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243話:オブシディアンの行方

 悪魔たちが大笑いする中、ウェベンは何故かひとりでに燃えた。

 復活したら元気取り戻してたんだけど、なんで今燃えたの?


「ご主人さまの憂いは怒りによって自我を失くし暴走することにございますね? でしたらこのわたくしが命をかけてお止めいたしましょう!」


 復活したウェベンに悪魔たちの突っ込みが物理的に炸裂する。


「あんたシィグダムで見染めたのに今になって来たのはなんでよ?」

「どうせこの者の足に追いつけなかったのだろう」

「自分と大して力変わらないんだから我が友を止めるなんて最初から無理だ」


 そしてまた燃えて灰になって復活する。

 こう目の前で何度も死んでいるのを見てると慣れて来たなぁ。


 そしてどうやらウェベンは悪魔としては弱い部類らしい。


「ふっふっふ。料理の悪魔。君と違ってわたくしは何度でもご主人さまをお止めするために命を張れるのです。あなたとは忠義を示せる回数が大きく違うのですよ」


 なんで得意げ?

 それだけ死ぬ気ってあんまり格好良くはないよ?


「えーと、結局君は何をする悪魔なの?」

「よくぞ聞いてくださいました! わたくしは従順なる悪魔。主人には忠実に仕え、下問があれば嘘偽りなくお答えし、常に主人を褒め称える詩を献上できる素晴らしき従僕にございます!」

「え、いらない」

「ぐふ、ぶは…………!」


 アルフが木彫りなのに噴き出すという器用な真似をする。

 グライフも面白がって僕を嘴で突いた。


「仔馬、そやつは悪魔の中でも侯爵に位置する上位の悪魔だ」

「へー、それで?」


 僕に教えておいてグライフが笑う。


「いや、グライフも絶対それ聞いた時僕と同じ反応でしょう? 悪魔の地位って幻象種に関係あるの?」


 そんな僕の疑問にアーディはしっかりと頷いた。


「ないな。どころか森にいた時には死ぬ度に小火を起こして迷惑していたことを思い出したぞ」


 確かにそれは危ないね。


「あなたの身の回りのお世話をどうぞわたくしめにお言いつけください! 決して不自由はさせません!」

「いらないって。僕ユニコーンだよ? 必要なことは自分でできるし、できないことは手伝ってくれるひとたちいるし、ねぇ?」


 ゴーゴンたちを見ると途端にやる気でメディサが声を大きくする。


「もちろん! フォーレンの寝室は毎日掃除をしていたし、厩の干し草もきちんと乾燥させてあるわ」

「そう言えば、すぐに燃えてしまうから魔王の元でも絨毯が痛んで困っていたわね。そんな習性で何不自由なく?」

「七十二柱の中でも位階は真ん中、腕っぷしは下から五番目。抱える軍団も二十程度じゃお話にならないわ」


 スティナとエウリアも魔王の下にいた時のことを持ちだして却下する。


 どうやら戦闘に不向きな上に、言うほど世話にも適していないようだ。

 アシュトルやペオルも戦闘は得意じゃないらしいけど、それより弱い。

 コーニッシュは料理に全力だから、きっとその点はウェベンも劣る。


「…………そう考えると誘惑も一番下手なのかな?」

「ふむ、それはどういうことだ仔馬?」


 グライフ、ウェベンを弄ろうっていう気持ちを少しは隠したら?


「アシュトルとペオルは的確に欲を突いてくるでしょう? コーニッシュは必要不可欠な食欲を突いてくる。でもウェベンは三大欲求の何も満たせないんじゃないかと思って」


 食欲、性欲、睡眠欲は生きる上で不可欠な上に他人に仮託できない欲求だ。


 でもウェベンは自己顕示欲くらいしか刺激できないんじゃない?


「そういうの、僕やグライフみたいな四足の幻想種には無意味すぎる誘惑だから。いっそ、仕える相手はちゃんと選んだほうがいいと思うよ?」

「うわー、悪魔に真剣な駄目だし」


 アルフが呆れるように言うと、ウェベンはがっくりと床に手を突いて震える。


 見てたら燃えた。


「えー? なんで? さっきも攻撃されてないのにいきなり燃えたよね?」

「悪魔って精神体だから、フォーレンの今の言葉は致命傷だったんだよ」


 アルフがそう説明してくれる間に、灰からウェベンが自信満々の笑顔で立ち上がった。


「ウェベンって相当繊細な悪魔なんだね。ごめん、次からは気を付けるよ」


 謝ったらまた燃えて灰になって崩れちゃった。


「えー? 今度はどうしたの?」

「今のは主人と見染めた相手を満足させるよう仕えるつもりが、フォーレンに気を遣わせたことに絶望したんだな」


 本当に繊細だなぁ。


 と思ってたら悪魔たちが満足そうに頷きながら教えてくれた。


「悪魔として言わせてもらえば、さっきからフォーレン、こいつのこと全否定よぉ」

「うむ、さすがわしの誘惑に小動もしなかった逸材」

「我が友よ。いつ追い出すんだい? それとも魔王石について聞いてから追い出すのかい?」

「あ!」

「すっかり忘れてたな。そう言えばこいつ、オブシディアンが南にあるって断言したんだった」


 復活したウェベンはアルフの声が聞こえたみたいで、己が求められる状況に笑顔だ。


 けどここは信用のおける情報から聞きたい。


「グライフ、グライフの心当たりも南なの?」

「そうだ。見たことはないが、持っているだろう相手を知っている」


 これは有力そうだ。


 視界の端でハンカチを噛んで悔しがるウェベンがいる。

 グライフはそんなコミカルな悪魔を殺気立った目で睨んだ。


「だからこそ、何故貴様が知っているのかを聞いてやろう」

「そこは今のご主人さまにご下問いただきたいのですが?」

「僕、君の主人になんてなる気ないよ?」


 あ、また燃えた。


「ねぇ、さっきから精神的に致命傷負い続けてるのに、なんで僕を主人にしたいの、この悪魔?」

「こいつはさ、人間が簡単に誘惑に引っかかるからって、面白がって森を出た口なんだよ」


 アシュトルとペオルは逆に人間との関わりにうんざりして森に残った。

 コーニッシュは単に台所のあるところをうろうろするための拠点にしてたんだろうな。


「ご主人さま、どうかご命令を!」


 また元気に復活するけど、僕ウェベンに誘惑しやすいと思われてるのかな?

 っていうか、このウェベンの乗り何か、いや、誰かを思い出す?


「…………あ、この打たれ強さと妙な弱さ、サテュロスを思い出すなぁ」


 また燃えた。

 今度は何が悪かったの?


「妖精の中でも下劣な奴らを選ぶあたり、なかなか貴様も辛辣だな仔馬」

「別に嫌がらせで言ったんじゃないよ。心からそう思ったから」

「うん、悪魔も近くにいる奴らの心読めるから、フォーレンの本気感じてウェベンも致命傷負ったんだと思うぞ?」


 アルフにまでそんなことを言われると、さすがに短気なアーディが怒り出した。


「いつまで茶番を続ける気だ。さっさとその悪魔から聞くだけ聞け」

「そうだね。主人に従順だと言うなら嘘は言わないだろう。結界からの排除はその後でいいんじゃないかな」

「ただ頭から信用せず、判断材料程度に留めておくべきでしょう」


 ベルントとルイユも助言してくれる中、復活してるウェベンはちょっと悔しそうだ。


「じゃあ、一つ確認。さっきから悪魔に攻撃されて反撃しないのは君が弱いから?」

「はい。そして推察しますに、ご主人さまと親交があるように思えましたので、主人に近しい方を害するなどわたくしには恐れ多いことでございます」


 うーん、芝居がかってて嘘っぽい。


「じゃあ、君がこの森に住む者に不利益をもたらさないと約束できる?」

「それは難しいご要望にございます。ですがわたくし、復活は得意。時にはご主人さまのご用命に即応できない我が身の不足があるでしょうが、それをお許しいただけるなら」


 一回燃えて灰からやり直すから、その誤差で対応できないこともあるって言いたいのかな?

 っていうか、森の住人から攻撃受けて死ぬ気なの?

 そんな出会い頭に襲ってくる相手なんて…………いるね。


 僕は周りと相談しながらウェベンに幾つか縛りを設けた。

 基本命令に従うこと、危険は報せること、森の住人に危害を加えないこと。

 他の悪魔たちが守る森のルールに従うことなどだ。


「それで、どうしてオブシディアンのある場所知ってるの?」


 まともに答えられる問いを受けてウェベンは嬉しそう羽根を広げた。


「わたくしが見つけた時にはディルヴェティカという人間の国にあったのです」

「あぁ、南に行くために山を越えるあの国か」


 エルフの国へ行くために行ったけど、あそこにあるの?


「そこで魔王石のオブシディアンを拾ったので、そのまま南の地へ渡ったのです。そこに偶然、大グリフォンの所への貢物の馬車と行き合ったので、その中に魔王石を放り込んだのでございます」

「貴様かー!?」


 グライフが前足でウェベンをずたずたにする。

 ぐろくて正視できないくらいの肉片になっても、ウェベンは燃えて復活した。


「今のは…………うん、君が悪いよウェベン」


 グライフの魔王石嫌いって、もしかしたらウェベンのせいかもしれなかった。


隔日更新

次回:悪魔の面倒ごと

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