284話:厄さえ捨てない強欲
ワイアームは確信を持って聞いてきた。
「そなた、何故魔王石を持っていて影響を受けていない? それとも影響によってそれか?」
「元からこんな性格だよ」
アルフ知識ではこの魔王石のカーネリアンは持ち主を興奮状態にする物らしい。
カリスマ性を与えて周りにも影響させることもあるとか。
ただしその力は命を削って齎されるもの。
カーネリアンの持ち主の周りでは命を使い果たした者から死んでいく。
また興奮状態にするので気が休まる時がなく神経衰弱になるそうだ。
「見てわかるとおりだと思うけど?」
僕に影響はない。
持ち主だったワイアームならわかるはずだ。
なのになんだか疑うような目を向けて来る。
「けどどうして持ってるってわかったの?」
「こいつは魔王石にわかるよう印をつけてたのよ」
答えたのはクローテリアだった。
「捨てるつもりのくせして自分の物だと印を残すなんて馬鹿げてるのよ」
「口ばかり達者になりおって」
「ふん、全くの別人を騙して押しつけることもできたのに今までそれをしなかったのは、こんな呪われた宝石でも惜しいと執着するその強欲のせいなのよ」
言うことは勇ましいけど、僕のマントに隠れて言わないでほしいな。
「しかし今まで気づくのが遅れた。そなたが我の印を上書きしたのか」
「そんなことしないのよ。特殊な袋に入れてるからわからないだけなのよ」
特殊な袋?
あ、スヴァルトがジェイドを入れてたあれか。
魔王石を回収に行くからって預かってカーネリアンを入れていた。
「ダ、じゃなくて、エルフから借りたこの魔王石をしまうための袋に入れてると、印ってわからなくなるんだ?」
「なんだと? そのような物があるのか」
ジェイドを持ってるのは表向きエルフ王になってるんだった。
けど僕の言い換えなんて気にせず、ワイアームは魔王石専用の袋のほうに反応した。
さらにドワーフのほうも騒がしくなる。
「まさかかつてエルフ王に制作を依頼されたあの魔封じの試作品か!?」
「おぉ! あのエルフの技術と我らの粋を集めたと言われる!?」
「本当に機能したのか!? 魔王石を封じることが可能だと!?」
この袋、エルフ王がスヴァルトに渡した物だったらしい。
で、作ったドワーフもどれだけ効果があるかは知らなかったと。
ワイアームの言葉もわかってるから、ドワーフはその袋を僕が持ってると知った。
するとノームの剣を見つめるような目で僕を見る。
「借り物だから渡さないよ」
「ふん、魔王石の影響を防ぎ保持が可能とわかれば奪ってでも手に入れるまで」
ワイアームはどうやら影響が全くないと勘違いしたらしい。
スヴァルトを見る限り影響はあるし、魔王石を使わないことが前提の物なんだけど。
たぶんドワーフと仲の悪いワイアームが手に入れても、封じておくことはできないんじゃないかな?
「元はと言えば我々が作った物だぞ!」
「そうだ! わしらにも権利がある!」
「ドラゴンになぞ渡して堪るものか!」
「お前が持つよりも有効に活用できるぞ!」
ドワーフが勝手なことを言い出してうるさいな。
僕から奪ってもたぶん後でエルフ王に怒られるだけだなのに。
まともそうな白髭のドワーフを見ると悩ましげだ。
その目はワイアームを窺ってる。
危険性は僕よりワイアームのほうが高いとわかっているようだ。
「けどなんで僕が自分で正気保ってるって信じてくれないんだろ?」
思わず呟く声はドワーフのがなり声に負けている。
ワイアームもうるさいドワーフに応戦していて聞こえてない。
答えたのはクローテリアだった。
「人化する酔狂なユニコーンにそんなことできないと思い込んでるのよ」
「逆にその珍しさでとか考えないの?」
「思い込みなのよ? 自分にできないことをできるなんて信じてないのよ。そこにだって妖精王を連れたユニコーンがいるなんて思わず無謀に襲ったグリフォンがいるくらいなのよ」
「グライフは耳いいからたぶん聞こえてるよ」
見ると案の定こっち見てるし。
クローテリアはマントの中深くに隠れるけど、後で襲われるだけだと思うよ。
けどクローテリアの言うことはわかった。
僕も自分ができるからって思い込みがある。
ユニコーンにはできても人間にはできないことがあると姫騎士にも指摘された。
種族の違いって常識だと思ってることが通じない時がある。
「つまりワイアームとドワーフは魔王石の誘惑に負けるんだね」
「力に取り込まれず、呪物の厄災さえ無視する貴様のほうがおかしいのだぞ」
いつの間にか近づいてきてたグライフに羽根で叩かれた。
ちょっと僕のマント越しにクローテリアを突かないでよ。
穴が空いたらどうするの。
「黙れ強欲なドワーフども!」
「強欲なドラゴンが何を言う!」
ワイアームとドワーフが言い合う罵り文句は一緒だ。
「元はと言えば魔王石のカーネリアンもわしらが所有しておったのじゃ!」
「我に押しつけただけであろう! 今さら惜しむな卑しい!」
「そういうワイアームもクローテリア使って捨てたんじゃないか」
「害があるとわかっていても、宝である限りは他人に渡すことなんて考えもしないのよ」
クローテリアは呆れるように言った。
つまりクローテリアは分身で、ワイアーム自身だったんだ。
自分が持って行くならまだ許容するけど、僕が持ってるのは許せないから取り返したい。
その上魔王石を無効化できると勘違いした袋もあるなら、奪ってでも取り返したいになるようだ。
「うーん、面倒なドラゴンだなぁ」
「えぇい! 大人しく返せ!」
ワイアームがドワーフとの言い合いに痺れを切らした。
ドワーフごと僕を纏めて周囲に火炎放射を放つ。
強い火力は吹きつける熱風でわかる。
僕は大きく退いて避けた。
「クローテリア! 魔学生たちの所にいて!」
「言われなくてもなのよ!」
クローテリアが逃げる。
グライフは上空に位置取りをして、どうやら眺めるだけのようだ。
文字どおり高みの見物のつもりなんだろう。
「もう、危ないな!」
僕はお返しに野球ボールくらいの火の玉を連射した。
腕の一振りで強風の壁を作られ、ワイアームに火の玉は届かない。
「だったらこれは?」
「ふん、児戯だな」
地面から四方を囲む土の壁を生やすと、ワイアームは尻尾でいともたやすく粉砕した。
代わりに僕へ尖った岩を飛ばす余裕もあり、僕が避けても次には竜巻を発生させている。
竜巻に囚われた僕は、砕けた岩の飛礫が風で打ち付けるという追加攻撃まで食らわされた。
「何をしている仔馬。押されているぞ」
「他人ごとだと思って、グライフ! あ、痛!」
僕は風を内側から吹かせて竜巻を相殺するけど、その時にはワイアームが距離を詰めていた。
戦い慣れたワイアームは離れても回避できない距離で火炎放射を放つ。
だから僕はあえて前に出た。
「なんだと!?」
「えい」
火炎放射の横を走り抜けてワイアームに角を向ける。
そこから雷を放つと虚を突いたらしく当たった。
「ぐ!? 小癪な」
「わ、君も雷使えるんだね。そっか、魔法の得意な妖精だったっけ」
初めて雷を打ち返され、慌てて後退する。
どうやら魔法勝負では分が悪い。
「だったら数で押させてもらうよ」
手を叩いて僕は周囲の妖精を呼んだ。
次々に現れる妖精は、大きくてゴブリンやウンディーネの人に近い姿の者から、小さく動物のような者は数えきれないくらい集まる。
どうやら騒ぎを聞いて周囲に集まっていたようだ。
しかも僕が数って言ったせいで、魔学生にも可視化できるほどの数が集まった。
「ふふん、小さき妖精を集めたところで敵ではないわ」
元妖精だからこそ、その攻撃性の弱さを知ってるワイアームは余裕を崩さない。
「悪戯よーい」
「嫌がらせか!?」
「君が僕に集中できなくしてくれればいいから」
「く、馬鹿に見えて考えているとはな」
ワイアームも酷くない?
そう言っている間に、妖精たちは歓声を上げてワイアームへ殺到する。
「間抜けの妖精王に称号を与えられたからと調子に乗るなよ!?」
友達を馬鹿にするなんて、それはちょっと聞き捨てならないなぁ。
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