246話:母角の安置場所
秋が深まって目が紫になりました。
「ワンワン、ヘン、バウバウ」
ケルベロスにそんなこと言われた…………。
「戻らないんだよ…………」
アルフが襲われ、森に異変が起こってもケルベロスは動かなかった。
元から冥府の穴を守る怪物なので、異変があったからこそ自分の縄張りを堅持したそうだ。
ケルベロスの全力警戒の気配に、悪魔さえこの辺りには来なかったらしい。
そのお蔭で最初にやられた人狼も、ケルベロスの冥府の穴の向こうの寝床に戻って止めを刺されなかった。
「早くこんな所離れるのよ!」
クローテリアが木の陰から僕を呼ぶ。
けど叫んだせいでケルベロスが興味持っちゃったよ?
「噛んだら駄目だよ。それと、これの臭い覚えた? これも襲わないでね」
僕がケルベロスに覚えさせるのは母角の臭い。
「僕の大事なものだから、もし誰かに持っていかれたら教えて」
「ワカッタ、オシエル、ハシル?」
「ケルベロスが? あ、もしかして追い駆けるってこと? うーん、そうだね。捕まえて取り返したほうが早いと思ったらそうして」
返事代わりの咆哮を聞いて、僕は湖のほうへ足を向けた。
ケルベロスから離れるとクローテリアが寄って来る。
「結局作ったの墓じゃないのよ?」
「たぶん違うと思うなぁ。けど死んだ相手を奉るんだからお墓に近いものだとは思うんだけど」
僕は今から母角を安置しに行く。
そのために用意してもらった台座に向かうと、ケルピーを連れたアーディがいた。
「あれ? 来たんだ」
「ふん、私の発言で思いついたと言っていただろう。見届けてやる。何より湖にとって悪い話ではないからな」
「うわ、成体になると角そこまで長くなるのか」
ケルピーは小さく近寄りたくないとか言ってる。
そしてアーディの前には白い石で作られた祠があった。
僕が正面に回り込むと、祠から毛玉が一つ転がり出てくる。
ノームのフリューゲルだ。
「このような形になりましがどうでしょう? ダークエルフの村にある祭壇を原型にしてあります」
「ありがとう。あ、お供え用の花瓶なんかも用意してくれたの?」
「それはダークエルフの方たちが。こちらの皿は朝夕に火を灯すための物になります」
「そういう風にするんだね。後でお礼を言いに行かなきゃ」
祠の輪郭はロケットのような縦長で、背後には壁が作られ祠と一体化している。
木漏れ日の中よく見ると、その壁には何やら彫り込まれていた。
「おい、ちゃんとあれに言い含めたか?」
「ケルベロスが遊ぶ道具にしたらまたその目は赤くなるのか?」
アーディに続いてケルピーが嫌な想像をさせてくる。
ないと思いたいし、そんなことで嘆きの声が聞こえるケルベロスを相手にはしたくない。
「角が盗られたら追い駆けるか、僕に教えるかしてもらうように言ったよ」
答えながら僕は彫られた文字を読むためアルフの知識を使った。
幾つも文章が書かれてるけど、どうやら森に接する国の文字で同じ文言が書かれているようだ。
「欲に負ければ悪夢が追い駆けてくるだろう?」
首を傾げると、アーディは笑って僕を意味深に見つめる。
…………あ、悪夢って僕のこと? あれ? それともケルベロスかな?
いや、この場合どっちもか。
きちんと明言しない当たり意地悪だな。もしかしてこれ、アーディが言葉考えたの?
いっそ人間なんて痛い目見ろとでも思ってるのかもしれない。
「こちらの輪に通して固定するようになっています。ちゃんと下の水にも台座を据えて、水に触れるようしてありますよ」
固定用の金属の輪には彫刻がしてあり、古い言葉で水浄化って書いてある。
こっちはフリューゲルなりの気遣いかな?
装飾としても綺麗だから文句はない。
「あ! 水の色が変わったのよ」
ここはケルベロスの毒の水が湖に流れ込む場所。
アーディはシィグダムに走って行った僕を、正気に戻らなければそのまま水浄化のために沈めると言ったらしい。
だったら母角土に埋めて墓にするよりこうしたほうがいいかなって思った。
うん、祠の中に据えると中々見栄えがいい。
これならお花備えたら仏壇っぽいかもしれない。
「フォーレン、お花よ」
羽根の音に木々を見上げると、降りてくるメディサがいた。
「摘んで来てくれたの? ありがとう」
「私が人間だった時、どんな埋葬をしたのか覚えてはいないけれど確かお花をこうして飾ったって姉さまたちが教えてくれたの」
メディサが差し出すのは自転車の車輪くらい大きな花輪。
うーん、西洋風のお葬式がこんなのを墓石に備えていた気がする。
花瓶に差すって考えていた僕と違うなぁ。
「あ…………、違った、みたいね…………」
花瓶に気づいてメディサが見るからにしょんぼりする。
その上せっかくの花輪を引こうとするから、僕は慌てて受け取った。
「すごく綺麗だね。こんなに花を揃えるの大変だったでしょ? それにここちょうどいい大きさだと思うんだ」
花瓶を置く祭壇の奥には、母角と区切るように段差がある。
その段差に立てかけると母角を彩るように花輪が映えた。
メディサが照れて笑うと、クローテリアは僕と見比べて大きく首を傾げる。
「これは結局なんなのよ?」
「祠でしょう?」
「祭壇ではないか?」
「僕は奉納場所だと思いましたけど」
「知らん!」
見事に全員バラバラの答えだ。
ケルピーの適当な答えは無視するとしても、クローテリアは混乱して牙の並んだ口を開きっぱなしにする。
「うーん、僕はここに来たらたぶん母馬のことを思うでしょ。で、アーディはきっと少しは感謝してくれると思うんだ。そんな風にもういない相手を思うための場所って感じかな?」
「…………悪くないのよ」
納得したらしいクローテリアが祠をしげしげと見ていると、アーディが声をかけて来た。
「恩恵を受けることは認めよう。…………この場の手入れは我が一族が引き受ける」
「うん、よろしく」
そうだね、僕は行かなきゃいけないから手入れはできないんだ。
魔王石回収には僕が行かなきゃいけない。
他のひとは魔王石に影響されるけど僕なら平気だというのはすでにわかっている。
「ただ目の色が戻ってからだから、それまでは自分で花を飾ったり火を灯そうと思うよ」
この目の色は精神不安定の証拠だから、色が戻ってから魔王石を触るようにアルフには言われてる。
「それでは僕はこれで。変更点がありましたいつでもどうぞ。城のほうにいますので」
そう言ったフリューゲルは指笛を高らかに鳴らした。
すると枝を掻い潜るように鳥が飛んで来る。
木から垂れる蔦をよじ登っていたフリューゲルは、飛んで来た鳥の背中に飛び乗って、城のほうへと去って行った。
なんでもありだなぁ。
「そう言えば羽根はどうした?」
「あぁ、どうやって生やしたかわからなくなってできなくなったよ」
「は? 本人がわからないことができたのか? それはいったいどういう理屈だ?」
アーディに聞かれたから答えたら、ケルピーがドン引きする。
それよりも怖いのは睨んでくるアーディだ。
「怒らないでよ。自分でもなんであそこで羽根生やしたのかよくわからないんだよ」
「貴様はこれを機に妖精王と縁を切るという選択もあるはずだろう。そうすれば少しは幻象種として」
「駄目です!」
メディサがアーディの言葉を遮って僕の前に金色の翼を広げる。
相変わらず綺麗だなぁ。
「そうなのよ。あんな他人の話聞かないユニコーンなんてお呼びじゃないのよ」
たぶん僕が他のユニコーンと同じになったら一緒に居られないって思ってくれてるからなんだろうけど、メディサに比べてクローテリアの声には保身が見え隠れしてる。
怪物たちの言い分にアーディは怒るかと思ったけど、鼻を鳴らして踵を返すだけだった。
「せいぜい妖精王を御すんだな」
「結局お前がユニコーンらしくなると困るのは一緒、ぐぇ!?」
余計なことを言うケルピーの顎を掴んで、アーディは湖へと帰って行く。
「なんかすごいこと言ったのよ?」
「フォーレンならできると思ったのかしら?」
「アレフを制御って難しいなぁ」
僕の一言にメディサとクローテリアが顔を見合わせた。
「こいつわかってないのよ。まず妖精王がなんなのかわかってないかもしれないのよ」
「妖精全てを統御し得る力を持つ方を、さらに制御…………フォーレンはすごいわね」
「えーと、アルフだよ? いや、妖精王だけど」
「フォーレン! おいらが連絡に来てやったぜ。シルフみたいに軟弱じゃないおいらがな!」
「ボリス?」
「森の南にフォーレンへの客だってさ!」
火の玉姿のボリスから突然の呼び出しに、僕は相手の心当たりがなかった。
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