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294話:エルフの有名人

他視点入り

「もう出立の準備が整うとは、気ぜわしいことですね」

「えぇ、本当に心が落ち着くことがないのです。大切な友人の危篤ですから」


 私はわざとらしいヴァーンジーンに嘘の出立理由でそれらしく振る舞う。

 もちろんヴァーンジーンは嘘だと知っていて頷いている。


 だいたい私にケイスマルクへ行けと言ったのはこの上司だ。

 その上密偵なのだから私が移動に慣れてることはわかって言っている。

 つまりただの戯言だ。


「もうあのユニコーンはここを離れているではないですか」

「また戻ってくるとも限らないでしょう」


 そして後から言ってくるのが核心であるのがまた性格の悪いこと。

 仔馬のユニコーンと思われる冒険者は、魔学生と一緒にジッテルライヒを発っていた。

 だからこそその魔学生を送ると言う名目で戻る可能性は高いと私は思っている。


 そんなところにはいられない。

 面倒だけれど流浪の民が次に狙うだろうケイスマルクへ行くことにした。

 あそこには魔王石が隠されている。

 先に行って準備を整え流浪の民に協力しながら内情を探れというのが、今回の任務。


「五百年所在はわかっていても誰もその実在を確かめていないのですから、長い任務になるかもしれませんわ」

「ケイスマルクの冬至の祭に合わせて行くのですから潜り込めなければかかるでしょうね」


 私の予防線に、密偵としての腕を貶すような相槌を打つ。

 本当に嫌な言い方をしてくれる。


 逃げも含めてこの上司と離れる今、何か一手意趣返しをしたい気分だ。


「…………そちらもせいぜい飼い犬に手を噛まれないようお気を付けください」

「あぁ、嗅ぎ回っていますね」

「東行を知られても面倒でしょうから、よくよくご用心を」

「ふふ、いっそばれてしまえと言いたそうな顔ですね」

「えぇ。そうなった時にはこちらにいたいものですわ」

「おやおや、私の凋落でも見たいのですか?」


 それは見たい。

 けれどそうはならないことはわかっている。

 ヴァーンジーンもわかっていて言っていた。


「獅子身中の虫を飼っておいて何をおっしゃるのかしら」

「いえいえ、まだ獅子の腹を食い破れるほどにはなっていませんよ」

「けれど、今回のことであの副団長が何かを掴むことがあれば、獅子の動きを止めんと牙を剥くのでしょう?」


 姫騎士団に潜り込ませているヴァーンジーンの手駒。

 姫騎士を混乱させるために何をしてくれるのかは私も気になるところだ。

 敵だらけの森の中、私が逃げる隙を作った胆力は認めていいと思っている。


 とは言え、今のところヴァーンジーンを疑う副団長が従者一人しか連れずにいるのだから大して動くことはないだろう。

 不用心なことだ。

 こうして動きが筒抜けとも知らずに。


「…………いえ、いっそ知っていて?」


 私の呟きにヴァーンジーンが笑う。


「私の手の者が入り込んでいるとは知らないでしょう。副団長も可愛がっていますので。フューシャくんたちは懐に一度入れた人間を疑いきれないところがあるんです」

「あら、でしたら本当に飼い犬に噛まれることもあるかもしれませんわね」


 姫騎士に情を移した手駒の裏切り。

 それはそれで見てみたい。

 その時このヴァーンジーンはどうするのか。


 凋落するにしてもただでは転ばない性格を考えると、いっそ流浪の民を頼って出奔も?

 いや、それは短絡過ぎね。

 けれどこの余裕は何処からくるのかはとても気になる。


「ありえませんよ」

「はい?」

「彼女が私を裏切ることはありえません」


 呆れた。

 どうやらただの過信のようだ。

 …………というにはヴァーンジーンの微笑みが不穏すぎる。

 これは深く突いてはまた面倒ごとを抱えることになりかねない。


「さようですか。それではわたくしは行きます」

「えぇ、気をつけて。流浪の民と接触できたなら報せを」

「あら、接触する前に魔王石を手に入れた場合はどうしましょう?」

「ふふ、ではその魔王石を持って戻ってきてください。あなたの好きな喜劇が見られるかもしれませんよ」


 喜劇が起こるとしたら、いったい道化は誰のつもりかしら。

 敵の掌中にいることに気づかない副団長か?

 清らかな乙女の中の裏切り者か?

 それらを眺めるヴァーンジーン自身か?


 どれにしても面白そうだ。

 腹は立つがこういう趣向を用意するヴァーンジーンだから下にいてもいいと思えた。






 僕はぐずるドワーフを急き立てる手伝いをする。

 そしてお酒を集めサテュロスたちを見送った時には、まだマイナスはドワーフの国に現れる前だった。


「ご主人さま、なんだかフォーレンさん手慣れてますね」

「ふん、あの羽虫が守護者などと言って面倒ごとを丸投げし続けていたからな」

「いつも種族なんて気にせず適当に問題に首突っ込む性格なのよ」

「はぁ、ずいぶんと変わったユニコーンもいたものだわい」


 白髭のドワーフの一言に、魔学生以外の全員が頷いた気がした。


 森のドワーフとサテュロスを見送った後、軍人のドワーフたちが落ち込んでるけど気にしない。


「それでルビーについてだけど」


 評議員にそう話を振った途端、また新たな騒ぎの声があがった。


「ダークエルフだ! ダークエルフが入って来た!」

「な、なんだと!?」


 ドワーフの叫びにエルフ先生が反応して臨戦態勢を取ろうとする。


「森のダークエルフなら知り合いだから大丈夫だよ」

「ふむ、色の違う目を持つ者だぞ、仔馬」


 グライフが飛んで確かめるけど、背の低いドワーフの中、建物も崩れてるから僕にも見える。


「あ、ティーナだ。おーい」

「その名前、何処かで?」


 エルフ先生が考え込むと、ロークが手を打った。


「あぁ、万射のティーナではないか? 魔王軍で二千歩先から敵大将を射殺したとか、籠城戦では城壁の上から万の矢を一人で放ち全て命中させたとか」


 なにその一騎当千の猛者ぶり。

 そしてドワーフたちも知ってるらしく、僕に向かってくるティーナに注目が集まる。


 無表情に僕へと近づいてくるティーナに普段の笑顔はない。

 ダークエルフとしてクール系装ってるっぽい?


「えーと、ティーナ?」

「無事ですか、フォーレン」


 声も大人しいし、普段との違いにグライフが呆れてる。

 そう言えば城の建築中言い争いがうるさいって言ってたな。


 きっとティーナもうるさい一人だったんだろうなぁ。

 今はすごく静かそうだけど。


「ティーナもアルフに言われたの?」

「はい。先生とは先ほど。事情は聞きましたので、マイナスを牽制するのをやめてフォーレンの無事を確かめに来ました」

「あ、そんなことしててくれてたんだね。ありがとう」


 ティーナ一人で時間稼ぎをしてくれていたそうだ。

 マイナスを釣る作戦になったから妨害やめてきたって、さすが元軍人。


「ねぇ、ここ来て良かったの? すごく見られてるけど」

「魔王軍と言ってもこのマ・オシェとは戦っていないので」

「そうなの?」

「森への侵攻が進まずここまで魔王が進駐することはありませんでした。なので、マ・オシェのドワーフと魔王軍は戦っていません」


 そう言えば魔王と戦ったドワーフとここのドワーフは違うって聞いた気もする。

 ってことは…………。


「西のトラディシャールデってところとは?」

「エルフの古都ですね。そことは戦争になりましたし、西のドワーフの大国もそうです」


 僕が聞いたことで、ティーナはエルフ先生を見た。


「なるほど。あの者は古都の」


 エルフ先生は戦きながらも、魔学生を守るような体勢になった。


「ティーナって有名人だったんだね」

「今となっては過去のこと。それよりも重大な案件が」


 そう言ってティーナは僕の手を見る。

 そこにはルビーの入った機械の残骸があった。


「そのまま持ち帰るのは妖精が嫌がるでしょう」

「あ、金属嫌いな妖精多いんだっけ」


 すると白髭のドワーフが手を上げて他のドワーフを呼ぶ。


「この場で解体させよう。目の届かぬ場所にはやらぬと約束する。万射の、それでよいな?」

「異存はない」


 あ、ティーナ気にするんだ?

 それだけ危険と判断してるってこと?


 そう思った時、ティーナが反応した。

 うわ、早い。

 一瞬で矢をつがえた。


「全く、我が友に何をする気だ」


 ティーナが矢を向けたのはコーニッシュ。

 じゃないな。


「いたの? あとその人何?」

「どうやらあなたを狙っていたようです。あの悪魔は私と共に来ました」


 ティーナも反応して矢を向けたけど、それより早くコーニッシュが僕を狙った相手を捕獲したらしい。

 何故かドワーフの国にいた人間が僕の命を狙っていたようだ。


隔日更新

次回:何処にでもいる

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