228話:森の戦い
アルフの視界を通じて森の異変を察知した僕は、視界の切り替え方もわからないまま成り行きを見守った。
アルフは仔馬の館から傷物の館へと移動してる。
余裕を持って対応していたアルフだけど、すでにその余裕はなくなっていた。
「おかしい。何処から湧いたんだ?」
「妖精王さま! 敵は人間だったのでは?」
庭に出たアルフに上空からエウリアが危機感を孕んだ問いを投げかける。
「反応はそうなんだが、どうもただの人間じゃないらしいな」
エウリアの隣に滞空したスティナは困ったように頬に手を添えて溜め息を吐いた。
「突如現れた軍団は、決して人間ではないようですが?」
「そうだな。ありゃ、悪魔だ」
「悪魔!? あ、悪魔が妖精王さまを狙っているの!?」
慌てふためくメディサにアルフは笑う。
まだ若返った体に慣れていないのか、メディサは不安そうに青銅の腕を確かめている。
「メディサ、無理はするな。人間っぽいのも混じってるから眼帯は外しておいたほうがいい。その目は悪魔には効かないから、上空で安全に対処してくれ」
「妖精王さまはどうするの?」
心配そうなメディサにアルフは色々な魔法を発動させながら答える。
「悪魔が獣人の所での戦争で召喚された奴らなら狙いは俺だろうな。でその裏には流浪の民がいて、この魔王石のダイヤモンドの奪取が本題だろ」
「それはちょっとおかしい」
慌てず歩いてくるのはコーニッシュだ。
来た方向からして台所にいたんだろう。
「数が多すぎる。あの戦場の穢れを以てしてもこの数は召喚できない」
「ま、見たところ装備揃ってる悪魔の軍団だったからな。悪魔の将でも一人呼び出せたんだろ」
軍団相手に分が悪いことをわかっていながらアルフは軽い。
その上狙われていると思われるダイヤをはめた王冠に、奪った相手へ嫌がらせのような不幸が襲う魔法をかけている。
「ゴーゴンたちもそんな顔するな。相手が悪魔ならこっちにも対処方法はある。コーニッシュ、アシュトルを城のほうに呼んでくれ」
「わかった」
コーニッシュは溶けるように消えた。
アルフはさらに館への侵入者に対する罠を魔法で仕かけ、上空のゴーゴンたちへ顔を向ける。
「俺は一旦逃げる。向こうが軍団出して来たならこっちも兵を出さなきゃいけないからな」
「兵? 妖精王さまは兵を持ってるの?」
知らないらしいメディサに対して、スティナとエウリアはわかった様子で頷いた。
「猟兵を召喚されるのでしたら私たちは城へ近づけなくなりますが?」
「気にするなって、スティナ。まずはメディサを守ってやれ。できればこっちで引きつけて俺が準備する時間を稼いでほしい。そのためにシュティフィーやロミーも館に呼ぶから」
「メディサ、妖精王さまは死の妖精を呼び寄せるおつもりよ。決して死の妖精が現れている時は近づいては駄目」
エウリアが言い聞かせると、メディサは頷く。
その間に館の地下に住む妖精たちが大騒ぎしながら館を守るための配置につく。
「じゃ、ちょっと行くか」
「はいはーい! 妖精王さま、こっちこっち」
館の奥からラスバブが呼ぶ。
アルフは傷物の館のお風呂から続く東屋へと向かった。
「どうぞ、すでに準備は整っています」
難しい顔のガウナは、館奥の東屋の床の中央を開いてアルフをいざなう。
どうやら東屋には地下への隠し扉があったらしい。
知らなかった。
「よし! それじゃ通路を崩せ!」
地下に入ったアルフの命令で、下で待っていた妖精たちが何かの装置を作動させた。
途端に崩落の音と砂埃が濁流のように地下を埋めた。
アルフがいる地下通路に通じる道は塞がれ、どういう仕掛けか東屋に続く出入り口も使えなくなったようだ。
「まさかこんなに早くこの仕掛け使うなんてな」
「ユニコーンの旦那さんにお見せしたかったんですが」
「見せる前に崩しちゃったね。驚かせたかったのにな」
妖精たちが変なところで残念がってる。
どうやら僕がこうしてアルフの視界と繋がっていることに気づいていないようだ。
十分びっくりしてるんだけど。
灯りのない地下を迷いなく走るアルフは、たまに上を気にするように見る。
「着いたー!」
先行していたラスバブが出口を開くと、外はまだ作りかけの工事現場だった。
たぶん城にアシュトルを呼んでいたから、建造途中のお城の中だろう。
「妖精王さま、どちらへ?」
ガウナの質問にアルフは館のほうを見る。
「こりゃ逃げ隠れしても無駄だな。俺を確実に追って来てる」
アルフの目には暗い影が追ってきているのが見えた。
不吉な存在がアルフに狙いをつけているのだ。
「では、王らしく玉座におられればいい」
突然の声にもアルフは慌てず、突如現れた悪魔を振り返る。
「来たか、アシュトル」
「どうやら私の出番のようだ」
久しぶりに見る男姿のアシュトルは、アルフの目を通すとこちらにも暗い影がまとわりついていることがわかった。
どうやらアルフを追う者は悪魔であることを隠さなくなったらしい。
「侵入者は受肉した悪魔二十七体。今ペオルが索敵に出ていますよ。コーニッシュは台所を守ってでもいるでしょう」
「相手の悪魔に心当たりはあるか?」
玉座があるだろう方向に移動しながら、アルフとアシュトルは情報交換を行う。
「見えねばなんとも」
アシュトルが答えた時、窓から外が見えた。
城を守るように次々と悪魔の軍団が湧き出ている様子は、真っ黒な炎が立ち昇るようだ。
「相手も多い。呼べるだけ呼びますが、そうなると森の者たちが近寄れないでしょう」
「悪魔相手に優位取れる奴らもいないし、俺が狙いだとはっきりしてるなら近づかないほうが安全だ」
作りかけの玉座の間に入って、アルフはなんでもないことのように笑った。
居館の上階に設置された玉座の間は、広いけどまだ玉座が置かれてない。
アルフは玉座を置く予定の階段に腰掛ける。
アシュトルは臣下のようにアルフの下段に立つ。
「受肉した悪魔は任せろ」
片腕を伸ばすアルフはそれまでの軽さを払拭するように重々しく命じる。
「我が声に応えよ、死の猟兵」
アルフの腕の先には窓の取り付けられていない大きなベランダ。
その先に見える空には、瞬く間に黒雲が湧いた。
黒雲が近づくとそれが雲ではなく黒に統一された兵団だとわかる。
狩猟道具を携えた兵団は、黒い馬や黒い犬と共に宙を駆けていた。
「魔王の下にいた時を思い出す光景だ。あれは生ある者にとっては致命の存在。畢竟、悪魔の我々が相手をすることになった」
「あの戦い以来呼んでないからな。こっちも悪魔がいるせいで魔王に近づけないって泣きつかれてあいつら派遣したんだ」
呑気に思い出話をする間にも、不穏な猟兵たちが迫り、城を取り巻く悪魔の軍団は戦闘を開始していた。
外では雄叫びと共に魔法が光る。
「俺に仇成す命ある者を捕らえろ」
アルフの命令に黒雲のような猟兵が下降する。
死の猟兵の参戦でさらに戦況は激しく騒がしくなったようだ。
アルフの知識によると、死の猟兵は見ただけで魂ある者は攫われる特殊能力がある。
つまり受肉した悪魔にのみ有効な戦力。
その上魂を狩るから受肉した悪魔をピンポイントで狙えるようだ。
「む? 本当に多いな」
「アシュトルの軍団より多いのか?」
「森の中なのでまだなんとも。ただ少なく見積もっても同数はいそうだ」
アシュトルは配下から魔法的に情報が送られて来たみたいでそんなことを言う。
別の情報を受け取ったらしいアシュトルが顔を上げると同時に、玉座の間に突然影が差した。
バルコニーに飛び込むようにペオルが現われる。
悪魔らしい厳めしい顔には焦燥がありありと浮かんでいた。
「まずいぞ! 相手は…………!?」
言いかけてペオルが言葉に詰まる。
そしていつの間にか胸から腕が生えていた。
いや、背後から何者かにペオルは貫かれたのだ。
そのままペオルの巨体は広間の端に投げ飛ばされる。
「ぐぅ…………!?」
ペオルなすすべもなく呻くだけ。アルフたちもペオルを気にしてはいられない。
現われたのは浅黒い肌の壮年の男。
「本当にまだいたんですね、大公」
野性的な見た目の割に上品な言葉遣いの相手に、アシュトルはアルフを庇うように立つ。
「なるほど、侯か」
アシュトルには初めて焦りが窺えた。
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