275話:魔窟の森
船に乗って僕はドワーフの国へ行き、ただ入国審査の列に並んでいた。
…………はずなのに。
「エルフ! もったいぶらずにもっとよく見せろ!」
「こら押すな! 踏むな! 乗り上がるな!」
「えぇい! もうこっちに寄越せ! そんな高い所に据えられては見えん!」
関所の部屋に連れて来られたのはエルフの国と同じ。
けど今僕は群がられている。
理由はノームの剣だ。
「すごく目が欲に塗れてるから渡す気にはならないなぁ」
「本当にノームの剣なのか? 吹かしじゃないのか!」
「変なエルフがすごいお宝持ってやって来たってのはここか?」
言ってる間に増えるドワーフ。
ドワーフは小柄なおじさんのような姿で、ノームのように髭と髪が伸びている。
ただ大きさは手で持てそうなノームよりも大きく、人間の子供くらいはあった。
だからって部屋に二十人以上いたら狭い。すごく狭い。
僕は今、椅子から立ち上がれもしなくなってる。
「僕、入国したいだけなんだけど」
「まずは怪しい奴が怪しい物を持ち込んでないか調べる必要がある」
眼鏡かけた入管のドワーフがそれらしいことを言う。
けど眼鏡の奥の目は欲に濁ってるよ。
しかも手元の書類一行も書いてない。
ずっとノームの剣見てる。
「僕がこれを持ってるっていったい誰から聞いたの?」
「ぎく!」
変な声が聞こえた。
見ると部屋の入り口にコブラナイ。
なるほど妖精からか。
やっぱり逃がさずに捕まえておいたほうが良かったみたいだ。
僕は今、フードを降ろしてマントを開いてる。
だから胸元の木彫りが見えてるコブラナイは、目が合うと愛想笑いをしてきた。
「お、おーい、ドワーフの旦那さん方、そろそろやめとけよぉ」
そしてそんな声をかける。
けど誰も聞いてない。
「こっちに寄越せ!」
「いや、こっちだ!」
「おい! さっさと奪っちまえ!」
これはエルフのほうがましかなぁ?
あっちはあっちですごい上からだったけど、こっちはこっちで話聞いてくれない感じだなぁ。
…………うん、上から物を言って話を聞いても気にしないグライフよりましかも。
「俺は金貨二十は出すぞ!」
「馬鹿野郎! 五十でどうだ!?」
「こっちは五十五だ!」
…………勝手に競りっぽくなってる。
「売らないよ。僕は入国をしたいんであって、剣を売りに来たんじゃない」
最初は見せろだったのがいつの間に売れって話になったの?
ドワーフって森とビーンセイズでしか会ってないけど、こんなに話聞かないイメージなかったのになぁ。
アルフの知識を探ってみると、ドワーフは傲慢だと出て来る。
そしてエルフは高慢。
総じてどちらも自尊心が強いらしい。
これ当人たちに言ったら絶対怒られるよ、アルフ。
「とは言え、話しを聞かないのは一緒かぁ」
「いくらだったら売るんだ!?」
「まだ値を吊り上げるつもりか!?」
「ドラゴンのような強欲は身を滅ぼすぞ!」
マントの中のクローテリアが身じろぎをした。
魔学生やエルフ先生とは引き離されたけど、マントの中のクローテリアだけは一緒にいる。
そこに他とは雰囲気の違うドワーフがやって来た。
「貴様ら静かにせんか! これ以上の騒擾は秩序を乱す反乱行為とみなすぞ!」
「げ!? 城から来やがった!?」
「城から?」
僕が聞くとクローテリアがマントの中ら教えてくれる。
「ドワーフの国は五つの城があるのよ。たぶんここから一番近い黒の城から来たのよ」
「偉い人ってことかな。話が通じればいいけど」
クローテリアは何故か沈黙する。
騒いでいたドワーフたちは部屋を追い出された。
武器を持ってるから追い出してるのはドワーフの兵士かな?
「ふむ、確かに妙なエルフだ。何処から来た?」
「ジッテルライヒだよ。一緒に人間の子供たちと大人のエルフがいたはずだけど」
部屋の入り口には追い出されたドワーフが覗き込んでる。
誰も呼んでは来てくれないか。
「その剣は本当にノームが作った物か?」
「そうだけど」
「ジッテルライヒのノームか?」
「違うよ。これは暗踞の森のノームの鍛冶屋が作った剣だよ」
城のドワーフの目が光る。
嫌な予感しかしないなぁ。
「確かに宿る魔力、装飾の意味合い、ノーム独特の炉でこそできる焼きつけの色」
知ってるんだ?
僕より詳しそうだけど。
「ノームが作った剣であると仮定できる」
「それでも仮定なんだね。それで? これがノームの剣だったらなんだって言うの?」
「我が城へ献上しろ」
城から来たと言うドワーフの言葉に僕は脱力した。
「あ、の、ねー。これは僕が貰った物なの。意味もなく渡すわけないでしょ」
「ふん、欲の面の張ったエルフめ。急くな」
え、僕のほうが欲張りに見えるの?
城のドワーフが色々喋り出す。
しかも息継ぎないくらいに、ほぼ髭に隠れた口元がずっと動いてる。
よくあの毛量で平気だなぁ。
なんて考えながら聞き流す。
「以上の褒賞を、ノームの剣を献上する貴様に与えようとの城代によるご高配だ」
言い終わって満足げなドワーフに、聞き流していた僕は首を傾げた。
えーと、なんだっけ? まぁ、なんか優遇してくれるって話だった気がする。
「うん、お断り」
「なんだと!?」
「まず献上ってことは僕が相手より下だってことでしょ? そんなつもりはないから献上しろなんて受け入れられない。それに君の言う優遇は何一つ僕にとって優遇になってない。このドワーフの国で何処かに名前が刻まれるとか、高いお酒を格安で手に入れられるとかどうでもいい」
ましてや報奨金とかいらないし。
何よりずっと欲に目が眩んでるのが見てわかる。
きっと渡しても碌なことにならない。
元は人間を釣るための餌だったけど、ノームが善意でくれた物だしどうせ使うなら森に役立つ形で使いたい。
ここで渡す利点が僕にはなかった。
「うん? そうか、このノームの剣は城代っていうドワーフが欲しがるくらいの値打ちがあるのか…………」
だったら魔王石のルビーを貸してもらうことと引き換えにできないかな?
それならアルフを助けることに一役買うことになる。
余計な優遇を得るよりそちらのほうがいい気がする。
「うん、やっぱり献上はしない。僕は入国するための列に並んでたんだ。これ以上無駄に拘束しないでほしいんだけど」
「こ、こ、この…………高慢ちきのエルフめが!」
あ、アルフが思ってるだけじゃないんだ。
ドワーフからみてもエルフって高慢なイメージなのか。
聞き流す間に城のドワーフが怒ってる。
一緒になって他のドワーフも騒いですごいことになった。
「うるさいなぁ。そんなに欲しいなら自分で森に行ってノームに作ってもらえばいいじゃないか」
「誰が行くかあんな魔窟!」
「森という名の危険地帯に踏み込むのはただの無謀じゃ!」
「怪物も悪魔も消えたとは聞かんぞ!」
「まともな判断力があれば森になぞ生涯近づくものか!」
ひどい言われようだ。
そしてドワーフって案外正直だな。
エルフみたいに言葉を飾らないからわかりやすい気がする。
「けどちょっとひどくない?」
「気持ちはわからなくもないのよ」
「クローテリアは自分で来た上にノームに迷惑かけたでしょ」
「地下はいくらかましだったのよ」
僕はちょっとマントを上げてクローテリアを見る。
応じてクローテリアは僕の腕の下からこっちを見上げた。
全く悪びれた雰囲気ないなぁ。
そう言えばノームから宝を盗んでるとんでもない相手だった。
「そう言えばなんでずっと隠れてるの?」
「逆になんで隠れないと思うのよ?」
ここでも何かしたのかな?
聞く限りドワーフと関わってなさそうだったのに。
そこで僕は周囲の異変に気づいた。
「…………あれ? なんでいきなり静かになったの?」
突然騒がなくなった?
ノームの剣諦めるとは思えないけど。
不思議に思って顔を上げると、ドワーフたちが固まってる。
その視線はクローテリアに釘づけになっていた。
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