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226話:自我の怪物

 早朝人のいない道を、僕はクローテリアを抱えて朝日を背に受けながら歩く。


「抱えた面倒ごと、話してくれない?」


 クローテリアは僕を見上げた。


「今まで興味なかったのよ。どういう風の吹き回しなのよ?」

「うーん、知らないままでいるのは危険かなと思って」

「…………あたしが森の中の裏切り者だと思ってるのよ?」


 僕の手から飛び立つクローテリアは不服そうに聞いた。


 疑っていないと言えば嘘になる。

 流浪の民のトラウエンを逃がした森の中の射手は、アルフに気づかれず僕を射た。

 アルフが結界を張る途中で入り込んで索敵を邪魔していたクローテリアならと思わなくはない。


「クローテリアがそうだって断言できる材料はないけど、違うと言える材料も僕は持ち合わせてないんだ」

「馬鹿馬鹿しいのよ。あの森への出入りは今でこそ制限があるのよ。でも少し前まではなかったのよ。あたしだけを疑う理由なんてほぼないなのよ」


 クローテリアが怒るのは無理もない。

 確かに言いがかりに近い考えだし、クローテリア一人を疑うことのほうがおかしい。


 何より流浪の民は何年も前から動いている。

 コカトリスのような幻象種も動かせるんだったら、僕より先に森にいた誰かかもしれないんだ。


「逆に誰なら疑わないのよ」

「まぁ、アルフにとって疑わしくないのなんて精神が繋がってる僕しかいないんだろうけど。だからこそアルフ、あんまり森の中に潜んでる射手のことを気にしてないんだよね」


 疑い出したら切りがないことをアルフは最初から気づいてる。

 疑って面白いことを後回しにする性格でもないから、城造りも嬉々としてやってるし。


 森の住人たちが警戒してくれているから、僕も今回一人旅をしようと思ったけど、もっと疑ったほうが良かったのかな?


「なんだか遠回りしてる場合じゃない気がしてきた」

「今さらなのよ。でもすぐ森に戻るのは勧めないのよ」


 僕の肩によじ登るクローテリアは、そのまま進めと言うように背中を尻尾で叩く。


「あたしも、もう一人の親に疑われるのは心外なのよ。だから、教えてやるのよ」

「あぁ、名付け親? でもクローテリアのほうがたぶん歳は上だよね」


 どうやら森を心配する僕の考えを逸らすために話してくれる気になったらしい。

 目を向けると呆れたような顔で見られていた。


「あんたを見てると馬鹿馬鹿しくなる時があるのよ」


 いきなりひどくない?


「何から聞きたいのよ? それともあたしが話すのよ?」

「うん、そうだね。だったらどうして森にいたのか教えて」

「…………死にたくないから逃げて来たのよ」


 逃げた先が森だったとクローテリアは言う。

 さらにその森の中で居心地良さそうな所がノームの住処だったそうだ。


 まぁ、サイズと環境的にそうなんだろうとは思ってた。


「怪物なのに何から逃げるの?」

「あたしは怪物なのよ。でも、名前のない怪物なのよ」

「アルフは怪物なら名前があるって言ってたけど?」

「…………言いたくないから怪物の名前は言わないのよ。でも、あたしは名前のある怪物から生まれた名前のない怪物なのよ」


 えーと、それはつまり?


「クローテリアは怪物の子供?」

「そうとも言えるのよ。でも、あいつはそんなつもりで生み出してないのよ。だいたい、暇だったからやってみて、生まれたから使ってみよう程度なのよ」


 クローテリアは何処か憎々しげに左のほうを睨んだ。

 方角からすると、南?


 たぶんクローテリアの説明を言い換えると分身だ。

 しかも怪物本体に数段、数十段劣る程度の弱い存在。


「そう言えば怪物って子供作らないの?」

「あたしの元の怪物は作らないのよ。怪物になる前に生殖機能持ってたり番で作られたならまだしも、まず番う相手がいないのよ」


 怪物は神に作られた存在で、生殖で増えるわけじゃない。

 死体も消えるし、消えたらまた世界の何処かで生まれ直す。


 だからクローテリアも自分は怪物の子供ではないと認識しているようだ。


「あたしは怪物の分身という一つの塊だったのよ。そこから適当に成形されて作られたのよ」


 うーん、イメージ的に粘土になるんだけど合ってるのかな?


 粘土の塊を小分けにしてそれぞれをクローテリアのような形に成形。

 元の怪物としては暇潰しだったけど、成形した分身が動きだしてその一つがクローテリアになった、ってところかな。


「元は分身と本体という意識の括りだったのよ」

「それってつまり、クローテリアは他の分身たちと精神が繋がってたとか?」


 クローテリアが頷くので、僕には別の疑問が浮かぶ。


「なんでそれで僕の状態に文句言ってたの? 自分も他と精神繋がってたんでしょ」

「当たり前なのよ。生まれながらに繋がってるならそれが自然なのよ。なのに種族も生き方も違う奴と精神繋げるなんて考えなしのアホなのよ」

「ひどくない?」

「あたしから見れば自由がないのよ。しかも相手は精神体の妖精王なのよ。いつ操られて手駒にされるかわかったもんじゃないのよ」

「アルフはそんなことしないよ」

「精神的に上を取れない若造が何言ってるのよ。そう思うこと自体操作を受けてのことかもしれないのよ?」


 実感はないし、心象風景を思えばそんなことない気がするんだけど。

 だって、明らかに僕のほうは科学文明のワンルームだったし、アルフの心象風景とは別の部屋だったし。


 あ、最近床に草生えてるのが浸食とか?

 なんて、ないな。うん、ない。

 なんて言うかアルフの心象風景とは空気感が違う。

 これは心象風景の中に入り込んだ感覚だから説明が難しい。


「あ、そうか。クローテリア、僕のこと心配してくれるんだね」

「そ、そんなんじゃないのよ」


 照れるのはいいけど背中を尻尾で叩かないで。


「あ、ってことは何処かにクローテリアの兄弟がいるのか」


 他の分身をそう呼ぶのが合ってるかはわからないけれど。

 でも僕の言葉にクローテリアはどこか遠い目をして項垂れた。


「もう、いないのよ。だからあたしは逃げたのよ」

「…………それって、本体の怪物に殺されたってこと?」


 頷くクローテリアは、諦めたような様子で言った。


「あいつはあたしたちを暇潰しに作って使い始めたのよ。その中であたしは外に遣いに出されたのよ」

「分身はどれくらいいたの?」

「七体なのよ。その中で一人だけ大変な役目を負った、そう思ったのが思えば自我の芽生えだった気がするのよ」


 他の分身と違うことをさせられた。

 それがクローテリアを独立した存在であると認識させるきっかけになったようだ。


「命令がまず適当だったのよ。だからあたしが途中で野垂れ死んでもきっと気にしないで放っておかれたのよ」


 達成する目途のない遣い。

 命の危険にさらされクローテリアの自我はさらに明確になったそうだ。


「あたしもこの国に来たことはあるのよ。…………その時なのよ。他の分身が消えたのは」

「消えた?」

「殺されたとも言えるかはわからないのよ。たぶんあれは、本体に再吸収されたのよ」


 役目を終えた分身を、本体は残す必要を感じず吸収して消した。


 けれどそれがクローテリアの自我を確立させる刺激になったらしい。


「分身という一つの意識の下にあったあたしにも、分身たちが吸収されたのはわかったのよ。そして、消えたくないと願う思いが確かにあたしに伝わったのよ」


 分身たちは精神に繋がりがあり、同じ意識を共有していた。

 つまりクローテリアが自我を芽生えさせたことに刺激され、分身も少なからず本体との差異を自覚していたようだ。

 けれど消えた。消された。

 そのことがクローテリアに死にたくないという意識を植え付ける。


「あたしは考えたのよ。遣いを終えれば消されるのよ。でもあたしは本体から遠くに来ていたのよ。だから、これは最初で最後のあたしの生きる可能性だと思ったのよ」

「それで森まで逃げて来たんだ?」

「本体の手の届かない勢力圏に行きたかったのよ。本体が動けば人間の国なんてひとたまりもないのよ。だから本体に抵抗できることが第一だったのよ」


 本当に怪物が本体ならありうることだけど、ずいぶんな面倒ごとを抱えていたものだ。


「あんたに会えたのは僥倖だったのよ」

「そう? 首輪つけられちゃってるけど?」

「いいのよ。逆にこれつけてると森の奴ら襲って来ないのよ。ノーム以外の妖精もこの鎖は嫌がるのよ」


 案外気に入ってたらしい。

 ケルベロスを繋ぐ鎖と知ってる森の住人は確かに関わりたくないだろうね。


「名前つけてほしいって、もしかして本体からの影響を抜けるためだったりする?」

「ようやく気づいたのよ? あたしが名前を要求した時点で、妖精王とあのグリフォンは気づいてたのよ」

「そうなの? 二人とも何も言ってなかったのに」


 まぁ、知らなくても困らないことか。


「そんな大事な理由があるんだったらあんな思いつきで名前つけなかったのにな」

「ふふん、いい感性持ってるのよ」


 どうやら名前は気に入ってるので、何を言ってもこのことに関しては褒めてくれるようだ。

 犬みたいな名前だし、日本人が聞いたら一発で黒いからってわかるような名前なのに。


 やっぱり思いつきの由来は言わないほうがいいな。

 なんて一人で頷いていたら、突然視界が一瞬だけ暗転した。


「あれ?」

「どうしたのよ?」


 クローテリアに答えようとしたけれど、いきなり今まで見ていた景色が一変してしまった。


毎日更新

次回:森への攻撃

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