241話:魔王石の行方
ジェイド飲み込んだ鈍色の卵に変化はない。
「うん、やっぱり魔王石が増えると対処できないみたいだな。封印が維持できる時間も八百年弱に減った」
けれど内部に取り込まれたアルフには、魔王石が有効だと確信を与えたようだ。
「となるとやっぱりオパールを」
「それよりもっと確実な魔王石があるだろう」
僕を遮ってブラウウェルが不服そうに言った。
ユウェルは気づいてにっこりと笑う。
「フォーレンさん、エルフ王さまへ相談してはどうでしょう?」
「あぁ、サファイア? でも貸してくれる?」
「お前は妖精王さまが解放された後、魔王石をどうするつもりだ?」
ブラウウェルの質問に僕は答えに困った。
「どうも? あ、そっか。持ち主がいるなら返せるけど、持ち主のいない魔王石集めても後で困るね」
「そうじゃないが、そういうことだ。返すことが確約できるならエルフ王さまもこの現状にお心を痛めご協力くださるだろう」
元から封印目的で持ってるエルフ王は悪用しなければ協力してくれる可能性がある。
何より幻象種は基本的に魔王石に執着はないから、権威さえ傷つけなければ大丈夫だろうとエルフ二人は請け負う。
「ねぇ、アルフ。内側からその封印解析してるんだよね?」
「おう。これがまた面倒な術の組み方でさー」
「それって解析できたら再現もできる?」
「できるけど、誰か封印したい奴でもいるのか?」
「そうじゃないよ。この封印なら魔王石を悪用されないよう封印できるんじゃないかと思って」
アルフが巻き込まれてるから解放するけど、魔王石だけが飲み込まれていたらどうだろう。
封印、解く必要ないよね?
「お、エルフ王への交渉材料か。あっちも流浪の民に狙われてるのは変わらないもんな」
「あ! ということはエルフ王さまも封印される可能性が!?」
ブラウウェルが気づいてユウェルも慌てる。
そのうるささに、グライフが二人一緒に羽根で吹き飛ばすとベルントが毛皮に覆われた体で受け止めてくれた。
「騒ぐな。件の悪魔は人間に受肉しているのだろう。ならばエルフの国への侵入が叶わぬ限りエルフ王はまだましだ」
グライフの言葉にアーディも散々な荒れようの広間を見回す。
「この作りかけの城だから入られたにすぎない。完成された都市であれば悪魔の軍団でも単身エルフ王と対峙するなど無理だ」
妖精と同じで精神体の悪魔は招かれないと壁の中に入れないそうだ。
だからまず受肉した悪魔が怪しまれず侵入する必要があるんだとか。
館が比較的無事だったのも受肉してない悪魔が侵入できなかったかららしい。
森にはそうした壁がないのは、同じ精神体の妖精が嫌うからだ。
この城には作る予定だったけどまだ妖精が工事のために出入りしていたので作っていなかった。
「エルフ王には警戒を呼びかけるのと一緒にサファイア貸してくれないか聞くとして。他の魔王石は今何処にあるんだっけ?」
「それなのだが」
僕の質問にペオルが大きな体を揺すって口を挟んだ。
「オパールの在り処はわしが知っている」
「え? 獣人とエフェンデルラントが戦争してる時そんなこと一言も…………」
「聞かれれば答えるつもりだったが、悪魔の召喚についてしか聞かなかったろう?」
聞いたら試練と手ぐすね引いていたらしい。
「こうなってはわしらの力不足もある。挽回にもならぬが聞かれずとも教えよう。魔王石のオパールはジェルガエという人間の国にある」
「ははーん。オイセンからエフェンデルラント、アイベルクスからジェルガエって渡って行ったのか」
アルフがわかると僕の中で知識が開く。
大道が通じてる森の東にあるのが、アイベルクス。
その南東に隣接した国ジェルガエは、森に接していないようだった。
「あんた、なんでそんなこと知ってるのよ?」
アシュトルが聞くとペオルはなんでもないことのように答える。
「大道を通った商人を誘惑したところ、手持ちの物で支払うのは嫌だとごねてな。ジェルガエにいる親戚の生娘をやると言われた。…………なかなかに阿呆らしい痴情の縺れが展開したぞ。その生娘というのが商人の隠し子で…………」
ペオルは聞きたいような聞きたくないような話をやる気なさげに語る。
誘惑するくせに誘惑に負けない者のほうを好むなんて捻くれてるなぁ。
まぁ、今はペオルの好みはいいか。
「えーと、ジェルガエっていう国にオパールはあるんだね。それと、ドワーフの国にもあるんだよね?」
「ルビーとカーネリアンな。カーネリアンはドワーフからドラゴンの手に渡ったが、そのドラゴンは今地下から身動きできない状況にされてる」
アルフに続いてスヴァルトが封印の袋を直しながら教えてくれた。
「人間が奉じる神の神殿にパールとコーラルが封じられているはずだ。国名はヘイリンペリアムといったか」
「あれ? 神殿にはアクアマリンもあったはずだろ?」
アルフが疑問を挟むと、放浪をするグライフのほうが事情を知っていた。
「すでに紛失したと聞いているぞ。誰に盗まれ何処に行ったかもわかっておらぬはずだ」
アーディはアルフの声が聞こえる木彫りに向かって被膜の張った指を突きつけた。
「貴様らが荒らしたビーンセイズにはトルマリンがあったはずだろう?」
「それは確か盗まれたってウーリとモッペルが…………あれ? グライフ、あの二人どうしたの? 一緒だったんでしょ?」
「置いて来た」
あっさり言い捨てるグライフに、ユウェルが捕捉してくれる。
「山脈を越えたところで木彫りが異音を発したので、私だけ同行させてもらったんです。ちゃんと自力で森まで行けると言ってましたよ」
あ、うん。たぶんそれグライフに乗って飛ぶの怖かったんだな。
そう考えると異変が起きてる森にグライフと一緒に来るユウェルの肝の座り方がすごい気もする。
「ふむ、ではわしはトルマリンの行方を追おうか」
「あら、そこは一度オパールがまだジェルガエにあるか確認すべきじゃなぁい?」
「だったら自分はケイスマルクに行こうか」
コーニッシュが突然違う国の名前を挙げた。
アルフの知識曰く、五百年前魔王石を封じた国で、土地の広さは変わってるけど、ケイスマルクは今も魔王石を封じ続けているそうだ。
周辺国と婚姻関係を結んで、五百年周りと争わないことで生き延びたらしい。
「そっちはまだあるのか。いや、わからないから見に行ってくれるのか?」
アルフの確認にコーニッシュは頷いた。
「六十年前にはあった」
「あったって、見たの、コーニッシュ?」
「ケイスマルクのアメジストは、資格さえ得られれば誰でも見られるんだ、我が友よ」
そうなの? アルフ知らないみたいだけど。
っていうか周り見ると誰も知らないみたい。
「…………ヒキコモリ揃いなせいか?」
「あんたがうろうろしすぎなのよ」
「どうせケイスマルクへ行ったのも、適当な飲食店開くためだろう」
アシュトルとペオルが気安く責めるけど、獣人や魔女はあえて何も言わないみたい。
「ケイスマルクは三年に一度、先祖の霊に捧げる素晴らしいものを募る祭りがある。それに自分の料理が選ばれただけだ」
「あれ? 人間なら神さま以外奉っちゃ駄目じゃないの?」
「フォーレン、ケイスマルクは魔王が来る前まではこの東で一番の都市だったんだよ。魔王が入って来てからは交渉して、傘下に入る代わりに改宗はしないって約束したんだ」
そのためケイスマルクは古い祭りが多いそうだ。
魔王が倒れてもケイスマルクだけは大目に見られる暗黙の了解が残ったと言う。
「ってことは、アメジストもある場所わかってるんだね? 借りれそう?」
「先祖に捧げられた物が墓には山積みなってる。墓に入る資格を得られれば、何か一つだけ先祖に捧げられた素晴らしいものを得ることができるという決まりだ」
そういうお祭りらしい。
ちなみにコーニッシュは墓の中にあった古い農作物の種を得たけど、すでに料理してないんだって。
「そっか。あとこの辺りで手に入る魔王石って?」
「オブシディアンだな」
アルフが答える。
「何処にあるかは?」
「知らない」
あ、やっぱり。
知識も開かないからそうだと思った。
「オブシディアンって、あの割ると鋭くなる石斧に使う石ですよね?」
「純度が高いと磨き上げた硝子のようになるんだよ」
「魔王石にも親しみのある石があったのですね」
マーリエにベルントが教えると、ルイユがそんな感想を言う。
親しみやすいってことは、この辺りでも取れるのかな?
「…………一つ心当たりがある」
「そうなの、グライフ?」
何故か企むように僕を見るのが怪しいんだけど?
「オブシディアンがあると思われるのは」
「南の地にございます」
突然の声に僕たちは身構えてベランダを振り返った。
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