272話:船内授業
まだ船旅が続く中、僕たちは船室に集まっていた。
「それでは今日はドワーフという幻象種について講義を行う」
エルフ先生が前に立ち、僕は魔学生と並んで授業を受けることになっている。
「まずマ・オシェの成り立ちについておさらいだ。これはジッテルライヒにある文献にもある。七千年ほど前に山の洞窟を住処にしたドワーフの一族が始まりだ。東の大陸から海を渡ったと」
「エルフ先生は行ったことないのかよ?」
ディートマールは先生が話しだした途端、話の腰を折った。
けどエルフ先生は西のトラディシャールデ出身だし、疑問は僕も思ったことだ。
「ない。何年前だったか? 百、いや、二百は行っていないはず…………。ともかくそれくらい前に一人西のエルフが徒歩でマ・オシェを過ぎて南のニーオストに行ったと聞いたくらいだ」
それってユウェルのこと?
そう聞く前に次の話に進んでしまった。
「七千年前はただの洞穴だったという。それをドワーフが鉱脈を見つけて掘り続け、今では広大な地下の国となっている」
「先生、行ったことのない国の言葉がわかるんですか?」
ミアが通訳も兼任するエルフ先生に不安を交えて聞く。
おさらいに身の入らない生徒を前に、エルフ先生は順序を重視せず生徒の疑問にそって授業する方針に変えたようだ。
「それを説明するためにはまず、精神体と物質体の意思疎通における大きな差異を前提にする。マルセル。精神体はどうやって他種族と意思の疎通を行う?」
「えっと、心が読めるから?」
「それは正しいとは言えないが間違ってもいない。心を読むと同時に相手に心を伝える手段を持っている。そのため精神体に言語による疎通の不自由は生じない」
おー、十代半ばでずいぶん真面目な授業風景だ。
僕が人間だった時どうだろう?
思い出せないなぁ。
「ではテオ。物質体が同じことはできるか?」
「無理です。心を読む魔法は相手の精神を歪ませてしまうので禁忌になっていますし、やっても歪んだ心の中しか読めません」
え、怖…………。
人間は魔法が下手って聞いてたけど、そんなに?
「一応君にも聞いておこう」
エルフ先生はどうやら見学の僕も授業に参加させてくれるようだ。
「妖精と仲が良いならどれほど心を読んで意思の疎通ができるかわかるか?」
「相手の心の表面が読めるって聞いたよ。僕は考えすぎてて読みにくいらしいけど。たぶん素直なほど読みやすいんだと思う。だから妖精は嘘のない素直な子供が好きなんじゃないかな?」
「まぁ、そのとおりだ。つまり妖精のような精神体は思いを持つ相手であればその言わんとしているところを知る能力がある。反対に物質体である人間はそうした精神に干渉する力を持っておらず、魔法において再現しようとしても上手く行った例がない」
僕はエルフ先生の説明に魔学生と一緒になって頷く。
「そして幻象種は人間に比べれば精神体に近く、妖精に比べれば物質体に近い。その性質のため、種族ごとの差異はあるものの、概ね精神を通わせることによって意思疎通が可能となる」
「あれ? でもエルフ先生ってジッテルライヒに来てすぐは喋れなかったって聞いたよ」
マルセルが疑問を零すとミアが一つの推論を口にした。
「先生、もしかしてその精神を使った意思疎通は幻象種同士でしかできないんですか?」
「少し違う。言い換えると、人間以外とは通じるということだ」
「えー! なんで俺たちじゃ駄目なんだよ!」
「まず人間の思考は自らさえも惑わす怪奇さを持つ。そして精神体部分が露出していない物質体では魔法さえ訓練を要するからだ」
「えっと、つまり人間は獣より賢いから読みにくいの? だからってなんだかずるいなぁ」
テオが妙な曲解をして納得した。
賢いうんぬんは置いておいても、魔法の訓練が必要とかって話からなんでそうなるの?
「あ、もしかして意思疎通の仕方だけじゃなくて魔法も人間と幻象種だと使い方が違うの?」
「違う。まず人間は物質体に覆われた精神体部分を使う練習をする」
「精神体部分?」
「幻象種は生まれながらに精神体部分と物質体部分が交わっている。これはわかるか?」
そう言えば幻想種は両方の性質があとと言われたことがあった。
「人間はこれが完全に分かれている。だから肉体を使えば生きられる。精神体部分を鍛えることをしないのが普通だ。ただ魔法使いは精神体部分を鍛えなければならない。何故なら魔法は精神体部分で使うからだ」
「へー」
それは初耳だ。
僕の感心した声にエルフ先生は苦笑して自分の経験を話してくれる。
「幻象種はそれを意識しない。私も教える側になって初めて知った」
「なるほど。なんかやればできちゃうもんね」
「「「「ずるい!」」」」
本当のことなのに魔学生にブーイングされた。
魔学生からすればずるいのかな?
うん、学校行かなくても魔法が使えるって考えれば僕も幻象種で良かったと思う。
リッチには児戯って言われたけど、使えないより使えるほうがいい。
「脱線したが言語の話だ。幻象種と同じやり方が人間にできないことはわかったか?」
「「「「はーい」」」」
「でもドワーフ語とかエルフ語ってあるよね?」
アルフの知識を元に言うと、エルフ先生が頷いた。
「エルフもドワーフも幻象種の中では物質体に近い。そのため細やかな意思疎通が必要な際には言語を使用する」
「あー、そう言えばそんな感じかも。あれ、けど言語って西のエルフやドワーフとは?」
「違っている。エルフは比較的通じるが、マ・オシェは西と七千年前の断絶があった。ほぼ違う言語になっていると聞いたことがある」
「へー。でもエルフ先生が通訳として引率するならわかるんだ?」
「人間が意思疎通を試みるよりはましな程度には」
「ふーん、ってそう言えばエルフ先生は他の幻象種と喋れないって聞いたよ」
今いる魔学生たちを指していうと、エルフ先生はちょっと視線を逸らした。
「喋れないわけではない。ただ、あまり得意ではない。私たちエルフも妖精たちは読みにくいと言う。同時に私たちエルフは伝えにくい」
「良くわからないけど。クローテリアの言葉わかるでしょって、あ、伝えにくくても聞けはするのか」
僕の思いつきにエルフ先生は頷く。
その瞬間、船に咆哮が轟いた。
「なんだ今の!?」
「今…………、餌って言ったね」
ディートマールの後に、聞こえた言葉を訳す僕に魔学生たちがギョッとする。
そこに走りながら注意する船員の声が近づいて来た。
「シーサーペントが現われた! 全員衝撃に備えろ!」
そして僕たちの船室の扉が叩かれる。
「船長より協力要請が! シーサーペント討伐に参加してください!」
「わかりました」
エルフ先生が答えると、魔学生もすぐに立ちあがる。
「協力要請?」
「ランゲルラントとジッテルライヒの約定に魔法学園関係者はランゲルラント国内での非常時に戦闘参加をすることとなっている」
「ここ海だよ?」
「船の上は船が属する国の国土と同じ扱いなんだ」
へー、そんなことまで決まってるんだ。
僕は感心しながら一緒に甲板へと上がった。
海の向こうには暴れるシーサーペントが吠えたててる。
龍って感じの体だけど、光ってたり鰭が波打ってると太刀魚思い出すなぁ。
「ふははは! 逃がすか餌箱!」
「完全に船を食糧庫だと思ってるのよ」
クローテリアもシーサーペントの言葉にげんなりした。
「あ、そう言えばエルフ先生。僕知識だけはあって言語の理解いらないんだけど、それって喋りやすさに影響する?」
「するだろう。意思疎通の能力は基本的に四足…………君のような者のほうが高い。そうした相手には私たちも念じるほうが早い場合がある」
生徒じゃないのに丁寧に答えてくれるなぁ。
そして魔学生には僕の正体言わない方向か。
「フォー、お前実は勉強好きなのか?」
「シーサーペントが目の前にいるのに何を呑気に」
ディートマールとテオが呆れる。
マルセルとミアは聞いてなかったみたいでこっちを見た。
「なんの話? ところでさ、シーサーペント遠くて魔法届かないよ」
「フォー、先生とお話ししていたの? 何か倒す方法知ってる?」
「えーとね、獣とかの幻象種はだいたい鳴き声に込めて言いたいことを念じれば意思疎通ができるんだって話」
僕がそう答えるとテオが唇を尖らせる。
「なんだよそれ。もしかしてあいつ、吠えながら何か言ってるの?」
「完全に船には食べられる人間がいるって知ってるみたいだよ」
「げ! まずいじゃねぇか! この船逃げられるのかよ!?」
甲板を走り回る船員はなんとか風を捕まえてシーサーペントから離れようとしている。
「なんか大昔からそういうふうに会話してたから、幻象種だったらそれで通じるらしいんだけど」
「本当にフォーって呑気だよね。シーサーペントだよ?」
「僕あんな生き物初めて見たよ。あ、そう言えば海も初めて見たんだった」
グライフと行くって約束だったのに。
まぁ、海路を使うのはグライフも聞いてたのに何も言わなかったしいいのかな?
「フォーはなんでも知ってるようで、知らないこともあるし、よくわからないこともあるのね」
そう言うミアこそわからない顔で僕を見る。
まぁ、けど僕も言ってて良くわからない。
ただ、あのシーサーペントが僕たちの敵だってことは確かだった。
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