237話:再接続
「何故羽根を生やそうなどと思ったのだ、仔馬が」
先を飛ぶグライフは、不機嫌そうに羽根を振る。
風の流れが緩やかになって飛びやすいなぁ。
「貴様は地べたを走り回っていろ、生意気な」
ずっと文句を言ってる。
どうも僕の羽根が気に食わないようだ。
「…………答えもせんか」
答え?
なんて言うべきなんだろう?
今は帰るんだ。
答える言葉ってなんだろう?
「森に着いたぞ仔馬。…………む? 城が見えぬ」
グライフは荒れた森の辺りをグルグル回る。
でも城はあるのに見えないってどういうことだろう?
僕には壊れたバルコニーもはっきり見えてる。
旋回するグライフを気にせず、僕はバルコニーに向かった。
僕の動きを見て、グライフが追ってくる。
「見えるようになったな。あぁ、羽虫の木彫りか」
そんな呟きが背後から聞こえた。
僕がバルコニーに降り立つと中から緊張の気配があがる。
「仔馬、羽根を消せるなら人化もできるのか? できるのならばやれ」
グライフに言われたから人化する。
不思議と少しだけどうしようもない怒りが軽減した気がした。
相変わらず鈍色の卵が異様な存在感を出す広間。
近くにはメディサ、スティナ、エウリアたちゴーゴンがいた。
卵を調べているらしい悪魔のアシュトル、ペオル、コーニッシュもいる。
僕がここに出入りした時にはいなかったアンディやスヴァルトの幻象種も揃っていた。
全員表情が硬い。
「ひぃ…………」
引き攣った声を出したのはユウェルで、守るようにブラウウェルが前に立って僕を睨む。
今はどうでもいい。
帰ったはずなのにまだ匂いが消えないことが気になる。
匂いを辿ると鈍色の卵からしているような気がした。
「指示に従うだけの落ち着きはあるものの、まだ目が赤いな」
アーディがグライフに顔を向ける。
「拙には…………明らかに正気を失っているように見えるが」
スヴァルトが難しい顔で言うと、ユウェルが正気づいたように動きだした。
「ご、ごご、ご主人さま。何があったんですか?」
「さてな。俺が追いついた時には生きている者のいない城があっただけだ」
「み、皆殺しか…………!?」
ブラウウェルが怯えるように僕から一歩遠ざかる。
「俺を認識はしていた。居合わせた騎士の小娘どもを襲うこともなかった。帰るぞと言えばついて来たが、まぁ、正気ではあるまいな」
グライフの説明にメディサが姉に疑問を投げかける。
「騎士の小娘? 乙女だけは殺さなかったの?」
「メディサ、シェーリエ姫騎士団よ」
「フォーレンと共に森まで来た人間だわ」
そんな声を聴きながら、僕は鈍色の卵の前に立った。
悪魔たちは音もなく退いて僕に道を開ける。
「赤目なのにユニコーンの猛々しさがないとは、空恐ろしいことだ」
「封印に変化は見られないが、ライレフはどうなったのだ?」
「我が友の味覚がこれで狂ってしまわなければいい」
コーニッシュはペオルに頭を掴まれてさらに遠くに移動させられた。
アシュトルは僕に対処するためか、じっと用心深く見つめてくる。
匂いのほうが気になるから何もしないなら放っておこう。
まだ僕が帰りついてないからこの匂いがするのかな?
「…………アルフ」
そうだ。僕はアルフのいる所に帰りたいと思ったはずだ。
アルフが飲み込まれたという鈍色の卵に触れると、冷たい金属の感触がした。
触っていると何かが反応している気がする。
気になって耳を澄ますように集中すると、何か忘れていたような感触が確かにあった。
(…………フォ…………ェン…………)
…………聞こえた!
「アルフ!?」
僕の叫びに全員が驚く。
けれど今は気にしてられない。
今のは確かにアルフの声だ!
「アルフ! 聞こえる!? 返事して!」
「仔馬、どうした」
グライフが寄って来る。
僕は鉛色の卵の表面に変化がないかを確かめながら答えた。
「アルフの声がした!」
「私たちでも妖精王の存在は感じられないのに? 精神の繋がりは今どうなっているの?」
アシュトルも近寄ってきて卵に変化がないことを確認する。
「わからない。これに包まれた途端に何かが千切れたんだ。でも、僕の中にアルフの知識はまだある!」
もどかしくて僕は金属を叩いた。
勢いで胸から下げた木彫りがぶつかって硬質な音を立てる。
「おし! 繋がった!」
突然のアルフの声に誰もが言葉を失くす。
その上あまりに元気そうな声で一瞬理解が追いつかない。
「いやー、フォーレンどっか行った時にはどうしようかと思ったぜ!」
「え? この声、この木彫りから?」
木彫りからアルフの声がしていることに気づいて首から外す。
僕の手の中の木彫りをみんなが覗いた。
「おい、どういうことだ。説明をしろ、妖精王」
「その声、アーディか。どういうことかは俺が聞きたいっての」
「あなたは悪魔に封じられているのですか?」
「お、スヴァルトもいるのか。どうもこれな、流浪の民の魔法入ってんだ。あいつら適当な改良するから俺じゃこの封印がどういう作りなのかさっぱりでさ」
軽い。
しかも本人も中でどうにかしようとしてたらしいのに、全く焦った雰囲気がない。
元気なアルフにスティナとエウリアは安心して座り込んでいる。
目元を拭う姉をメディサが心配していた。
「この封印、外と完全遮断するもんみたいなんだよ。いやー、フォーレンと精神繋いでて良かったぜ。さすがに完全に取り込んでない部分を遮断することはできなかったみたいだ」
「えっと、つまり僕とはまだ繋がってるってこと? でも僕、アルフを感じられなかったよ?」
「あー、うん。一回繋がりぶっちぎられたぜ。だからこうして再接続したんだよ。最初から精神繋いでなかったら再接続もできなかったって話だ」
僕がいなかったら本当に外界に生存を伝える術はなかったようだ。
横から突かれて見ると、コーニッシュが僕を覗き込んでいた。
「我が友、怒りは収まったのか?」
「あ…………。そう言えば」
「え、なに? フォーレンもしかして暴走した?」
言われて手の中の木彫りの有様も思い出す。
…………もはや赤を通り越して黒い。
「ごめん。すごいことしちゃった。っていうか、木彫りもすごいことになってる」
「何がすごいんだ? どうなってる?」
「もしかしてアルフ、見えてないの?」
「おう。さすがに俺自身が封じられてると音を送るのと拾うのだけで精一杯だ」
どうやらこの木彫りを使っても会話だけしかできないらしい。
血みどろの木彫りってわかってないんだ。
っていうか、僕の惨状もわかってないんだろうなぁ。
「う…………気持ち悪い」
「どうしたフォーレン!?」
「血の臭いとか感触とか、すごくきもちわるい」
「え、血!? 怪我したのか!?」
「騒ぐな、羽虫。ほぼ返り血…………いや、全て返り血だな。怪我をしていたとしても怒りという精神的な昂ぶりで治ってしまう程度だったのだろう」
説明するグライフは、僕の側に集まるために人化したようだ。
「精神に傷をつけられた痕があるけれど、かすり傷ねぇ」
アシュトルは大きな体を生かして僕たちの頭の上から物を言う。
「あ、服もボロボロだ。ガウナとラスバブに謝らなきゃ。それと、水浴たい」
メディサやダークエルフ、魔女が作った服は背嚢ごと置いていったからたぶんそっちは無事のはず。
血の汚れを落として着替えたいな。
「ごめん、メディサ。このアルフの木彫りの血ってどうにかできる?」
「え? えーと、もう染みこんでしまってるわ。こちらの木彫りを代わりに使うことはできない? ちょっとへこんでるだけよ」
そう言って大事そうに持っていた木彫りを差し出すメディサ。
それはグライフが持っていたはずの木彫りだった。
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