290話:無意識の戦闘
これ、ワイアームだよね?
手足潰されてるけど傷の形からして僕が角で刺してる?
他にも足の付け根とかお腹とか柔いとことか、細々刺して血だらけにされてる。
同じくらいの大きさになってたはずが、僕は二回りくらい小さくなってた。
巨体相手に動き回るにはこれくらいがちょうどいいんだろうけど、完全に倒す目的で小さくなって刺してる気がする。
後は止めだけって感じで、ワイアームの顎下を狙えるところに立ってた。
ワイアームも傷が多すぎて回復が間に合っていないようだ。
「ぐぅ…………」
呻くしかできないっぽい。
しかも血が目に入ってこっちも良く見えてないみたいだ。
目元の傷ってもしかして、目潰ししようとしたの僕?
あれ? っていうかあの血が僕にもついてる?
嫌だな。
体振って取れるかな?
「む? 正気づいたか仔馬」
「あ、いたんだグライフ?」
頭を振ったら声をかけられた。
見るとだいぶ離れた所から飛んで来た。
というか、辺りで原形を留めてる建物がない。
遠くに見えるお城の位置とかから考えると、あまり場所は移動してないみたいだけど。
これ、僕とワイアームでやっちゃったのかな?
「何があったか教えてくれる? 意識なかったんだけど」
「これだけやっておいてか。貴様、また赤目になって暴れたのだぞ」
「え、今僕目赤い? 魔王石触って意識なくなっただけだと思ってたのに」
「魔王石だと? なるほど、あの異様な威力の光線はそういうことか」
「気づいてなかったの…………って、うわ。首に配線絡まってる。うーん取れないな」
配線の先で壊れかけの箱の中からルビーが光ってる。
首を振ったくらいでは、絡まった配線は解けなかった。
「人化すれば今の貴様の首より細くなろう」
「なるほど。…………よし、抜けた。あ!」
「なんだ、仔馬」
「また服がボロボロだ」
「貴様は…………。そんなもの、巨大化した時点で悪魔の額飾りごと弾けておるわ」
僕は今、ほぼ全裸だ。
ユニコーン姿だと気にならないのに、人化してこれはなんとなく恥ずかしい。
「フォーレンさーん! これ、これ着てください!」
慌てて駆け寄って来たユウェルが布を振っている。
手に持ってるのはユウェルがここまで来るために来てたマントのようだ。
「あ、ありがとう。どうしようかと思っちゃった」
「あはは。やっぱり目が赤くなっても正気づくといつもどおりなんですね。あとこの袋も。大きくなった時に落としましたよ」
「あ、カーネリアン。忘れてた。僕いつ目が赤くなった? 動ける状態じゃなかったと思うんだけど?」
聞くとグライフとユウェルは顔を見合わせる。
「魔王石に触れてそうした状態に陥るのは知っているが、あれだけやって意識がなかっただと?」
「私たちが見ている限り、ドワーフの光線兵器を壊した後にはもう、赤くなっていました」
どうやらルビーで意識を失ってすぐに暴れ出したらしい。
「どうしてだろう? 僕はいつもどおり魔王石で意識を失ったんだ。あ、いや。いつもどおりではなかったけど」
「何があった?」
「うーん、こういう言い方でいいかわからないけど、魔王石二つはさすがに危ないと判断して僕の精神がアルフのほうに避難した?」
聞かれたから答えたのに何その顔?
グライフはすごく馬鹿な発言を聞いたみたいな顔してる。
ユウェルは意味がわからないって感じだ。
「精神が、避難? それは、何かの比喩ですか?」
「そのままなんだけど。アルフが言うには精神の繋がり通って来たみたいだって」
「羽虫と会ったと言うのか?」
「うん。体留守になって棒立ちしてるだろうからって戻してもらったよ」
「よ、妖精王さまがおっしゃるなら、本当に精神だけが切り離されて? そ、それでよく生きてますね、フォーレンさん」
「え? 普通死んじゃうの?」
「貴様、己がどのような生き物かまだわかっておらんのか。人間のような物質体のみの体ではなく、妖精のような精神体のみの体でもないのだぞ」
つまり幻象種は両方混ざってる。
なのに精神だけ避難ってことは、内臓だけを取り出して生きてるようなもの、かな?
「あ、本当だ。なんで僕平気だったんだろう?」
「それに戦っていたフォーレンさんは、どう見ても意識がありましたよ」
「え?」
「自ら体を縮め、あのドラゴンの攻撃をかわし、攻撃を誘い、隙を作っては確実に角で傷を作った。その上で己は早さを生かして奴の爪牙の届かぬ距離を保っていたのだ」
どうやら僕はちゃんと考えた戦い方をしているように見えたらしい。
「それ、本当に僕?」
「確かに貴様らしくはない戦い方ではあるな」
「うん、僕は殺す気なかったし。殺すにしても手足潰して確実に逃げられないようになんてしないよ」
やるなら角で一発。
それが一番返り血もかからない方法だ。
「意識はなかったのに、どんな戦い方をしたのかわかるんですか?」
「え? だってあのワイアーム見たら。っていうか、もしかして僕止めを刺す直前に正気づいた?」
「そうだな。ふむ、結果を見て己の行動の予測ができたと言うのなら、しないだけで貴様の考えの中には想定された動きであったか」
「つまり、無意識に相手を確実に倒す方法で戦っていたんですか? 怪物相手に?」
「え、何それ。なんか僕が危険生物みたいじゃないか」
あ、痛!
なんで突くのグライフ!?
「う、ぐぅー!」
突然ワイアームが苦痛の声を上げた。
異変があったみたいだけど、僕たちからは見えない。
でもワイアームの体の向こうから誰かの声がしたから、僕は足を思い切り地面に叩きつける。
瞬間、辺りに威圧が走った。
「「「ひぎぃ!?」」」
「君たち何してるの?」
ワイアームの影から転がり出てくるドワーフ。
手には万力が握られていた。
「ふむ、動けぬ内にドラゴンの鱗でも取ろうとしていたのだろうな」
「あ、あちらにも、いい、今の威圧で倒れて、ドワーフ、が」
ユウェルまでがくがくしてる。
威圧の範囲内に巻き込んじゃった。
けど意識はあって、別の大きなはさみを持ったドワーフに気づく。
すると今度は妖精の背嚢を咥えたクローテリアが飛んで来た。
「大丈夫なのよ? 正気なのよ?」
「あ、クローテリア。もしかして僕の荷物持って来てくれたの?」
妖精の背嚢を僕のほうに落として確認する。
「ドワーフの家から取ってきてやったのよ。どうせまた服がどうとか言うと思ったのよ」
「ありがとう。けど着替える前にこの血洗い流したいな。意識すると気持ち悪くて」
「うぅ、我の血を、もっと、ありがた、がれ」
ワイアームが歯ぎしりするように口を動かして文句を言った。
どうやら耳は聞こえてるみたいだ。
そして苦しい中、言うのがそれ?
「嫌だよ。僕血は嫌いなんだ。意識があったらこんな嫌な戦い方しなかったのに」
「土の汚れなんか気にしないのよ。なんで血なのよ。こいつの血は不老の効果があるのよ」
「そんな効果いらないし、僕の母馬って血の海を作って死んだんだ。あれ思い出すから血の臭いが濃いの嫌なんだよ」
「なんだか、フォーレンさんらしい理由ですね」
「四足の幻象種としては腑抜けにもほどがあるぞ」
「その割に血の海を作るのが初めてじゃないのも馬鹿っぽいのよ」
酷い。
けど、確かにこれが初めてじゃないや。
今回はドラゴンっていう大きい相手だから流れる血の量が多いだけだし。
「うーん、面倒だからちょっとこの辺り水で流そう。ウンディーネ、手伝って」
「「「はーい」」」
「待て、仔馬!」
「きゃあ!?」
適当に声かけたらウンディーネが三体も来た。
そして一人一人が自分の肩幅くらいの水流を一気に放出する。
グライフは飛び上がるついでにユウェルも引っ掛けて上空へ逃げた。
「ぶは!? お、多すぎるよ!」
水の放射を浴びた僕はちょっと溺れかけた。
けど血は流れたからいいか。
「げほ、ごほ!」
あ、ワイアームが咽てる。
目に入った血は流れ、その目がこっちを睨んだ。
すっごい怒ってる。
同時にすっごい呆れてる?
そう思った瞬間、口を開いて溜めていた熱線を吐きかけられた。
地面に倒れ込むように伏せて避けると、泥だらけだ。
「素早さだけは本物か。そなた、頭抜けた阿呆か」
「だいぶ特殊な自覚はあるつもりだけど、僕なりに真面目にやってるんだよ?」
「相手にする必要ないのよ。どうせ負け惜しみなのよ」
クローテリアにワイアームは反論しない。
元は同じだし、否定するだけ無駄ってことかな。
今度は常識的な水量で僕は泥を落とした。
隔日更新
次回:しぶとさ




