279話:危険生物警報
ドワーフの国に着いた翌朝。
「授業を始める」
「「「「そんなー!」」」」
ロークの家で魔学生が仲良くブーイングを発していた。
エルフ先生は気にせず魔学生の前に立ち、腕組みで文句を言っても状況が変わらないことを表明してる。
そう言えばこれ野外学習って名目で来てるんだよね。
ただ机も椅子も教科書もない中、いったい何をするんだろう?
「せっかくここまで来たのに観光もなしかよ!」
「ちゃんと大人しく旅して来たんだから遊びたいよ!」
「まだドワーフの国の何も知らないのに授業なんて!」
「私、お買い物したいんです! すぐそこでいいんです!」
魔学生はとても外に出たいようだ。
まぁ、始めて来た幻象種の国で好奇心が暴走してるのかな。
ただそのためには大問題がある。
「けどみんな言葉わからないでしょ?」
エルフ先生一人で魔学生四人の監視と翻訳は難しい。
僕はひとと待ち合わせだからずっと一緒にはいられない。
そして魔学生と会話できるロークは仕事に行っていて不在だ。
奥さんも内職的なことをしてるらしく家を空けられないらしい。
なので明日ロークは時間を空けてくれる約束をした。
ジッテルライヒの言葉が話せるし、この国の出身者だから地理にも詳しい。
そういうことをエルフ先生が説明したんだけど、魔学生は明日まで待つと知ってさらに騒ぐ。
「どうして俺たちだけわからないんだよ!」
「なんだかずるいわ。私たちもお喋りしたいです」
不満を口にするディートマールに、珍しくミアも続いた。
「どんな種族の言葉もわかる魔法があったらいいのにね」
「そんなの作れたらきっといい値で売れるだろうな」
マルセルはわかるけど、テオは本当にお金に関してはしっかりしてるね。
文句ばかりで授業にならないエルフ先生は、注意しながらも魔学生に対応する。
「静かに。必要なことは私が伝えているだろう」
「…………先生、全部言ってないですよね」
テオが探るように聞くと、ディートマールがまた声を大きくする。
「あ! そう言えば昨日の夜もロークとこそこそ話してたぜ!」
「秘密とかずるいよ! 何話してたの、エルフ先生!」
マルセルが子供らしく不満を言うと、エルフ先生はその点については隠さず教えた。
「このマ・オシェの決まり事を確認していた」
「だったらフォーを捕まえていた黒い鎧のドワーフたちは何を言っていたんですか?」
ミアが鋭い質問を投げかける。
エルフ先生があえて話してないところをわかっていたようだ。
通訳がないとドワーフが騒いでるとしかわからなかった魔学生だけれど、今のやり取りで大人が聞かせないようにしていたことに気づいたらしい。
また騒いで不満を並べられたエルフ先生は、片手を上げる。
「なぜ魔法で幻象種のようなことができないか説明をしよう、聞きなさい」
途端に魔学生が黙る。
不満より好奇心を満たすことを選んだようだ。
いや、エルフ先生は教師らしく生徒の扱いを心得ていたのだろう。
「まず、過去に幻象種のように自由に意思疎通をする魔法は人間に研究された」
「やっぱりそういうこと考えるんだね」
離れてた僕も近づいて話しを聞く。
ロークの奥さんは様子を窺ったけど、魔学生が大人しくなったのを見て家事に戻った。
「だがまず人間は幻象種がどうやって意思の疎通を図っているのかがわからなかった。ただ考えれば簡単なことだ。君たちはまず話をする時に肉体の何処を使う? マルセル」
「え、えっと、口?」
「そうだ。では話を聞く時には何処を使う? ミア」
「耳です」
「そのとおり。ディートマール、話す相手の感情を読み取るには何処を使う?」
「読み取る? 感情を? 何処、何処使っても気持ちなんて」
「ディートマール、目だよ目。表情を読むんだ」
テオが答えると、エルフ先生は頷いてみせた。
「このように意思疎通と言っても使う部位は複数ある。それを魔法一つで再現しようと言うのがそもそも無理なのだ。幻象種には精神部分に話す口、聞く耳、読み取る目に当たる能力を持っている」
なるほど。
できるから特に意識しなかったけれど、そう言われると納得できた。
「あ、つまり幻象種の中でも何処の能力が鋭いかでできることが違ったりする?」
「そのとおりだ。えー、フォーと呼んでいいのか? ともかく、そう考えるに至った理由を聞かせてもらおう」
「エルフが言葉を変えるとグライフ、えっと僕が待ってる相手が聞き取れないことがあったんだ」
そう言えば僕の待ち合わせ相手がグリフォンだって結局言ってないや。
クローテリアも何も言わないし、これは言わないほうがいいよね?
「それに、これは妖精から言われたことだけど、僕は物を考えすぎてて読み取りづらいって言われた。だから精神体部分にそういう能力があるにしても、差があるのかなって」
「そのとおりだ。ただ精神体はまた少し違う。その妖精は力が強い故に過敏だった可能性もある。そして基本的にエルフは聞き取る力が弱いと言われる。そのため言葉にして伝えなければわからないことが多い」
そう言えばグライフには考えてること突っ込まれるけどエルフってそういうことがなかったな。
グライフの勘がいいのかと思ってたけど、エルフのほうが鈍いということのようだ。
エルフ先生は少し声を潜めて続けた。
「またドワーフは読み取る力が弱いと言われる。そのため騙されやすいところがあると言われるが、同時に意志が固いので一度決めると容易には左右されない」
「…………四足の幻象種にもそういうのあるの?」
エルフ先生何か言いたげな表情をした。
けど言わない。
別に怒らないからそんなに怯えた目をしないでよ。
「弱いと言っても物質体の人間よりもあるのだが…………四足の幻象種は、物質体に近い二足の幻象種に比べれば意思疎通の能力は高い。ただ力を使う気が元からないと言われている。そのため、言語を変えれば聞き取る気がないのでわからなくなるのだろう」
あー、なんか納得した。
「あいつは典型的なのよ。元が能力高いのにそれで行動変える気ないのよ」
クローテリアが僕が誰を思い浮かべたかわかったみたいにそう捕捉する。
「そう言えば怪物もそういう感じ?」
「それは元が何であったかによるのよ。あのゴーゴンたちは体の強靭さ以外は人間のままなのよ」
「あれ? でも動物と喋れるよね?」
「体は精神体交じりになってるのよ。だから人間よりも意思疎通はできるのよ。でも喋る時には言葉に頼るから、相手が聞き取る力がないと無理なのよ」
なるほどー。
そう言えばメディサも体の使い方忘れて喋りにくいって言ってたな。
「エルフ先生、何やってんだよ? 汚ねぇなー」
「なんでいきなり噴き出したの? 何かの病気?」
「その上何か言おうとして咽るし、落ち着いたほうがいいですよ」
「先生、大丈夫? お水もらって来ますか?」
たぶんエルフ先生はゴーゴンって言葉に反応した。
ちょっと気になってエルフ先生に向かって聞きたい? って考えながら見つめる。
すると通じたらしく首を横に振られた。
同時に金属音が外から打ち鳴らされる。
音からは切迫した様子が聞き取れた。
「なんだこの音!?」
ディートマールが叫ぶ中、突如として響き渡った激しい警鐘の音は鳴り止む気配がない。
「敵襲を報せる警報だよ! これは、外からの侵入者だ!」
家事を放り出して僕たちに忠告してくれた奥さんは、避難のためか荷物を纏め始める。
外でも警戒の声が上がり、僕は窓に近づいた。
状況を問うドワーフたちの声の間に、兵が関所に向かうという言葉も聞こえる。
僕たちが行動を決めかねていると、突然家の扉が開かれた。
「おい! 大変だ! 奴が来やがった!」
仕事に行っていたはずのロークがそんなことを叫びながら飛び込んでくる。
マルセルとテオはその勢いに驚いて抱き合った。
ミアは不安そうに胸の前で手を握りながら、それでも冷静さを保って聞く。
「奴って誰ですか?」
「かつてここを襲った災厄だ!」
叫ぶように返すロークはなんか仰々しいことを言った。
「それって何? ドラゴンじゃないの?」
聞くとロークは僕じゃなくてエルフ先生を見る。
なんだかお前ならわかるだろって言ってる気がするなぁ。
「…………エルフを連れた、凶悪なグリフォンだ」
「飛空兵、ではないのか?」
聞き返したエルフ先生は、ロークが首を振る様子に何か気づいたみたいに息を呑む。
「まさか…………」
なんかすごくシリアスな雰囲気だ。
何もしなければ何もしないと思うんだけど。
ともかく、どうやらグライフが着いたようだった。
隔日更新(次回祝日)
次回:グライフの再来




