260話:魔法学園七不思議
「さて、真っ暗だけど地面はしっかりしてるね」
自分の手さえ見えない真の闇の中、下のほうから魔学生の呻きが返った。
滑り台から投げ出されて着地できなかったんだろうな。
「痛た、本当だわ。地面が硬い」
「ミ、ミア、何処にいるの? うわ! ここなんか柔らかくて温かいよ!?」
「おい、マルセルか!?俺の上にいるのは!」
「そういうディートマールは自分の上だって!」
つまりテオが潰れてる?
このままじゃ魔学生に怪我が増えそうだ。
「まだ動かないで。灯りつけるね」
滑り台の行きついた先だからここは地下だ。
だったら酸素を消費するのはまずい気がする。
僕は魔力を発光させるだけの光の玉を作り出した。
魔力を電池代わりに消費し続けるけど真っ暗よりましだ。
「あれ? クローテリア?」
近くにいるかと思ったら光の縁で黒い尻尾が揺れていた。
僕たちと違って暗闇でも平気で行動できるらしい。
「クローテリア、どうしたの?」
「…………こんな所、知らないのよ」
なんか不穏なこと言ってる。
「ここって地下じゃないの?」
「あたしが潜った所と違うのよ。それにここは…………手入れがされているのよ」
「え?」
驚いて光を辺りに向けると、ようやく立ち上がった魔学生たちも灯りを追って見回した。
どうやら四方を石に囲まれた通路で、前後には廊下が続いている。
古くて傷んではいても確かに通路として保たれているし、崩落したらしい壁の破片は端に寄せてあった。
「見たところ、この滑り台を登ることはできそうにないね」
僕たちが落ちて来た滑り台の出口は頭の高さより上にある。
しかも傾斜がきつくて崖上りのような形でずいぶんな距離を登ることになるだろう。
僕とクローテリアなら平気だけど、人間の魔学生四人は無理だろうな。
「ここってよ、あれだよな? 本当にあったのか」
「ディートマール、ここ知ってるの?」
するとマルセルはミアにくっついて怯えた声を出した。
「ぼ、僕たちこの迷宮からちゃんと帰れるのかな?」
「か、帰った奴はいるんだから、で、出口はあるはずだろ」
そしてテオはディートマールのマントにくっついてる。
「迷宮って、君たちここが何処だか知ってるんだね」
「魔法学園の地下には迷宮があって、何処かにある隠された入り口に時々学生が吸い込まれてしまうって。そういう、七不思議なの」
七不思議!?
この世界にもそういうのあるんだ。
「確かに出口はあるのよ。人間でも通れる大きさなのよ」
「さすが。だったら案内お願いできる?」
「ふふん、任せろなのよ。…………でも、ここからだと隠し場所には行けなさそうなのよ」
「それはしょうがないよ」
魔学生を連れてはいけないから見つかった時点で僕は諦めてた。
「クローテリアが出口わかるって。行こう」
「「「「やった!」」」」
魔学生は揃って安心の声を上げる。
それでより機嫌のよくなったクローテリアが自信満々に進みだすと、魔学生も周りを見る余裕が生まれた。
「お、こっちにも道が伸びてるぜ。けど暗くて何も見えねぇな」
「この柱の飾りなんだろう? 魔法的な形だったりするのかな?」
「迷宮なのに宝とかなさそうだね。怪我のし損だ」
「怪我で済んで良かったじゃない。私たちどれくらい落ちたのかしら」
クローテリアを先頭に、僕の後ろで魔学生たちが気楽なお喋りを交わす。
きょろきょろしつつも僕が持つ灯りの外には出ないよう歩み止めないからいいけど。
僕も気になってマルセルの言っていた柱の飾りを見てみる。
怖い女の人の顔で、怖がりの割になんで平気でこれ見てたんだろう?
「うん? 厄除けの飾り?」
どうやらこの飾りについてはアルフの知識にあったようだ。
しかもこうした飾りがあるのは悪霊を寄せ付けないためであり、逆を言うと悪霊が出るような場所だってことになる。
「ここって墓地? にしては広いのかな?」
「なんだ? 昔の王さまとかの墓か!?」
「ってことはお宝!?」
僕の呟きにディートマールとテオが反応する。
それにマルセルとミアは不安を前面に出した。
「確かに墓地には厄除けの飾りあるけど」
「あんな怖い飾り見たことがないわ」
「あれ、そうなの? 最近の物じゃないんだろうけど…………」
僕はアルフの知識をさらに深堀りした。
すると魔王以前の風習と出てくる。
そりゃ魔学生知らないよね。
昔の墓地の知識を見ると気になるところがあった。
「クローテリア、今ここは地下だけど、昔は地上にあったんだよね?」
「そうなのよ。最初から地下に作ったにしては形がおかしいのよ。外へ出るための入り口から土砂が入り込んでる所もあるのよ。だからここは昔は地上だったはずなのよ」
「うんうん、なるほど」
「おい、フォーだけドラゴンの話に納得するなよ」
「説明してよ、フォー」
ディートマールとマルセルにねだられ、僕は今わかっていることを説明する。
「えっとね、昔ここは共同墓地だったみたいだよ。昔の墓地は地上に高い建物を築いて、風通しのいい上階に死体を安置して朽ちたら回収。そして骨壺に入れて下の階に直したんだって」
鳥葬とか風葬っていうらしい。
そしてここは墓地だったために余分な部屋はなく廊下ばかりが続く。
埋葬品は骨壺に入れてたらしいけど、子供に墓荒らしさせるのも嫌だから黙っておこう。
「わ、なんでいきなり止まったんだよ、ドラゴン!」
「何か地面にあるわ…………足、跡?」
クローテリアが止まってテオが文句を言うと、ドラゴンの鼻先にある物にミアが気づいた。
確かに砂埃の中に足跡がある。
しかも人間と思われる物が。
「やっぱり誰かいるのかな?」
「「「「ひぃ!?」」」」
背後で上がった悲鳴に振り返ると、四人全員で抱き合ってる。
「誰かって誰だよ!」
「ももも、も、もしかして」
「ここから抜け出せなかった生徒の」
「ゆ、幽霊!?」
あー、七不思議にありそうだね。
学生の幽霊。
けどどうなんだろう?
さすがにずっといるとわかるけど、ここには魔法の気配がある。
「管理してる人がいるってことかもよ」
「それはないのよ。この空間に満ちてるのは死臭なのよ。しかも誰かが縄張りにしてるのよ」
縄張り、ね。
つまりその誰かがここを魔力で満たしてるのかな。
僕はちょうど崩れた壁があったから露出した土に手を付けた。
「誰か手伝ってくれるひといる?」
不思議なことに手応えがない。
いや、微かだけどあった。
耳を近づけると土の向こうで声がする。
「ノームですが、そちらにはいけませーん」
「侵入するには入り口以外ないでーす」
「土にまで力染みこませてるから入れませーん」
ノームたちの声が聞こえたクローテリアは、警戒するように羽根を広げる。
「この広さを領域にしてるってことは、相当な奴なのよ」
「魔法学園の人たちは気づいてないのかな?」
「魔法学園建つ前からあるので気づいてませーん」
「この深さは人間だけの力じゃ来れませーん」
「中のひとが時々招き入れるしかありませーん」
ノームたちが僕の疑問に答えてくれた。
つまり僕たちはその相当な奴に招き入れられてここにいる。
そんなギミック魔王学園に仕掛けるなんて、ここを縄張りにしてる相手はあまりよろしくない性格のようだ。
「…………あ、何か来たよ。四人とも、下がって」
僕の警告に魔学生は驚きながら灯りの縁に後退した。
ほどなく人間にも聞こえる複数の足音が廊下の闇の中から響く。
そして灯りに照らされてぼんやり見えてきたのは真っ白な骸骨の顔だった。
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