293話:守護者の慣れ
「お城壊すよりこっちが効くんだね」
「お主、悪意はないが曲者だな」
白髭のドワーフがそんなことを言った。
僕が相手の弱点を探り当てたからかな?
突然グライフが何かに反応して羽根を広げる。
「騒がしい奴らが来たぞ」
グライフが嫌そうに言うと、何処からか騒ぐような声がした。
「あれはなんでしょう? ほら、評議員のドワーフたちの向こうにぴょんぴょんしてるドワーフが」
ユウェルが気づいて指す方向には、確かに飛び跳ねる一人のドワーフがいた。
「本当だ。すごいジャンプ力…………って、あれ森のドワーフだよ」
森のダークエルフの村に住んでいる、陶芸家のドワーフだ。
そう言えばここが出身地だっけ。
「おー、無事…………って、なんじゃこりゃぁ!?」
僕たちを見て安心した様子だったドワーフの先生は、評議員に気づいて声を裏返らせる。
「そっちこそ、どうしてそんな飛び跳ねる羊に乗ってるの?」
森のドワーフが跳んでたのは暴れ羊に跨ってたからだった。
ドワーフ評議員の心からの謝罪を貰っていると、森で陶芸をするドワーフがやって来た。
しかも暴れる羊に乗って。
「あれ? その羊なんだか見たことあるなぁ。ていっても羊を見た経験自体少ないんだけど。もしかしてサテュロスの?」
「おぉ、そうなんじゃ! わしは危険を報せに来た! ここにマイナスの群れが向かっておるぞ!」
「「「「「なんだと!?」」」」」
ドワーフの評議員も跳び起きる。
それって確か、サテュロスと対になってる妖精だったよね?
「マイナスってなんだ?」
「怖い魔物なの?」
ディートマールとマルセルは通訳していたエルフ先生に聞くけど、答えられないほどその顔色は悪い。
代わりに答えたのはドワーフのロークだった。
「マ、マイナスとは妖精だ。酒乱の女性を表すと言われる、決して子供が関わっていい相手ではない!」
「え、もしかして子供襲って食べる鬼婆!?」
「どうしましょう! 逃げないと!」
テオとミアが勘違いをして慌てる。
まぁ、子供には刺激が強いのはわかってるから誰も否定しないけど。
「おい、何故森からここへ来た? マイナスは森にはいなかったはずであろう」
「おぉ、傷のグリフォンも合流しておったか。わしは妖精王さまより無事に到着したかどうかを確かめるよう頼まれてな。何せここにいるのは金銀財宝にしか目がない業突く張りどもじゃ。妖精の守護者を心配したのだろう」
そう言えばアルフが心象風景で何か言いかけてた。
あれはこのことだったみたいだ。
「その羊がいるってことはサテュロスもいるの?」
「それがな、途中でサテュロスとマイナスの宴会に行き合ってしもうて。酒が切れたところで暴れ出す寸前じゃった。わしらが森から来たことを知ると、サテュロスは羊を貸して逃がしてくれたのじゃ。どうやらお前さんを知っておるようじゃった」
「あぁ、うん。たぶん知ってる相手だよ」
角笛をくれたサテュロスたちだったんだろう。
「わしらは逃げ果せたんじゃが、酒を求めてマイナスが移動を始めてな。手っ取り早くここに向かっているのは進路でわかったんじゃ」
陶芸家先生の言葉に周囲のドワーフが沈黙した。
ずっとごそごそ動く音ひそひそ話す声がしてたのに本当にすっと音が消えた。
けど一瞬置いて破裂するような大騒ぎが起こる。
「すぐに酒を隠せ! あるだけ飲み尽くすぞ!」
「馬鹿者! 隠せば探して暴れ回るだけじゃ!」
「門だ! 全ての門を閉じろ!」
「軍は今すぐ出撃せよ! 国の一大事だ!」
まるで戦争のような騒ぎになった。
マイナスってそこまでの妖精なの?
「お、いたいた! へい、兄弟!」
「違うってば」
「どうもすみません」
親しげなサテュロスを睨むとすぐさま下手に出る。
この流れ毎回するのかな?
サテュロスの登場にドワーフたち嫌がって逃げる。
ここでも嫌われてるみたいだ。
何をしたんだろう? 教育に悪いのはサテュロスも同じだからかな?
「あれ? 傷だらけだけど大丈夫?」
「いやー、マイナスにもっと酒持って来いって絡まれただけでまだいいほうですよ」
「それでいいほうなんだ? 逃げられたのにどうしてこっちに来たの?」
「いえね、この森のドワーフがあんたがここにいると言うんで、妖精の守護者さまのお力をお借りできないかと、へへ」
揉み手でサテュロスは愛想笑いをした。
つまり妖精の守護者にかこつけて、僕に面倒ごと押しつけに来たらしい。
「マイナス止めたいの?」
「さすがに同族で対を成す妖精がドワーフ襲ったとなればこっちにも面倒が降りかかるもんで」
山脈の下に住むドワーフは、どうやら山脈に住むサテュロスたちと全く関わりがないわけじゃないようだ。
「あ、そうか。ケンタウロスたちのほうが迷惑しちゃうのか」
「へへ、そういうことです」
妖精ならどこでも構わないし、衣食住も気にしない。
でも一緒に暮らす幻象種のケンタウロスは違う。
たぶんこのドワーフの国に出入りすることもあるんだろう。
「それはいいけど、僕の目の届くところではお行儀よくしててよ」
「もちろん心得ております!」
びしっと背筋を伸ばすサテュロスの姿に、ロークが目を見開いた。
「な、何をすればあの無法者のサテュロスをここまで従属させられるんだ?」
「こいつのこの顔見てサテュロスが何もしなかったと思うのよ?」
「あ…………」
クローテリアの一言で察したローク。
そんなことで察してほしくないなぁ。
そして察してしまうほどのことをこのサテュロスたちは日常的にしてたのかぁ。
ってことは今さら被害を気にするって、あのケンタウロスの賢者にでも怒られたのかな?
「何か妖精王から妖精を制する能力を授かっているのか?」
白髭のドワーフが僕に確認してくる。
「うーん、妖精の詳しい知識くらいだけど、ちょっと待って」
アルフの知識を探ると、マイナスは凶暴で見境のない女性の妖精だと出て来る。
演奏して歌うサテュロスに対して踊って歌うのがマイナスらしい。
どっちもお酒好き、性欲強し。
その上どっちもお酒が入ると手が付けられない狂騒状態になるそうだ。
「うわ、適当な相手を追いかけ回して爪で引き裂いて食べるって、本当に鬼婆じゃないか」
思わず声に出して呟くと、聞こえた魔学生がエルフ先生に抱きつく。
そこで前世の知識が開いた。
昔話で鬼婆は桃を食べさせて足止めをするのがセオリー。
追い駆けていたはずが目の前の餌に食いつくらしい。
「よし、じゃあこうしよう。お酒をここから遠く見つかりにくい場所に隠して、その隠し場所をマイナスに教える。そうすればこの国に入ってくることはないはずだ」
「ふむ、狙いを逸らすのか。それは使えそうだな」
白髭のドワーフが評議員を呼んで僕の案を話す。
「隠す? それなら別に隠さずに言うだけでいいだろ」
「そうじゃな。適当に遠い場所を教えて遠ざければ事足りる」
「うむ。飲むだけ飲み散らかすマイナスなどにくれてやる必要もない」
「隠す手間もあるしのう。言うだけで済むならそれがいいじゃろ」
「だいたい誰の酒を隠すと言うんだ。その選出だけで争いが起こるわい」
うーん、これは。
「お酒は本当に用意しないと意味がないよ。逆に嘘を吐いたとわかったら怒って襲ってくるだけじゃないか」
「怒り狂ったマイナスなんて、俺たちでも相手にしたくねぇや」
身を震わせるサテュロスに、ドワーフたちも想像して髭が膨張した。
え、どうやったのそれ?
「誰がお酒出すかもめるなら、僕を攻撃した軍のドワーフにすればいいよ。量があれば質を誤魔化せるだろうから、軍のドワーフ全員連帯責任ね」
「なんだと!? わしらは後から来ただけだ!」
赤と黒の将軍たちが騒ぎだす。
黄色は諦めてるけど他がうるさい。
「僕は妖精の守護者って呼ばれてること忘れてない? 攻撃して来た君たちよりも妖精のマイナスにつくとは思わないの? それとも命と宝を無茶苦茶にされるより、飲む口を失くしてもお酒が大事?」
「やれやれ、四足と甘く見てはいかんと散々わかったろうに。ほれ! すでにマイナスはこちらに向かっておる! 評議員は今すぐ命令書を作れ! 将軍どもは兵を纏めて命令を出さんか!」
白髭のドワーフが嫌がるドワーフを追い立てるように指示を出す。
他に手のないドワーフたちは見るからに嫌々従うようだ。
「お酒を隠すのやってもらっていい、サテュロス」
「へへ、もちろんで」
「途中でお酒勝手に飲んだら、わかってるよね」
「…………へい」
わかりやすすぎない?
というか本当に途中で盗み飲みする気だったんだね。
「どれ、これも縁じゃ。わしも酒の運搬につき合おう。妖精王さまの杞憂に終わったのは見てわかるからな」
荒れたドワーフの国を見回して、森のドワーフはなんか遠い目をした。
これで杞憂って何を心配してたんだろ?
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