273話:経過報告2
魔法陣の描かれた布の上に座って、僕はアルフの幻影と向かい合っていた。
「で、そのシーサーペントと一度追い払われたのに追って来た海馬たちは?」
「ネレイアデスっていう海の妖精が来てくれて、僕のことを妖精たちが話したら寄ってこなくなったよ。シーサーペントは向こうから近づいて来たから倒した」
今はもう船を下りて宿にいる。
エルフ先生が魔学生を引率して社会科見学に行ってる間に僕はアルフに連絡を取っていた。
ネレイアデスはシュティフィーたちドライアドの海版みたいな妖精だった。
足元は海に溶け込んでいて体色は海を表すような姿の美人だ。
「それで仲良くなって、海で溺れても波が陸地に運んでくれるって加護を貰ったよ」
「そう言えば水関係の加護って与えてなかったな。次戻ってきたらこの状態でも加護増やせるかやってみよう」
「それより上手く行ってないっていう精神の繋がりどうにかしたほうがいいんじゃない?」
「うーん、実は上手くいってないのってフォーレンが成長して精神力強くなってる可能性もあるんだよな。精神繋げたのってフォーレンが乙女の誘惑に引っかからないようにするためだったろ?」
「生殖に関する欲望をアルフの力に変換するためって理由もあったけどね」
「そっちはできてるんだよ。だから無理にまた精神を強く繋げる必要はないかなって」
「正直こうやって準備しなきゃ話せないの不便じゃない?」
「…………確かに」
アルフは真顔で頷いた。
慣れると思い浮かべるだけで話せるの楽なんだよね。
特に僕はスマホなんかの情報媒体で即時通信に慣れてるから余計に。
なくなるとすごく不便な気がするんだ。
「ま、戻って来てからそっちももう一回やるか。それで? ネレイアデスが出て来たなら人間たち騒いだだろ?」
「良くわかったね。航海安全の縁起のいい存在だって船の人たちが喜んでたよ」
実際その後は問題なく航海できた。
普通ならシーサーペントに目をつけられた時点で船沈められて終わりだったらしい。
けど追って来た海馬やアハイシュケに船を牽かせて予定より早く着いたくらいだ。
うん、二頭くらい海なら勝てると思って挑発して来たから、船にあった荒縄借りて捕まえた。
もちろん一仕事終えたら解放して、その後は寄ってこなかったけど。
「そうそう、船長に呼ばれてネレイアデスの加護受けたことをお祝いしてもらったんだけど、その時海がおかしくなったって話を聞いたよ」
「うん? 人魚の予言と関係するか?」
「違うよ、アルフが封じられた時の異変だと思う。突然凪になって波さえ消えたって。怖がって幾つも船が港を離れたなくなってたんだって」
「あ、そういうことか。そんな影響あったんだな」
「今は船動いてるけど、原因もわからないし船乗りは警戒してるらしいよ」
だから僕がネレイアデスと親しい姿にひどく喜んでた。
特に船の人たちに加護がついたわけじゃないけどね。
「今リートゥーバって国にいるけど、シーサーペントの死体全部好きにしてって言ったら、船長がドワーフの国までの馬車と関所の通行手形を用意してくれたよ」
元々ランゲルラントの人だけど、伝手を総動員したそうだ。
宿も道中船長やその知り合いの顔が効く所を教えてもらった。
お蔭でこの宿は一人一部屋使わせてもらえることになってる。
「それで思ったんだけど、もしかして妖精王に何かあると、世界中の妖精に影響があるの?」
「そりゃもちろん」
もちろんなんだー。
「なのにアルフ今まで全然危機感なかったの? っていうか僕に会った時も死にかけてたよね?」
「ちょっと混乱起こるだけだって。それに俺が封じられた時は、妖精王が消失したわけでもないのに存在を感じ取れなくなったっていう特殊な状況で騒ぎが大きくなっただけでな」
「僕と出会わずに消えるのと何が違うの?」
「ちゃんと消えたらそうわかるんだよ。それにこの状態なら消費する力も少ないから、すぐに次の妖精王が生まれる」
アルフの幻影が小妖精の姿になる。
魔法陣で姿を作ってるだけだからだろうけど、なんだか器用だ。
「もう。今消えたら大変なことになるから気をつけてよ」
「わかってるって」
軽いなぁ。
そこがいいところでもあるけど、今はそれが不安になる。
「ま、こんな危ない封印なんて魔王さえ作って使わなかったんだから、悪魔以外やらねえよ」
「どういうこと?」
「妖精が魔法に影響してるのを魔王はわかってた。だから表立って妖精に攻撃はしなかったんだよ。…………結局は妖精女王のほうから宣戦布告したんだけどな」
アルフは寂しげにそう言った。
どうやら魔王なりに妖精との敵対は不本意なことだったようだ。
妖精側も宣戦布告に至る理由があったみたいだし、後でエルフ先生にでも聞いてみようかな?
「その時って今のアルフじゃないんだよね? 前の妖精王も戦ったの?」
「おう。妖精女王に戦う力はほぼないからな。戦うとなれば妖精王が妖精女王に代わって陣頭指揮取るんだ。…………まぁ、直接対決は避けたみたいだけどな」
別人だからか、アルフは何処か他人ごとで呟いた。
妖精王は妖精を統制する力があり、妖精女王は妖精を生み出す力がある。
役割分担ができているようだ。
「こんな封印使って俺に喧嘩売るなんて、流浪の民は魔王が負けた意味わかってないんだろうけど」
「そう言えば、オイセンが変な結界張った時に言ってたね。妖精女王が人間の魔法を助けてたからできたすごい魔法だって」
「そうそう。妖精女王と対を成す俺を攻撃したら、すぐに妖精は手を貸さなくなる。そこを流浪の民はあんまりわかってないんじゃないか?」
それってアルフが五百年引き篭もってたからじゃない?
妖精のありがたみってやつを知らないのは魔学生でさえそうみたいだし。
五百年の間に忘れ去られてしまったんだろう。
「封印使ったのは悪魔だけど、悪魔も魔法使うよね?」
「あぁ、妖精気にせず魔法使えるのは悪魔と幻象種だけだな」
あとは例外的に魔法を使えない獣人も困らないんだろうな。
ピンポイントで人間が困るのか。
だからライレフはアシュトルに力を削られてすぐ封印をアルフにしかけた。
「悪魔って思ったより迷惑だね」
「今さらだなぁ」
「あと、妖精のせいで人間が強かったなら、グライフが妖精嫌う理由わかった気がする」
「あいつは単に妖精の陽気さが嫌いなんだよ。まぁ、人間と宝取り合うグリフォンってこともあるんだろうけど」
アルフは肩を竦める。
あれ?
ということは昔って人間は強かったの?
力で敵わない人間が幻象種相手に強力な魔法を使ってたとか?
…………僕、引き篭もりのアルフが妖精王の時代に生まれて良かったなぁ。
「そうか、どうしてエルフが南の山脈越えてまで国を変えたのかと思ったら」
「それは魔王の勢いもあったけどな」
「でも人間を脅威だと思ったんでしょう?」
「まぁな。西のエルフの国はすでに参戦してて、ニーオストのエルフの国は無傷だったんだ。で、西のほうから情報が色々入ってたらしい」
負けたら大変なことになるとか、エルフの街も襲われて瓦解したとか、何より魔王は使徒でかつて幻象種を震え上がらせた神の使いだとか。
ともかくエルフとしては逃げられるなら逃げたほうがいいという判断だったようだ。
「そう言えばエルフ王は今も神を恐れてるよ」
「…………だろうな。エルフは人間と違って覚えてる」
アルフがまた寂しそうな顔をする。
「アルフさ」
「うん?」
「もし魔王が復活しても戦いたくない?」
「いきなりどうした?」
「うーん、なんとなく」
「戦いたいかどうか関係なく、今動けないぜ」
「そうだね。僕も流浪の民には怒ってるから魔王復活は邪魔するつもり」
魔王石を封印に入れるのもその一環だ。
ついでに流浪の民が取り出そうとするなら、その時に封印が解けることも期待してる。
「アルフは魔王が悪いとは思ってないでしょ?」
「悪いところはあったさ。だから妖精女王は参戦した。ただ、まぁ、確かに悪いだけじゃなかったって知識はあるんだ」
アルフのほうこそ覚えてるからこそ、魔王を悪と断じることはできないみたいだ。
僕が聞く限り分別はある。
妖精王を殺せる封印を作ったのに魔王は使わなかったし、使わないだけの理性があったように思う。
「けどな、フォーレン。流浪の民が復活させるのが本当に魔王だとは限らない」
「そうか。流浪の民のやり方じゃ復活しないんだっけ。けどそしたら何が出てくるんだろ?」
「良くて魔王石に残った残留思念。悪くて魔王石の大暴走が複数ってところかな」
「うわ、よくわからないけど面倒臭そうだね」
「失敗すれば流浪の民全員がただの殺戮者になる」
「怖いよ!?」
「うーん、極論だけどな。依代は用意するみたいだしそこまでにはならないだろ。依代やる奴が爆発四散でもしない限り」
訳がわからない。
それどういう状況?
いや、深くは聞かないでおこう。
「後は魔王石にくっついてる怨念とか妄執なんかが一つに固まって疑似人格作るくらいか」
「それはどうなるの?」
「依代乗っ取られてとんでもない根性曲がりが生まれる」
わー、碌なことにならないのはわかった。
そんな話をしていると、ドアの低い位置が叩かれる。
「帰って来たのよ」
「はーい」
クローテリアはまた番犬よろしく扉の前で伏せてもらってた。
「フォーレンの冒険が見えないって暇だな」
「そんなこと言わずに気をつけてね」
「おう、俺よりやる気な奴らいるから大丈夫だって。フォーレンこそ、今魔王石持ってるんだから変な事件に巻き込まれないよう気をつけろよ」
「それもそうだね。うん、気を付ける」
アルフが消えて、僕は魔法陣を直すと扉を開けた。
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