278話:色分け
泊まることになったロークの家はビルのような集合住宅だった。
「ごめんなさいね。慌ただしくて」
ロークの妻が食事を用意してくれながら謝る。
僕たちがロークを助けたことを聞いていて、急なことにも嫌な顔せず歓待しようとしてくれた。
そしてここにロークはいない。
「お仕事が忙しい時に来ちゃったかな?」
「そうだけど、忙しいのは職人全員でねぇ」
僕とミアが片づけを手伝いながら奥さんと話をする。
「ドワーフってみんな職人じゃないんですか?」
「違うわよ。兵士してるひともいれば、役人してるひともいて人間とそんなに変わらないわ」
人間の国と近いせいか、奥さんはそんな風にミアへ答えた。
「オードンという隣国にはたまに行くんだけど、外は眩しいから対策していかないといけないのよ」
「対策って何するの?」
「目に遮光効果のある点眼薬をね」
あ、サングラスくらいしか思い浮かばなかったけど薬なんだ。
…………サングラスかけたドワーフか。迫力はありそう。
そんな話してるとエルフ先生が奥さんに聞いた。
「失礼、職人が忙しいのは武器作りだろうか?」
「え、ドワーフは戦争でもするのか!?」
ディートマールが早計にそんなことを言った。
「違うわよ。そんな物騒なことしてないから、安心おし」
「あれでしょ、ドラゴンがいなくなったって聞いたよ」
「ドラゴンに備えて武器作ってるんだよね?」
テオとマルセルが口を挟むと奥さんは首を横に振って笑った。
「そんなこと知ってるんだね。本当にあれは何処に行ったんだか。宝を置いて出て行ったってことはないんだろうけど…………」
奥さんの目にはちょっと欲が浮かぶ。
ドワーフっていいひとでもこうなのかな?
騙されやすいっていうか欲に弱いんだろうなぁ。
けど恩とか義理があったら欲よりは優先してくれるみたいだ。
「ドラゴンの巣に近い道に兵士と武器は集めてるけどそうじゃないんだよ」
奥さんは頬に手を添えると困ったように言った。
「実は、エルフの国でちょっとあったらしくてね。それで職人たちがてんやわんやしてるのさ」
「あぁ、エルフ王が暗殺されそうになったこと?」
「は!? な、なんのことだい!?」
あれ、違った?
「ど、どど、どういうことだ!?」
エルフ先生も動揺して僕のほうに近づいて来た。
「…………これ、言っちゃ駄目だったかな?」
「当たり前なのよ。城の中でなんとか納まったことをわざわざ外に漏らさないのよ」
「えっと、あんた、お城に上がれる身分なのかい?」
奥さんはクローテリアの言葉で嘘じゃないとわかったのか確認してくる。
「ロークは僕を妖精王の使者だって言ってたけど、エルフから聞いたんじゃないの?」
「それは妖精から聞いたんだよ。あんた目立つからね。エルフの国で捜そうと思って妖精に特徴を言ったら、妖精王の使者をやった者だろうって」
「そういうことか。うん、ちょっと森で問題があって、そのついでにエルフ王が狙われてるかもしれないってわかったから僕が報せに行ったんだ」
ミアが僕から離れてディートマールたちの下へ行く。
「ねぇ、フォーって実はエルフのお姫さまなのかしら?」
「それにしては上品さに欠けるんじゃない?」
ミアの疑問にテオが笑うと、ディートマールが首を傾げた。
「っていうかあいつ、森のエルフなんじゃないのか?」
「けどニーオスト出身っぽいよ。冒険者証に確か書いてあった」
マルセルが確認するように目を向けると、エルフ先生は生困り顔だった。
うん、僕も突っ込まれたら困るし話を逸らそう。
「えーと、それで職人が忙しいってエルフの国とどういう関係があるのかな?」
「あぁ、えっと、お城で何かあったって知ってるならわかるんじゃないかねぇ。宝物庫が大変な被害を受けたんだろ?」
「あ、あれか…………」
「宝物庫でいったい何があったと言うんだ!?」
エルフ先生はもう僕が関わってる時点で嫌な予感しかしないようだ。
「さてねぇ、それは詳しく知らないけど。どうも宝物庫の中で争いがあったらしくて、エルフ王の宝の多くが損壊してしまってるようなんだよ」
奥さんは怒りぎみに腕を組む。
そしてエルフ先生は僕を見る。
気まずくて顔を背けると、クローテリアが呆れた。
「それ、犯人を自白してるようなものなのよ」
「あれは、捕まえるために仕方なく。それに宝投げて来たの向こうだよ」
「あんた犯人知ってるのかい!? いったい誰だい、あれだけの貴重で歴史ある物の価値もわからず壊した馬鹿は!」
怒る奥さんの反応見ると、これ言ったら速攻噂として回るよね。
「…………それが、逃げられて、捜索中」
「逃げられた!?」
「逃げ果せられたのか!?」
エルフ先生そこ?
まぁ、確かにエルフ王の城から逃げ出せたヴァシリッサ、すごいよね。
「色々仕込んだ上で乗り込んできた相手だったから、手を変え品を変えって感じで」
「どんな奴だい!? この国に来たらすぐさまとっ捕まえて袋叩きにしてやるよ!」
奥さん好戦的すぎない?
それは危険だよ。
「相手は複数なんだ。それに殺すのはやめて。厄介な、呪い? みたいなものを残して行って、相手が死ぬと解決方法が余計にわからなくなるかもしれない」
「まさか、エルフの側にその呪いの犠牲者がいるのか?」
エルフ先生が気づいて詳しく聞いてくる。
アルフの目を盗んで森に入り込むヴァシリッサも厄介だけど、流浪の民の術も対処のしようがなくて厄介だ。
これは教えておいたほうがいいだろう。
「うん。妖精や悪魔もわからない術らしくて、強引に解除しようとしてもエルフが死んでしまう可能性が大きいんだ。それに犠牲になったのが若いエルフばかりだから、エルフ王も時間がかかっていいから安全に解呪したいって」
「喋りすぎじゃないのよ?」
「そうかな? 魔王石がある限りドワーフも狙われると思ったんだけど。でもそうか。下手に流布して相手に警戒されて隠れられても困るなぁ」
僕はクローテリアの忠告に口止めをお願いした。
一応頷いてくれたけど、奥さんは落ち着かない様子で前掛けを捻ってる。
エルフ先生は難しい顔で一度黙り込んだ。
「…………君がジッテルライヒに来たのは、そのためか?」
「解呪方法捜してってこと? 違うよ。別の目的。けど、少し役に立つかなってことはあったから全く関係ないとは言わない」
まぁ、リッチのこと言ってないし、エルフ先生はわからないだろうけど。
そう言えばあの骨の魔術師今何処だろう?
僕たちは船でここまで来たけど、リッチは干物ドラゴン連れてどう移動するつもりなのかな?
「もう修復不可能な宝もあるんだよ。それでもエルフのほうから可能な限りでいいなんてずいぶん大人しい要望だって職人たちが不思議がってた。まさか仲間内の若いのがやられてたなんてね」
奥さんはまだ怒りぎみだけど、その言葉は同情的なものになっていた。
「エルフは長命であるがゆえに生殖能力に重きを置かない。その分若者は国の宝とも言える。なるほど、物品よりもそちらを優先するわけか」
エルフ先生は納得したみたいだけど、そういうものなの?
っていうか僕たちの話についていけない魔学生がいつの間にか寝てる。
「お腹いっぱい食べて良く寝る子は元気に育つよ」
奥さんはようやく憂い顔を晴らすと寝る準備を始める。
その日は居間で雑魚寝をした。
ミアは奥さんと寝室へ。
ロークは遅くに帰って来てちょっと話をした。
「色分け?」
「そうだ。この国は地区で五つに色分けされておる。赤、青、黄、緑、黒じゃ。元は移住してきた部族を表す色だった」
ロークはドワーフの国の風習を教えてくれる。
「今は統一されておるが、昔は部族が一つずつ城を作って族でまとまっていた。部族の違いはなくなったものの競争意識は残っておってな」
五色の地区は今もあり、道だけは色に関わらないんだとか。
そして五色の城ごとに色分けされた地区に住むドワーフたちは競い合うことがある。
「軍は顕著だ。お前さん黒の城に目をつけられとる。わしらも黒派じゃからここにいることで文句は言われん。ただ他の地区に移動すると難癖をつけるかも知れん」
「それは、えーと?」
「つまりノームの剣が他の派閥に渡る可能性を見過ごさないと」
一緒に聞いていたエルフ先生が確認すると、ロークは頷く。
「長く戦争しとらんからのう。武器は輸出以外は軍が示威目的で装備する。定期的に派閥の地区を軍が行進して装備を誇示するんじゃ。見る分にはいいんだがのう、珍しい武器なんかはそうして見せびらかすために欲しがる」
この説明で僕はようやくドワーフがノームの剣を求める理由を知った。
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