222話:後は逃げるだけ
他視点入り
「妖精王を強襲する」
族長の言葉に集まった同朋は息を呑んだ。
その目には反対もある。けれど言えない。
そういう体制をこの父が強いて来たからだ。
「契約者よ。吾は少々不安だぞ」
誰もいなくなって父の顔をした悪魔ライレフが、僕にそう言って笑った。
「そうっすね。悪魔召喚に成功したら即強襲なんて思いつきの行動、誰か止めればいいのに」
狩人姿の悪魔バーバーアスも苦言のように言いながら笑う。
同朋の前では姿を消していたが、その悪意は同朋のつけた護身の装飾の数々が警告を発したことでばれてはいた。
もちろん悪魔召喚後なので、何が潜んでいるかなど誰も聞きはしなかったが。
「確かに予定にはなかったわ。けれど全くの思いつきでもないのよ。後回しにするつもりだったのを速めるだけ」
ヴェラットは言いながらバーバーアスに不満の目を向ける。
「ま、俺は森に突っ込むつもりで呼び出されたみたいだけど。残念でした」
森への攻撃を拒否したバーバーアスは、族長にも腑抜けと罵られていたけれどまったく気にしていない。
聞けば五百年前、魔王死後に妖精王の庇護下に収まった悪魔は複数いるそうだ。
バーバーアスはそんな妖精王の下にいる悪魔に対して義理を立てると言った。
召喚に応じていながらはっきりと召喚者の意思をはねのけるだけの理由が、あるのだろう。
「吾の独り舞台とはやりがいのある仕事ですね」
不安を口にしていながら前言を翻すように悪魔たちは気楽だ。
もっと禍々しい気難しい者を予想していただけに、その気安さが不安でもあり懸念でもある。
ただわかるのは、僕たちがライレフに気に入られたらしいということ。
バーバーアスは元来気さくな性格だということ。
これはいい悪魔を当てたと思っていいのか。
悲願を達成するという族長の予言あってこそ、なのか。
「ヴァーンジーン司祭からの情報で、今森にユニコーンはいないんだ。そしてシィグダム王国が本格的に動き出した。これを利用しない手はない」
「えぇ、機を見て敏。良いことです。国々を巻き込むなら、より大きな争いになるでしょう。楽しみですね」
「まずはシィグダム王国の手綱を握らなければいけないわ。同朋を送り込んでいるから彼らと接触して国の上層部を操るの」
ヴェラットは悪魔に臆せず発言していた。
父が存命の頃にはなかったことだ。
いつ殺されてもおかしくなかった。その抑圧が消えたことが僕は喜ばしい。
父を殺して喜ぶ人間性の歪みに自嘲する気持ちはある。
けれどそれ以上にヴェラットの生存が僕にとってはもっとも意味があり喜ばしいことだった。
たった一人の家族だ。何より僕に殉ずると予言された信頼できる存在だった。
「軍を出すなら将兵のために依代が欲しいな。適当な死体を三つくらい用意できないか?」
気軽にとんでもないことを要求するバーバーアスだけれど、運良く死体ならいくらでもある。
「エフェンデルラント軍に死者が多く出ている。わからないよう墓を掘り返せばいい」
「妖精王の結界を突破するのは受肉しているのとしていないのとは違いがあるのかしら?」
「えぇ、もちろん。私たちが受肉しているので配下の軍団は結界を突破しさえすれば好きに呼べますよ。ただ、そうですね。妖精王の前で精神体は鎧も来ていない人間も同じ。私も将兵は受肉させましょうか」
人間にとって悪魔を呼び出すだけで命がけの技だ。
それだけ力の差があるのに、受肉というこの世界での自由を手に入れた悪魔はもっと厄介になる。
それを気安く提案するのだからいっそ呆れるというもの。
僕はヴェラットと同時に目を合わせると、同じ仕草で頷く。
「墓荒らしについては私が手配するわ」
「ではシィグダムの同朋への命令は僕が」
「将軍が妖精王に当たるとして、俺は何をしてればいいんだ? 残念ながら獲物を狩る以外にあんまり得意なことはないぜ」
バーバーアスは皮肉げに戦う以外の能がないとさらけ出す。
戦闘系の悪魔を呼び出したので、戦えると言えるのならそれでいい。
「森に関わらないのならシィグダムで人間たちの侵攻を補助してほしい」
「あちらには魔王石のオニキスがあるわ。可能なら同朋の援助も」
「妖精王から奪うのと同時かい? それとも何か策が?」
バーバーアスの確認に僕は一番の懸念を伝えた。
「一番厄介なのはユニコーンだ。君は確実にユニコーンを狩れるかい?」
「また難題が来たな。やれることなんて何処かで乙女を攫って言うことを聞かせて囲むっていう人間と同じ戦法しかとれないぜ」
「いえ、乙女に反応しないユニコーンよ」
ヴェラットの言葉に、バーバーアスとライレフは唖然とする。
悪魔にとってもあのユニコーンは想定外の特殊個体らしい。
「おやまぁ、そんな奇特なユニコーンが? もしや衆道趣味? それは少し見てみたいですね」
「好みは知らないけれど少なくとも僕とヴェラットを見て正気を失くすことはなかったし、エルフの国で誰かを傷つけることなく過ごしていた」
「エルフっていや未経験の若い奴のほうが珍しいだろ。どうなってんだ、そのユニコーンは? あぁ、いや。狩れるかどうかが問題だな。正直難しいだろう」
バーバーアスの答えは想定内だ。
正直あのユニコーンは規格外すぎる。
妖精を従え怪物とも親しいなんて、直接対決は避けるべきだろう。
「だったらユニコーンが邪魔しに来た時の足止めを。森の外にいるからいいだろう?」
頷くバーバーアスに、ヴェラットが思いついたように言った。
「ユニコーンが戻って来た時の次善策を考えるべきではない?」
「確かに。今までも関わられると失敗していたね。排除が難しいなら帰れないよう手を打つべきかな?」
僕たちは森の急襲に向け、悪魔と四人で話し合いを続けた。
ユニコーン狩りの乙女の父親が窓を開いたことで他の村人も続々と出てきた。
改めて僕が来たことをシーリオに説明してもらうと、全員が何故か僕を拝む。
拝むのをやめてもらって、僕は各家から桶一杯の水を持ってこさせた。
そこに母角を差して万病薬をさっさと作る。
三回掻き回すくらいでいいかな?
「無理を聞いてもらってありがとうございます、ユニコーンさん」
勇んで病人に呑ませに行く村人を見ながら、シーリオが僕にお礼を言う。
「ううん、言ってくれて良かったよ。この村だけに万病薬与えたら、確かに争いの元だよね」
この村の分だけ万病薬を作ろうとした僕に、シーリオが周辺で流行り病で悩む者たちが妬むと忠告してくれた。
何より結局病が収まらないと治しても新たな感染者が出るだけで、なんの解決にもならないんだ。
「このユニコーンの方は、残った万病薬を他の感染者にも回すようにとおっしゃっています」
「はい、確かに伝えます。近隣には伏せる血縁者もいますので」
「何よりユニコーン狩りで帰らなかったのはこの村の者だけじゃないですから」
シーリオが治ったと喜ぶ村人にちゃんと言い聞かせると、そんな答えが返った。
そう言えばこの村の教会の司祭が集めただけで周辺の信徒が集められたんだ。
一体幾つの村が犠牲を出したんだろう?
足りなくても困るから、僕はさらに桶一杯ずつ水用意させて万病薬を作った。
「た、大変です! 皆薬を隠しなさい!」
そう叫んで走って来たのは王都から派遣された助祭さんだった。
指す方向を見ると砂埃が朝日の中立ち昇っている。
地面を伝って蹄の音が聞こえるから、たぶん騎兵がこの村に近づいてるんだ。
「領主がユニコーンがいると聞き兵を連れてやってきました! ユニコーンはすぐに逃げなさい!」
この助祭さんいい人だなぁ。
なんて思ってると今度は村人を家へと避難させるため手を貸し始める。
これは僕がいないほうがいいよね。
「じゃあ、僕帰るね。シーリオも隠れて来たんだろうから見つからないよう気をつけて」
「はい、え? そっちは!?」
「妖精王さまによろしくお伝えください」
慌てるシーリオを気にせず、カウィーナは僕に別れの言葉を告げた。
騎兵に向かう僕にシーリオは慌てて追いかけようとするのを助祭さんが引き留めて匿ってくれる。
僕はその様子を確認して村を飛び出した。
「角刺さっても知らないからね!」
僕の言葉に馬たちが暴れ始める。
馬が言うことを聞かなくなったことで、騎兵の足並みが乱れ止まってしまった。
「こら! 言うことを聞け! この駄馬め!」
血走った目の領主が唾を飛ばして怒鳴っていた。
騎手を思うからこそ止まる馬を罵る領主に苛立ちを覚えて、僕はそちらに向かう。
馬は甲斐のない騎手だと見切りをつけたのか、必死の形相で領主を振り落として逃げた。
瞬間、僕は弱めの威圧を放つ。
「け…………ひぇ…………!?」
正面から受けた領主は魂が抜けたように倒れる。
周囲の騎兵も次々にバランスを崩していった。
僕は魔法で補助してそのまま騎兵の上を跳ぶ。
誰も反撃できない中、着地して振り返ると騎兵の後ろに二人一組で乗馬する子供たちの姿があった。
「…………あ、魔学生」
馬が座り込んで動かなくなってるから落馬はしてないけど、背中で四人とも気絶してる。
「ごめんねー」
僕は嘶きで謝ってから、ビーンセイズを抜けるため走り去った。
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