否定しない。だが、だからと言って我々が信仰の対象にする存在を貶めていいと言うことはない」
どうやら妖精と同列扱いは悪口らしい。
それはそれで妖精の評価低すぎないかな?
「ってことはエルフも精霊奉ってるの? ニーオストにも?」
聞くとユウェルが頷いた。
「はい。神樹に宿る精霊さまを。ニーオストでは城の奥の神殿で巫女が…………あ!」
「もしかして僕には秘密だった? お城の奥に乙女がいるのは気づいてたけど」
「ほう? 神樹の巫女は秘匿されると聞いたが、ユニコーンには無意味なようだな。仔馬、巫女は何人いた?」
何故か面白がってグライフが詳しく聞いて来た。
「五人かな? あ、けど一人乙女の匂いともっと違う匂いが混じった感じのひとがいたよ」
「す、すごいですね、フォーレンさん。ちゃんとユニコーンだったんだって、今納得しました」
乙女に敏感だから?
なんだかなぁ。
「なるほど無知だな。幼体であるならばまだ体が整わず闘争を忌避する生存本能が働いている、か。ユニコーンよ、そなたどれほどで成体となる?」
「え、さぁ? 二年くらいって聞いたけど」
「今どれくらいだ」
「生まれて一年経ってないよ」
何故かワイアームは僕の年齢を気にしている。
なんだか嫌な予感がした。
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