285話:怒りの記憶
妖精たちの悪戯で、ワイアームの足元が泥に変わる。
下を見れば顔目がけて砂が飛び、火炎放射で防ぐと同時に攻撃に出れば、悪戯な突風で自身も火炎の被害に遭っていた。
けれど一番ワイアームが嫌がっているように見えるのは、耳元で盛大に歌い笛を鳴らす騒音のようだ。
「この…………やめんかぁ!」
怒ったワイアームは僕じゃなく邪魔をする妖精たちに標的を変えた。
追い回しては蹴散らし、四方八方から数に物を言わせる妖精の数を減らそうと躍起になる。
ようやく隙ができたので、僕はワイアームに距離を詰めて蹴りを見舞った。
けれど足に伝わるのは地面でも踏んだような揺るぎなさ。
「あ、硬い。人化しててもドラゴンって硬いの?」
「弱点以外を攻撃しても大した傷にはならんぞ」
僕の頭上を旋回するグライフが他人ごとで助言をくれる。
クローテリアも飛んで来てグライフの影から教えてくれた。
「そいつの弱点は顎の下なのよ」
「我から生まれたくせに!」
クローテリアの裏切りにワイアームはさらに怒るけど、僕は前世の知識に気を取られた。
逆鱗かな?
剥ぎ取れる? ってなんだろう?
あ、ゲームの話か。
「フォー! やっちまえー!」
「悪いドラゴンなんてやっつけろー!」
「エルフ先生の仇だー!」
「マルセル、まだ死んでないわ」
「うぅ…………逃げ…………う…………」
元気に僕を応援する魔学生にエルフ先生が何か言ってる。
聞いてもらえないエルフ先生は、ユウェルとロークが介抱していた。
「うるさい奴らばかりが!」
ワイアームは妖精を尻尾の横薙ぎで散らし、ついでのように魔学生へ散らばる瓦礫を飛ばした。
「子供相手にやめてよ」
ワイアームが飛ばす瓦礫に向かって僕は妖精に手伝ってもらって魔法を使う。
地下なせいか茸の妖精が集まってたから、巨大な茸を成長させた。
そのまま巨大な茸のかさを盾にして、瓦礫を受け止めつつ弾力を使って打ち返す。
「小賢しい! 小手先ばかりで我を煩わせるな!」
打ち返した瓦礫をさらに尻尾で適当な方向に跳ね飛ばすワイアームは、周りの被害なんて考えていないようだ。
ドワーフはワイアームが暴れ出した時にほぼ避難が済んでいて、代わりに兵が集まり出してるけどそれも気にしていない。
クローテリアが相手を選ばず突っかかるのは、もしかして本体のこの性格のせいかな?
グライフみたいに弱い相手は眼中外ならましなのに。
「ねぇ、僕を怒らせないでね?」
僕の正体を知っているし、念のため警告すると、何故かワイアームは怒る。
「神に操られるしか能のない愚か者に従属するだけの間抜けが、我に指図とはいい度胸だ!」
「なんでそうなるの? っていうかそれ、アルフのこと馬鹿にしてる?」
「貴様もだ! 何が憤怒の化身だ!? 笑わせるな! 妖精王も人間如きに手負いにされたと聞いているぞ! 無様なことだな!」
怒った様子のワイアームはまた火炎放射を僕に向ける。
けれど今度は火炎を収束して威力を増してきた。
怒りっぽいように見えて、僕にダメージを負わせる方法を考えるくらいには冷静らしい。
アルフを悪く言ったのはこちらを探る手だったのかもしれない。
けど僕も聞き流せないことがある。
「あの時の相手は受肉した悪魔で、シィグダムって国の陰謀も絡んでたとか、その裏に流浪の民が糸を引いていたとか、確かに人間相手って言えなくもないけど、それはどうでもいいか…………」
あの時、アルフの目を通して見てるしかなかった苛立ちを思い出す。
その後の思考を染める怒りを。
アルフが襲われて未だに相手をどうにもできない憤怒を。
「ドラゴンも存外阿呆よな。いや、モグラの本体ならばさもありなん」
「うるさいのよ! あたしはもうしないのよ!」
「あれの本質を引き出せるならばやれ。さて、面白いことになったな」
「趣味悪いのよ…………」
グライフとクローテリアが頭上でそんなやり取りをしてた。
ワイアームも僕を睨んで構える様子をみせる。
けど僕は気にせず走った。
「…………な、に?」
振り返るとワイアームの背中がある。
僕を捉えられなかったワイアームは、千切れ飛んだ左腕のあった場所を見ていた。
左腕は宙を舞ってワイアームの横に落ちる。
「…………ユニ、コーン?」
ドワーフの誰かがそう呟いた。
僕はユニコーンに戻って最高速でワイアームの腕を角で刺した。
硬かったけどどうやら人化した状態ならドラゴンにも通じたようだ。
ただ気になるのは、血が流れてるのにワイアームに焦りがないこと。
「腕がなくても気にしないの?」
「ふん。こんなものすぐ再生する」
とは言え腕は回収してそのままくっつける。
なるほど急所以外は大したことないんだ。
けどワイアームはうるさい妖精をもう見ずに僕に視線を据えた。
すると腕を斬り飛ばされたワイアームより周りが大騒ぎを始める。
「ユ、ユニコーンだ! ユニコーンが侵入してるぞ!?」
「逃げろ! 女を隠すんだ!」
「ドラゴンを攻撃対象にしてる今しかねぇ!」
ドワーフががなり声を上げる合間に悲鳴も聞こえる。
「あれ? おい、フォーがいないぞ!?」
「あ、本当だ! まさか今のユニコーンに!?」
「馬鹿! 早くて見えにくかったけどフォーが走ったんだよ!」
「そしたらユニコーンになっていたのよ!」
どうやら魔学生も僕の正体に気づいたようだ。
エルフ先生は起き上がってるのに頭を抱えていた。
「見なかったことにしたい」
「いや、あんたたぶんもっと前から気づいとったんだろう?」
「そうですよ。こちらに配慮はしてくれるでしょうけど今は邪魔にならない所まで退きましょう。たまにとんでもない方法を行うので」
ユウェルがなんだか手慣れてる。
あれ、でも嫌そうに肩を震わせたのはなんでだろう?
…………ヴァラの所でサテュロスを呼んだせいかな。
そんなやり取り見てたら落ち着いてきた。
怒ると勢いつくけど、理性保とうとすると意識が逸れるし長続きしないみたいだ。
「うーん、ドラゴンって硬いんだね。角が痺れる感じなんて初めてだよ」
「ふん、所詮は馬。我の敵ではない!」
そう言うとワイアームもドラゴンの姿に戻る。
あ、おっきい。
前世の知識で言えば、体育館くらいの大きさ?
広いドワーフの国でも邪魔そうな巨躯だ。
「確かにこれを人間が倒したら英雄扱いだね」
「そのようなことは二度とありえぬ!」
「一度はあったんだ?」
「うるさい! 矮躯の四足獣如きが舐めていられるのも今の内だ!」
「けど君、ユニコーンを知らないの?」
「そいつ引き篭もりなのよ」
クローテリアが大きくなったワイアームから距離を取りながらそんなことを言い捨てた。
「ユニコーンが住むのは南の地。怪物などほぼおらぬ。その怪物もユニコーンなど見たことはなかろう」
一緒に上を旋回するグライフも、ワイアームが話でしか聞いたことがないと考えているらしい。
余計な茶々に本性に戻ったワイアームから、今までよりも太い火炎放射が放たれる。
近くのグライフも巻き添えにクローテリアを狙った。
「矮小な羽根をばたつかせて小うるさい!」
「見境のない阿呆が粋がるな!」
攻撃された上に馬鹿にされたグライフも反撃に出る。
高い位置から滑空して綺麗に身を返すと、鋭い鉤爪でワイアームを攻撃した。
けど大きさの差のせいか、鱗一枚を剥がすくらいの威力にしかならず、その上傷はすぐに治る。
体格差を考えるとすぐ鱗一枚剥ぐのはすごいと思うけど、グライフは不服そうにまた高い位置を取った。
僕は飛べないから足元しか狙えないし、今のままじゃ勝負になりそうにない。
「えーと、小さくなる時小さくって考えたから、今度は大きく、大きく…………」
目をつぶって自己暗示をかけるように繰り返す。
すると変化を感じた。
「む!? ユニコーンは大きさを変えられるのか!」
「あ、できた」
「ち、仔馬のくせに」
「なんでグライフが舌打ちするのさ」
今なら背中を掴まれても持ち上げられないからだろうけど。
僕は角を構えて同じ大きさのワイアームへ突進した。
さすがに角は避けられたけど、そのまま体当たりで押す。
足は僕のほうが強いみたいでワイアームは後退した。
「さて、ちょっと話を聞いてほしいから弱らせるね」
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