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268話:手加減失敗

「いったいあいつに何をした!?」


 僕は今、貴族の魔学生に掴みかかられてる。

 振りほどくのは簡単だけど、ちょっと考えごとをしているので放置してた。


「何もおかしなことはありません。私は自らの罪を自覚し、安易に己を甘やかし他に危害を加える悪なる道を歩む愚かさを悟ったのです」


 そう語るのは倉庫で僕の見張りをしていた魔学生。

 うん、本当に悟ったような目をしてる。


「さぁ、共に悔い改めましょう。罪の償いに遅いということはないのです。許しを得られぬのなら、得られるようなお努力を続ければいい。まずは一歩、自らの内にある悪を見つめることから始めましょう」

「よ、寄るな!」


 貴族の魔学生が戦く。

 そして僕を睨む。


「何をしてこいつを狂わせた!」


 あー、狂ったように見えるんだー。

 改心しただけなんだけどねー。


「やっぱり妖精王の作る薬なんて碌なことにならないのよ」


 僕の肩のクローテリアが諦めたように言う。

 でもこれは成功したほうだと思う。

 ビーンセイズでのことを思えば原液一滴だとすごいことになってたし。


 今回はその反省を踏まえて薄めたから、ちゃんと改心薬の名に恥じない結果を示している。

 森のドワーフが作った焼き物の水筒が自販機のペットボトルくらいの容量で、それに一滴を薄めて一口飲ませることでこうなるようだ。


「こちらです。この学生がどうも、えー、様子がおかしく」


 エルフ先生が他の先生を連れて来た。


 すでに競技大会は終わってる。

 貴族の魔学生の嫌がらせの言質は取ったし、邪魔しちゃ駄目だと言って終わるのを待ち一緒に戻って来た。

 そしたら貴族の魔学生を説得しようとし始めてこの騒ぎになっている。


「何があったんだ? 様子がおかしいとはいったい?」

「はい、全ては私の罪でございます」


 先生に答えただけでなんかドン引かれた。

 普段どれだけ悪い子だったんだろう?


 実際改心薬を飲んだ量なんて微々たるもののはずなんだけど。


「い、今、妖精が…………そいつがしたことを…………」


 たぶん幻象種だろう魔学生が貴族の魔学生に耳うちをしている。

 どうやら妖精から僕が薬を飲ませたことを聞いたらしい。


「やっぱりお前の仕業か! こいつを今すぐ捕らえろ! 先生! こいつが犯人です!」

「いいえ、全ては欲に目の眩んだ愚行の末に無体を強いたためです。これが報いであるなら、私はなんと幸福なのでしょう。自らの罪を償う機会を与えられた。その慈悲に感謝しましょう」


 澄んだ目で見られた貴族の魔学生も先生も身を引いてる。


 そっか。

 自分が悪いってことを自覚するような薬だったんだ。

 だから原液飲ませた人間たちは気持ち悪いくらい自虐的になったんだなぁ。


「ところで君、その尻尾は狐?」


 妖精の声を耳打ちした幻象種に僕は声をかけた。

 声かけたら尻尾を股の間にしまい込む。

 いや、それでもまだ見えてるよ?


「…………君は僕の敵かな?」


 確認をすると、耳まで狐になってぺったりと下げ、いきなり涙目になってる。


 否定するように首を振る度に狐の髭が生えたり、毛皮や肉球ができたりして、最後には本物の狐になって逃げて行った。


「まだ何もしてないのに」

「獣なりに力量差と本気を察したなのよ。どうせ敵なら一緒に潰す気だったのよ?」

「幻象種相手ならこっちのやり方でいいかと思ったんだけど」

「おい! 今度は何をしたんだ!?」


 逃げた狐の姿に貴族の魔学生が声を裏返らせて聞いて来た。


 その間に先生たちも騒ぎ始める。


「これが本当に薬剤による効果か!?」

「く、何をしても治らないだと!?」

「こんな強力な薬をエルフはどうやって!?」

「…………妖精王からの賜り物のようです」


 エルフ先生が顔を背けてそう報告する。

 たぶんクローテリアの言葉を聞いてたんだろう。

 ただエルフ先生の言葉で場は余計に混乱したようだ。


「こんなことをしてただで済むと思うな! すぐにでもお前を罪人として引っ立ててやる!」


 貴族の魔学生はまだ強気だなぁ。

 あ、いや、よく見ると震えてる。

 ってことは恐怖の裏返しで強がってるのか。


「力の差を理解したなら穏便に済ませるのも一つの知恵だと思うけど」

「偉そうに! 尊い血筋の僕が冒険者なんかに頭を下げられるか!」


 違った、ただの意地だ。

 貴族だろうと冒険者だろうと命は一つなのにね。


 貴族の魔学生に近づこうとしたら、クローテリアに頬っぺたを突かれる。


「殺さないんじゃなかったのよ?」

「あれ? 僕やる気だった? うーん、やっぱり手加減って難しいなぁ」

「どうするのよ?」

「それならやっぱりこれかな?」


 薬を取り出そうとしたら、その動きに貴族の魔学生が叫ぶ。


「誰かこの無法者を捕まえろ! 役人に突き出せたなら望む限りの報酬をくれてやる!」


 辺りに響く裏返った声には必死さが滲み出てる。

 けど先生は改心した魔学生に付きっ切りで、エルフ先生だけが周りの動きに気づいてこっち見ただけ。


「待て! 早まるな! 自殺行為だぞ!?」


 開口一番それなの?

 殺さないって。

 エルフ先生までひどいなぁ。


 この状況で魔学生は動かない。まぁ、二の舞になるだけだしね。

 動いたのは競技大会の助っ人だった。


「えーと、ここって正当防衛とかあるのかな?」

「やられたらやるなんてそんな後手に回ってどうするのよ?」


 そうか。法律とか考えなければ相手が先に手を出したからなんて言い訳いらないんだ。

 なんて言ってる間に周りを囲まれた。


 魔法の腕に覚えのある者が集まっているので、貴族の魔学生は勝利を確信したのか引き攣りながらも笑う。

 勝った気になるのはまだ早いはずだけど。


「…………あれ? 敵意が」


 ないって言おうとした時には、すでに周りを異様な熱気が包んでいる。

 その気配にクローテリアも危機感を覚えたようだ。


「こいつらおかしいのよ!?」


 うん、欲に目が眩んだような顔してる。


 身構えた時、包囲が縮められた。


「妖精王の賜り物とはなんだ!? もしやその手に持っているそれか!?」

「そこの魔学生が魔法を使えなくなったのも君の仕業か!?」

「いったいどうやった!? それも妖精王が関わっているのか!?」

「頼む教えてくれ! これは大変な魔法理論の新事実になるぞ!」

「その秘術を伝授していただけるなら望む限りの報酬をお約束します!」


 えー?

 そっちー?


 予想外なのは貴族の魔学生も同じらしく、僕を囲む人垣の向こうで茫然としてる。

 さらに出遅れた助っ人が僕の包囲に加わって貴族の魔学生は押しのけられた。


「こちらは妖精王への口利きで手に入る薬なのか!?」

「あれほど強力な薬なら呪いを落とし込んだのか!?」

「よく見るとその身に纏う装飾! それも相当なものと見た!」

「頼む! 一度魔法を打ち消す技を見せてくれるだけでいい!」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 待って、包囲を縮めないで。


 あ、貴族の魔学生が押されて転んだ。

 誰も助けないなぁ。

 貴族の魔学生自身も予想外の成り行きにまだ茫然としてるから起き上がってこない。


「頑張れなのよ」

「逃げないでよ、クローテリア!」


 僕を置いてクローテリアは飛び立つ。


 包囲する大人たちの狙いは僕なので、クローテリアの動きなんか気にしない。


「は、そうか! 解毒剤を持っているのでは?」

「そうだ! 冒険者の君! どうか解毒剤を!」

「いや、いっそこのままのほうが人間としては正しいのでは?」

「本来の性格をここまで変えられていては逆に正しくなどなかろう」


 うわ、先生まで来た!

 しかもなんか言い合いしながら。


「ごめん、ない! ないから寄ってこないで!」


 そんなのアルフ用意してないよ!

 って言ったのに僕に教えを乞う人たちの声で掻き消されて聞こえてないっぽい。

 お願いだから一緒になって包囲を縮めないで!


 身長高い分、大人のほうが角刺さる危険性高いんだから!

 エルフ先生の言うとおり自殺行為だよ!?


隔日更新

次回:ランゲルラントの港

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