257話:エルフ先生の懊悩
エルフの先生登場で、貴族の上級生は教室を出る。
ディートマールたちも机から降りて、他にも逃げるように魔学生が減る。
エルフ先生は呆れながら僕を見据えた。
「ともかく、学園の敷地内にはまず許可申請が必要だ。文字が書けないようなら代筆をするから顔を見せて身分証を提示するように」
厳格な先生っぽいけど、ここに来るまでに聞いた話だとそんなに強くなくて頭が固いエルフ先生ってこの人だよね?
口うるさそうだけど、魔学生に嫌われている様子はないみたいで、周りに集まる魔学生も一定数いた。
「冒険者の身分証でいい? で、顔かぁ。…………あまり驚かないでね」
わからない顔のエルフ先生を前に、僕がフード降ろそうとするとクローテリアが口を開く。
「こいつに関わるだけ損なエルフなのよ」
突然の哀れみにエルフ先生が反応した。
魔学生が言うには他種族と意思疎通はできないはずだけど。
実はわかってはいるのかな?
「うわ!? エルフだ!」
「しかも子供!? あ、目が青い!」
教室に残った魔学生たちが騒ぐ。
ディートマールたちと同じ反応だなぁ。
そんな中、エルフ先生だけが顔を顰めている。
「…………何者だ?」
「冒険者のフォーだよ」
身分証のプレート出して名乗ると、エルフ先生は何かに気づいたような顔をした。
「…………ドラゴンを連れたエルフと噂になっていたのは君か」
「そうだね。そう噂されてる」
「エルフ先生! フォーは悪い奴じゃないぜ!」
ディートマールが声を上げるとミアも擁護してくれる。
「ビーンセイズで一緒に行動した冒険者なんです」
「自分たちと一緒に幻象種を助けたのがフォーですよ!」
「妖精に気に入られてるんだ! きっと悪い人じゃないよ」
テオとマルセルもどうやら僕の肩を持ってくれるようだ。
けど逆効果っぽいよ。
エルフ先生の顔が胡散臭そうになってるから。
「完全にエルフじゃないことばれてるのよ」
「ちょっとクローテリアは大人しくしておいてね」
「いっそ知らないほうが身のためなのよ」
肩のクローテリアは僕のいうことなんか聞かずにエルフ先生へ話しかける。
「あたしの言葉がわかるなら聞くのよ。これは善意の忠告なのよ。こいつの本性なんて碌でもないから探るだけ損するのよ。人間に紛れて大人しくしてるだけありがたいと思うべきなのよ。本性知ったってどうしようもないのよ。グリフォン、人狼、飛竜は破れてるなのよ。そんなの相手したいのよ?」
「本当、ちょっと黙ろうか」
ギャーギャー鳴くクローテリアに魔学生はわからない顔をしてる。
エルフ先生だけが顔を引き攣らせてるのがすごく不自然な状況だ。
あれ? 魔学生の中にも顔引き攣ってる子がいる。
あ、人間に近い形の幻象種や幻象種と人間のハーフなんだ。
「最近はビーンセイズでガルーダを単独討伐したのよ」
クローテリアの言葉にエルフ先生が手元の身分証を確かめる。
けどガルーダの討伐については書いてない。
ビーンセイズの冒険者組合でも討伐記録を勧められたんだけど、先を急ぎたかったから断った。
どうせ信じてもらえないしって言ったら、冒険者組合のほうも納得したんだ。
代わりに別の訳アリを示す符丁が刻印されている。
僕はオイセン所属だけど、ビーンセイズでも優遇するという印らしい。
「喋りすぎだよ、クローテリア」
「舐められすぎてるのに改善する気がないのがおかしいのよ」
別に実害ないし、怖がられるより良くない?
「最終的には力尽くでどうとでもできると思ってるから、その時になって周りが泣くことになるのよ」
「え、なんかそれ僕が悪いみたいじゃないか」
「強者なら強者らしくするべきなのよ。そっちのほうがよっぽど周りには優しいのよ」
「フォー、ドラゴンさんはどうしたの?」
ミアがクローテリアの言ってることを気にすると、マルセルは別のことを口にする。
「仲いいよね。ここに連れてくるまでもお喋りしてて」
「これだけ慣れてるなら言い値で売れると思うんだよなぁ」
「ふざけんななのよ!?」
テオの呟きに怒るクローテリア。
そこにディートマールが爆弾発言をした。
「なぁ、フォー強いけどエルフ先生とはどっちが強いんだ?」
「な、何を!?」
被爆したエルフ先生は慌てる。
けれどそんなこと気にせず大半の魔学生が騒ぎ出した。
「そんなの大人のエルフ先生が強いに決まってるよ!」
「いやいや、ドラゴン従えてる冒険者なら強いんじゃない?」
「強そうには見えないけど、やっぱり魔法の腕は見た目じゃないもの」
「でもそうなると長生きのエルフ先生のほうが魔法では有利なんじゃない?」
「エルフ先生抜けてるとこあるからな」
「エル先はやる時はやるって!」
「エル先だからこそ子供相手にやられそう!」
うん、慕われてるのはわかった。
そして子供が一気に喋り出すと騒がしいなぁ。
クローテリアの言葉がわかった魔学生も、怯えてたはずなのに今は乗り気で話してる。
そしてエルフ先生は頭を抱えてた。
「えーと、先生は許可申請してくれに来ただけだから」
「何言ってんだよ、フォー! 聖騎士相手にやったアレすれば勝てるだろ!」
ディートマールが言うと、エルフ先生は嫌そうに僕を見る。
けどなんか理解の色がある気がした。
もしかしてディートマールたちがヴァーンジーンの策でやらかしたこと知ってる?
「そうだよ。あの妖精を呼び集める力!」
「しかも悪妖精ばっかりで、一気に形勢逆転してさ!」
マルセルとテオが得意げに言うと、ミアだけは不安そうな顔で僕を見た。
「フォー、エルフ先生を怪我させるようなことは…………」
「大丈夫しないから」
「こいつが本気になると一撃で死ぬのよ。妖精使うだけ殺さないようにしてるなのよ」
またクローテリアが余計なことを言うと、エルフ先生が肩を揺らす。
なんで構えるの?
そして決死の覚悟みたいな顔するの?
「君は、何者だ?」
エルフ先生が言語を変えた。
今まではジッテルライヒの言葉を使ってたのに。
僕はアルフの知識で話すだけならできるから、今エルフ先生が話してるのはエルフの古い言葉もわかる。
「心配しなくても攻撃されなければ反撃もしないよ。ニーオストでエルフ王にも会ったことあるから、本当に知りたいならニーオストで聞いてみて」
エルフ先生に合わせてエルフの古い言葉で返した。
いきなり言葉が変わって幻象種系の魔学生も意味を取りそこなう。
耳で聞こえるのと感覚で理解する意味に隔たりができると混乱するみたいだ。
僕がそうならないのはアルフの膨大な知識と言語のお蔭だろう。
「よーし! 運動場でフォーとエルフ先生の魔法対決だ!」
「お互い一番強い攻撃魔法放つでいいかな?」
「あ、フォー。ちゃんと同時に放って相殺するように中間地点狙うんだぞ」
ディートマールの号令にマルセルが乗って、テオが僕に対決の注意点を教える。
って、もう決定事項なの?
目立つことはしたくないんだけどもう遅いよね。
僕は悪足掻きでフードを戻し目立つ顔を隠した。
「ちなみに使える一番強い魔法なんなのよ?」
クローテリアが興味本位で聞いてくる。
「そりゃ、巨人から教えてもらったあれだよ」
「え!? お前、巨人と会ったことあるのかよ、フォー!?」
あ、ディートマールの興味が移った。
他の魔学生も巨人について聞きたがる。
そしてエルフ先生は完全に血の気が引いてる。
もしかして巨人に教えてもらえる魔法だけで何かわかったの?
あ、そう言えば雷使ったら悪魔も驚いてたなぁ。
もしかして有名だけど使うひとほとんどいないとかそういうことなのかな?
「こいつは巨人から直々に雷霆の使い方教えられてるのよ。それでもやるなのよ?」
クローテリアの問いにエルフ先生は小刻みに首を横に振る。
「…………死んでしまいます」
蚊の鳴くような声でそう言った。
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