291話:しぶとさ
クローテリアの言葉に図星なせいか黙ったワイアーム。
ただの沈黙でなかったことは、辺りに広がった魔法の気配でわかった。
「負け惜しみであるか、その身で知れ!」
「うわ! 地面が!? って、尻尾か!」
魔法で足元を崩されると、その下からは鱗に覆われたワイアームの尻尾が襲って来た。
「無意識だと!? ふざけるな! この我を倒すのならば全身全霊で来る程度の礼を弁えろ!」
どうやら僕が本気じゃないから怒ってるらしい。
そう言えば魔王にも不意打ちで倒されて怒ってるドラゴンだった。
けど傷だらけの相手にどうしろって言うんだろう?
「僕手加減下手なんだよ!?」
「まだ我を愚弄するか!?」
素直な気持ちなのに!
ワイアームは地面の下に伸ばした尻尾で僕を打とうとする。
今は人化しているから、足元を崩されても小さな足場でなんとか対処できた。
「あ、けど踏ん張り効かないなこれ」
距離を取ろうとしても、太い上にしなる尻尾を避けるのに精いっぱいだ。
尻尾の先ほどスピードが速くて、目測を誤ると一発でやられそうな気がする。
「止めも刺さず呑気に我の前で立ち話など、ふざけるにもほどがある!」
「グライフー! これ君にも怒ってるんだと思うんだけど!?」
ウンディーネの水を避けたグライフは、そのまま上で高みの見物を決め込んでいる。
「貴様が意識がなかったなどと主張するからだろう。手負いの怪物など一撃で仕留めてみせろ!」
「仕留めないから! クローテリア死んじゃったらどうするの!?」
「皮ごと鱗を剥いで、俺の砥石にしてくれよう!」
「ふざけんななのよー!?」
クローテリアが妖精の背嚢を足で抱え込んで飛びながら抗議の声を上げる。
うん、僕もどうするって聞いたのは死体の処理の話じゃないんだよ。
近くまで飛んで抗議するクローテリアに目を向けて、グライフは笑ったように見えた。
「カーネリアンを手に入れた今、もはやこのモグラに価値はないな。よし、俺が」
「あたしを助けろなのよー!」
「ご、ご主人さま!? 揺らさないでくださいぃ! 落ちちゃいます!」
グライフの鉤爪で掴まれてるだけのユウェルは、足元で尻尾を使い暴れるワイアームを見ながら叫んだ。
一度はグライフから離れて僕のほうに飛んで来たクローテリアも、ワイアームが跳ね飛ばす大きな土塊を避けてまた上昇する。
「えーと、戦いたいなら、ちょっと、ユニコーンに、戻る、時間、くれない?」
跳ね飛ばす土塊に紛れて魔法まで飛ばす器用なワイアームにお願いしてみる。
すると血を流す口から細いけどそれなりに威力の残るブレスを吐かれた。
「止めも刺さず呑気に服がどうだとほざいた自身を呪え!」
上手く周囲を崩され、元の地面より僕の胸くらいの深さに地面が落とされている。
逃げ回れる場所に行くには、尻尾や魔法の攻撃をかわしつつ登るという動作をしなきゃいけない。
本当にこの怪物は戦い慣れている。
これはもう、いつもどおり前に進むしかない。
「怪我増やすけど、死なないでね!」
僕は逆に自分の体の小ささを使って、折り重なった土塊の中、身を隠して走った。
尻尾で僕が隠れた辺り全部薙ぎ払おうとするワイアーム。
その動きは予想できた。
だから僕も魔法を使って穴をより深くする。
頭上を轟音と共にワイアームの太い尻尾が横切った。
「その前足、もう一度千切れたらごめんね!」
人化していたワイアームは、腕がもげても平気だった。
今はなんだか血を流しすぎたみたいで動けないくらいになってる。
効くなら損傷の激しい箇所を狙わせてもらう。
僕は角を前に走り込んだ。
大きなドラゴンの腕は簡単に貫通できるわけないけど、すでに鱗が剥がれていた部分を狙った。
骨も見えるくらいになっている腕の皮をえぐるように角を突き入れ、走り抜ける。
「わ! うわ!?」
途端に暴れるワイアームの腕を避けて、僕は距離を取った。
すると、暴れた衝撃と自重でワイアームのちぎれかけていた腕が落ちる。
「うわぁ…………」
腕、千切れた。
「って、あれ? 腕がまた繋がった? しかも怪我も治った?」
「ふん、我の再生能力の仕組みがわかっていてやっていたわけではなかった訳か」
仕組み?
穴だらけにしたら治らなくて、千切ったら治ることにはどうやら法則があるらしい。
怪我が治っているのは千切れた腕の部分だけ。
繋がった箇所から上は治ってはいない。
「つまり、一度体から離すと再生能力が働く、いや、確か心臓がどうとか聞いたし、心臓から離れるとってことか」
「ふん」
ワイアームは動くようになった足で魔法を使うと、僕の足元を棘のような形に変形させる。
あ、大きさからしてこれは槍かな?
ともかく下から貫こうとして来るワイアームの様子から、どうやら図星のようだ。
「なんで無意識なのにそんなことわかって攻撃方法にしたんだろう、僕?」
「まだ意識がなかったなどと言うか。そのようなことはありえん。そなたの目には確かに我への殺意があった」
戦っていたワイアームから見ると、僕にはちゃんと戦う意思があったらしい。
って言われても、本当に僕はどう戦ったかを知らない。
人化した状態で千切れるんだし、たぶん無意識で戦っている時もやろうと思えばできた。
なんでか意識のない僕はそれをせずにワイアームを追い詰めた。
「わかんないけど、もうやること少ないなぁ」
「またその角で攻撃をしてみろ」
「いや、それ絶対何か対策考えてるでしょ。しかもこの大きさじゃさっきくらいの傷追わせるのに僕の体力がもたないよ」
あ、そう言えばなんか疲れぎみかも?
これってやっぱり無意識の間も体を動かしてたってことなのかな?
あとはまぁ、あんまり戦う気がないから疲れた気がするんだろうなぁ。
本当に幻象種って気分に左右されるみたいだ。
「これはあんまりやりたくないけど、一番早いかな?」
「ふふん、なんだ? 手負いの我に追い詰められて自滅覚悟でかかって来るか?」
ワイアームは言いながら、片手で魔法、そして尻尾で殴打や薙ぎ払いをして攻撃の手を緩めてはくれない。
「うーん、しょうがない! じゃ、君の口の中に入ってお腹に穴開けるね」
「ふぐぅ!?」
ワイアームはすぐさま口を閉じた。
喉が変な風に動いてるのは、僕を飲み込むことでも想像したのかな?
「いや、いやいやいや、たわけ。そのようなことをすればそなたは我が高熱の息の餌食よ」
考え直したワイアームが控えめに口を開いて笑った。
「息ってことは、物を食べる場所とは違う器官なんでしょう? だったら喉に入った時点でどうしようもないよね?」
「む?」
指摘したらワイアームは動く前足で自分の喉を掻く。
どうやら本人も知らないみたいだ。
「たぶん気管と食道は確実に別々だし、もしかしたらブレスを吐く場所も違う器官があるかもしれないけど」
「どうなのよ? 違うのよ? 喉は一つなのよ?」
クローテリアもわからないみたいだ。
「そ、それは妖精王の知識か?」
ワイアームが警戒気味に聞いて来た。
前世の知識だけど、調べたら人間の体の作りで出て来た。
解剖学って、屍霊術なんだぁ。
「うん? そう言えばグライフって飛竜も襲って食べるんだよね? 喉を割いたら管が何本出て来るか知らない?」
ワイアームも警戒して攻撃をやめているので頭上に聞いてみた。
するとグライフは大きく僕の上をひと回りして答える。
「そう言えば二、三の管が出て来るな。あれは食えん」
それは聞いてない。
けど、どうやら食道はあるようだ。
ワイアームはまた口をしっかり閉じてしまう。
「ねぇ、納得いかないならまた元気になってからにしようよ。前足一本動けるようになっても、今の君はそこから動けないことには変わりないんだから」
「ぐぬぅ」
すごい不服そうな声を出された。
尻尾も地面の中でびったんびったん動いてる。
でもそれ以上何もない。
どうやら僕はなんとかワイアームを大人しくさせることに成功したようだ。
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