269話:ランゲルラントの港
本当は競技大会が終わってすぐ移動するつもりだったんだけど。
「ずいぶん長居しちゃったなぁ」
「競技大会終わってから三日しか経ってないぜ」
「フォーはいったい何をしにジッテルライヒに来たの?」
呆れるディートマールと核心を突くマルセル。
「魔法学園は興味あったけど、見れたらそれでいいかなって。中に入って授業の様子も見れるとは思ってなかったんだよ」
「どうせなら地下の探索にも名乗りを上げてくれれば良かったのに」
「そうそう。そしたらあの骨の魔術師のお宝見つけられたかもしれないのにさぁ」
ミアに続いてテオが心底残念そうに言った。
しないよ。
本当は競技大会の夜に封印の石壊して引っ越す予定が、あのリッチには僕がいる間だけ待ってもらってたんだし。
「この関を通ったらランゲルラントだ」
馬車を操るエルフ先生がそう告げた。
僕たちは今ジッテルライヒを離れて隣国に向かってる。
さらに隣国のランゲルラントから船に乗って南下する予定だ。
「これが授業の一環であることを忘れないように」
関所での待ち時間、エルフ先生の注意を受ける。
僕は生徒じゃないんだけどなぁ。
何故こうなったかというと、競技大会で入賞したからだ。
その特典の中に望む場所での野外学習というものがあった。
「学習ってもっと計画性あるんだと思ってたんだけどな」
僕の呟きにエルフ先生がもの言いたげに見てくる。
「いつもならそうだけど、今回はフォーが先を急ぐって言うからだろ」
「フォーの予定に合わせて自分たちも慌ただしく出発することになったんじゃないか」
「いや、僕がマ・オシェにいくのは最初からの予定だから。なのにその僕に合わせて野外学習許可するなんて対応が早いなって」
押し切られる形で一緒に行くことになったけど、それを許可したのは魔法学園だ。
危ないと言ったんだけど、深く理由も言えず同行することになった。
「君に大変な魔法の才能がなければこんな特例許されなかった…………」
エルフ先生が諦めたように言って首を振る。
引率の先生としてエルフ先生が選ばれたのは、ドワーフと言葉が通じるかららしい。
本人が嫌がってたのは見たけど、こっちも押し切られたようだ。
「妖精王に気に入られれば人間でもできるんだし、僕についてこなくてもいいじゃないか」
「そう言ってしまったからこうした特例が生じたんだ」
「どういうこと?」
エルフ先生がまた溜め息を吐くと、クローテリアがエルフ先生に声をかけた。
「こいつはお前が思うよりずっと若いのよ。見た目どおり子供なのよ」
「そんな気はしていた…………。いいか、妖精王とは人間と共に幻想種も交流が絶えて久しい。そんな中、妖精王に気に入られたと明言し、証明のように妖精に愛された存在が理屈のわからない魔法を連発する」
「言い方酷くない?」
「はっきり言わないとわからないのだろう?」
エルフ先生が投げやりだー。
「そして人間にも可能だという。であれば、いかにして妖精王に気に入られるか。その人間にも可能な魔法をどうにか習得できないか。そう考えるのはわかるか?」
「あ、なるほど。つまり僕と仲のいいこの魔学生を通じてその方法を盗み取れないかってことか。なのに僕が逗留を嫌がったから少しでも一緒にいる時間を伸ばそうとこうして特例を?」
「…………その聡明さはどういうことだ?」
エルフ先生が今度は古語で話しかけて来た。
僕が本能に忠実な四足の幻象種と知ってるからってことかな?
「妖精王に気に入られて本能に負けないようにしてもらったから、かな?」
「本当に妖精王に会いたいなら、まずあいつの馬鹿みたいな思いつきで身も心も死なないよう鍛えるべきなのよ」
クローテリアが酷い言いようだ。
そしてエルフ先生は頭を抱えてしまった。
関所を抜けて港へ向かう途中、馬車に近寄る黒い馬がいた。
「あ、パシリカ」
「あのプーカか! 馬! そう言えばこんな馬いた!」
ディートマールが騒ぐと他の魔学生も近寄る黒馬に手を振る。
「害はないだろうな?」
「大丈夫。助けたこの子たちに恩返しする方法考えてるくらいだから」
確認してエルフ先生は馬車を止める。
するとパシリカまた僕の姿になって話しかけて来た。
「守護者に言われてよく観察して考えたよ」
「そう、恩返し決まった?」
パシリカが頷くと、魔学生が期待の目をする。
エルフ先生だけが不安そうだ。
パシリカが金の杯を取り出すと、中にはいい匂いの液体が満ちている。
でも僕が飲んだ物より蜂蜜のような濃い匂いがする気がした。
「確かに自ら目的を遂げる意思はあるよ。でも、無鉄砲で臆病で誘惑に弱く情に流されやすい」
パシリカはどうやらジッテルライヒでの行動を観察していたようだ。
「守護者の足を引っ張るし、その割に反省はない。格上を見定める目も養われてないし、全くと言っていいほど危機感がない」
僕と一緒に地下に行ったことも知ってるみたいだ。
貶されて魔学生は不機嫌になるけど、エルフ先生はこっそり頷いてる。
確かに僕と一緒に危険な目に遭ってるのに、こうしてまた一緒に行こうって言うのは危機感がない。
というか、正直未熟すぎて命の危険を理解してないようだ。
「生まれながらの力を無駄にしてるのに危機感のないこういう奴もいるのよ」
クローテリアは僕を尻尾で指して茶々入れないで。
「お前何しに来たんだよ!」
「悪口言いに来たの!?」
「自分たちを甘く見るな!」
「言われるほどひどくはないと思うわ」
うーん、自覚がない。
「ちなみにエルフ先生、この子たちは魔法学園でも腕はいいほうなの?」
「子供故に判断能力に難はあるものの、このまま成長すれば人間の中では有数の魔法使いになる可能性はある」
エルフ先生の肯定に魔学生が胸を張る。
人間の中ではって部分は気にしないんだなぁ。
とは言え人間も手ごわい。
けど突発的な状況での危険性は幻象種のほうが高いと思う。
「…………逆に僕、人間相手に気を抜きすぎかな?」
「森で飛びかかって来る人狼に対処するのと同じ心持ちで人間の街にいるほうが問題なのよ」
「は!?」
わかったエルフ先生だけがクローテリアに驚き、パシリカは気にしない。
森よりも気を抜いてていいってことなら僕も気にしないでおこう。
「それで、パシリカ。どんな恩返しをすることにしたの?」
「無鉄砲が果敢に、臆病が慎重に、誘惑への弱さが探求心に、情の流されやすさが博愛になる前に死んでは意味がないと思ったんだよ」
魔学生はまだ成長途中。
未来性があっても死んでは意味がない。
「だから、死を逃れる幸運を」
パシリカは金の杯を差し出す。
最初に恐れず受け取ったのはディートマールだった。
パシリカが新たに金の杯を出すとテオが手を伸ばす。
続いてマルセルが受け取り、最後にミアが受け取った。
「お、うめぇ」
「あー! 金の杯消えた!」
「なんだろう? すごく安らか」
「胸が満たされるような」
テオだけ悔しがってる。
「これで危険なマ・オシェに行っても死にはしないよ」
「まだ本当に危険になるかは」
パシリカは真顔で僕を見た。
そこには確信がある気がする。
「…………何かあったんだね?」
「ドラゴンが消えた」
ドラゴンって、あの南の山脈にいる?
僕がクローテリアを見ると鼻を鳴らす。
「ふん、姿をくらましただけなのよ。宝を置いて逃げるような奴じゃないのよ」
「ドワーフもそう思ってる。だから捜してるけど、何処にいるかわからないからドラゴンの巣穴の中には入ってないよ」
ドワーフの国ではドラゴンが行方不明になったらしい。
確かドワーフの策略で埋められて身動きが取れなかったはずだけど。
いつの間にか抜け出す方法を編み出していたようだ。
「そう簡単に見失う大きさなの?」
「そんなことはない。大抵の建物よりも大きい」
なのにドワーフが捜してもドラゴンは見当たらない。
どうやらドワーフの国でも面倒ごとが待っていそうだった。
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